ビューティーフードを取り入れ身体の内側からキレイに

今回のゲストは、モデルとして長年活動し、日本ヴィーガン協会代表理事、ビューティーフード協会代表理事を務める室谷真由美(むろやまゆみ)さんです。室谷さんはセミナーや講演会、メディア出演を通し、食の大切さを伝えています。

ワクセルコラボレーターの渋沢一葉(しぶさわいよ)さんと総合プロデューサーの住谷が、室谷さんが提唱されるビューティーフードについて詳しく伺いました。

ビューティーフードとは「身体の内側からキレイになる」食事法

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渋沢:今回のゲストは、身体の内側からキレイになる食を追究し、数多くのメディアで発信をしているモデル兼ビューティーフード代表理事及び、日本ヴィーガン協会代表理事を務める室谷真由美さんです。

10年前にヴィーガン食に出会って以来、ヴィーガン・オーガニックの店舗を3300軒以上食べ歩いたレポートがSNSで話題になっています。まず、ヴィーガン・オーガニックのお店が3300軒以上もあることにとても驚いています。

室谷:最近はラーメンやハンバーガーなど、ジャンクフードのヴィーガン食も増えてきました。原宿にある『THE GREAT BURGER』というお店は、普通のハンバーガー屋さんなのですが、ヴィーガンのラインアップも出していて、お肉を使っていないのにすごくジューシーでボリュームもあります。

さらにそのお店のすぐ近くにはヴィーガンドーナツのお店もあって、はしごできるくらいヴィーガンのお店ってたくさんあるんです。

渋沢:ヴィーガン食のラインアップが増えているということは、世間的にも求められているということですね。室谷さんが提唱されているビューティーフードに興味があるのですが、どういったものなのでしょうか?

室谷:ビューティーフードとは、身体の内側からキレイになれる食事のことです。ビューティーフードでは玄米を中心に、身近な気候で育った国産の旬の食材をしっかりと食べることが基本の定義となっています。

多くの方が食べる白米は、玄米を精米したものですよね。しかし実際は取り除いている皮に一番栄養があります。穀物も野菜も同じで、皮に一番栄養があるので皮も一緒に丸ごと食べることが、ビューティーフードの大きなポイントです。

「物足りない」ヴィーガン食のイメージを払拭したい

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室谷:ヴィーガンというと「ヘルシーだけどおいしくなさそう」「物足りなさそう」などイメージされる方が多いです。私はそういった固定観念をなくしたいと考え、ビューティーフードという言葉をつくりました。

「美容に良い」「食べることがダイエットになる」「罪悪感なく食べられる」そういった食べ物があったら食べてみたいと思いませんか?完全植物性の食材を食べることは素晴らしい食事法だということを伝えたくて、ビューティーフードの協会を立ち上げました。

よく「肉も魚も乳製品も卵も食べないと何を食べるの?」と聞かれますが、食べるものはたくさんあります。さっきも言ったヴィーガンのハンバーガーをぜひ食べてみてください。何も物足りなくありません。

渋沢:室谷さんがヴィーガン食に目覚めたきっかけは何でしょうか?

室谷:今はこんなに偉そうに食事について話していますけど、以前はスイーツばかり食べていて、スナック菓子など体に悪いと言われている食事のオンパレードでした。

それでもモデル業をしていたときに『ピンクリボン』(乳がん検診の推進をする運動)のイメージモデルの仕事をいただき、女性の健康や美について情報を発信する立場になりました。伝える側として何か資格を持ちたいと思ったときに出会ったのが『マクロビオティック』でした。

マクロビオティックに出会い食事を180度変える

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室谷:マクロビオティックと聞くと英語だと勘違いされるのですが、実は日本発祥の食事法なんです。いわゆる玄米採食のことで、玄米・みそ汁・納豆など質素だけど日本の伝統食をとることで体が整うという考え方です。

マクロビオティックの講座を受け大きな衝撃を受け、「これしかない!」とピンときて、180度食事を変えました。

住谷:食事を変えてから身体にはどういった変化が起こったのですか?

室谷:モデル業をしていたので「痩せてなきゃいけない」という使命感を持っていたのですが、それでもお菓子は食べたい。そのため、カロリーしか気にしていないような食事をしていました。

お菓子ばかり食べる食生活になっていて、花粉症、冷え性、便秘、肌荒れなどに悩まされていましたね。なかでもコレステロール値がひどくて、医者からは「このままだと血管詰まって死ぬよ」と言われるくらいでした。ただ、コレステロールが高くても、痛くもかゆくもなく症状がないので実感がなかったのです。

でもマイクロビオティックに出会い、食事を変えて2週間たったくらいにたまたま血液検査をしたら、コレステロール値がすとんと落ちていて、こんなに変わるのかと驚きました。食事を変えてからは、花粉症や肌トラブルといったつらい症状も改善され、食べても太る心配をしなくて良くなりました。

モデル業は「一生ダイエット」だと思っていましたが、今は好き勝手に食べたいだけ食べても体型維持ができています。

食べ物でなりたい自分をつくれる

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渋沢:「これを食べたら太るな」と心配する必要もなく、むしろ食べたら健康になるのがビューティーフードなのですね。ぜひ取り入れていきたいと思いました。

室谷:私たちの身体は、肌も髪も爪もすべて食べたものでつくられています。つまり食べ物をどう選ぶかでなりたい自分をつくることができるのです。

いま自分が食べているものが細胞になり、未来につながっていくので、お子さんに影響が出ることもあります。アレルギーやアトピーに悩んでいるお子さんが増えていると聞きますが、それも食べ物の影響が大きいのです。だからこそ、日々何気なく食べているものがとても重要だということを知って、少しだけでも気を付けるようになってほしいです。

ヴィーガン食や玄米をオススメすると「毎日やらないといけないんですか?」とよく聞かれますが、まったくそんなことはありません。本当にご自身のペースで週1回、月1回でもいいので取り入れてほしいと思います。

部屋の掃除を1年しないのと1カ月に1回するのとでは大きく変わりますよね。体もそれと同じです。ビューティーフードを取り入れると、食べながら身体のお掃除をしてくれます。デトックスをしてくれて栄養もとれる本当に素晴らしい食事法なので、ぜひ自分のペースで無理をせず取り入れてみてください。

無限の可能性を持つニットを通じて社会を明るくする

今回のゲストは、丸安毛糸株式会社の3代目社長・岡崎博之(おかざきひろゆき)さんです。同社は創業66年になる老舗企業で、創業当時から「ファンシーヤーン」という意匠性の高い糸を作り、創業から売上を順調に伸ばし成長し続けています。

司会は、ワクセルコラボレーターの渋沢一葉(しぶさわいよ)さんと、総合プロデューサーの住谷が務め、岡崎さんが実践されている、社員の力の引き出し方、仕事への思いなど、成長の秘訣を伺いました。

創業当初からファンシーヤーンに特化し独自の技術を確立

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渋沢:本日のゲストは創業66年になるニット糸の専門会社である丸安毛糸株式会社の3代目社長・岡崎博之さんです。同社では創業当時から「ファンシーヤーン」と呼ばれるファッション性の高い糸の開発に特化し、独自路線を極めています。ファンシーヤーンは普通の糸とどのように違うのでしょうか?

岡崎:「ヤーン」とは英語で「糸」のことなので、「ファンシーヤーン」とは「楽しい糸」という意味になります。ファンシーヤーンは普通のまっすぐな糸とは違い、モニュモニュしていたり、ケバケバしていたり、特殊な形状をしています。

うちの会社が創業66年とご紹介いただきましたが、糸屋さんとしては実は後発に入ります。昔は手袋とか腹巻とか防寒具を作っている糸屋さんがいっぱいあり、そこにうちは遅れて参入したのです。

そのため普通の糸ではダメだ、どうやって差別化しようかと考えました。戦後の日本には防寒の用途だけではなく、ファッションという文化が生まれていたので、うちはファッションに特化しようと創業からファンシーヤーンを作り、それが今でも続いています。

高級ブランドのデザイナーのために糸を開発、急成長につながる

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住谷:まさに独自路線を展開していますね。1955年の創業当時から順調に売上が伸びているそうですが、大きく成長できた要因を伺いたいです。

岡崎:一番伸びたのがDCブームのときでしたね。DCとは1980年代にブームを巻き起こした国内の高級ファッションブランドを指しています。「コムデギャルソン」など、海外にまで進出する有名ブランドのデザイナーさんがうちのファンシーヤーンを買いに来てくれたのです。

うちはデザイナーさんのための糸を開発してきたので、それで売上が伸び、業界のなかでファンシーヤーンという地位を確立し、うちの会社の強みを認知してもらうことができました。今ではファンシーヤーンを作っている会社は何社もありますが、うちは独自の技術を持っています。

社員の個性を引き出す自由な職場環境

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住谷:数多くの糸を開発されてきたと思いますが、それだけたくさんの企画はどのように生まれるのですか?

岡崎:それは社員の力ですね。「こんなセーターやニットを作りたい」と思いついたところから、「こんな糸を作ろう」と始めるのです。「麻とレーヨンを組み合わせよう」など、組み合わせは無限にありますから。

うちの会社は「ファンシーヤーンを作っているんだよ」って、すごくわかりやすいじゃないですか。だから社員募集をすると、糸が好き、ニットが好き、ファッションが好きという人しか来ないんです。そもそも入口が狭くて、その中から採用するので、ものづくりが好きな人たちが集まります。

社員には「あなたはうちの会社で何がやりたいの?」と聞いて、一番モチベーションが上がることをやってもらうようにしています。編むのが好きとか、製品を作るのが好きとか、人それぞれ得意が違うので、「それをやっていいよ」って言うんです。僕はそういう個性が好きなんですよね。ものづくりが好きな人が集まっているわけだから、会話も広がるし、アイデアがミックスされて企画が生まれているのだと思います。

僕が全部を決めて「これをやって」ではなくて、基本の軸はあるけど、そのなかでうちの会社は自由なんです。とにかく考えたことをやってほしいと思っていて、失敗が怖いという人がいますが、失敗は仕方がないですし、実際にはそれほど失敗しないんですよ。失敗したところで小さな失敗だし別にいいんです。それぞれの味を出して好きなことをやっているので、うちの社員はよく「濃いね」って言われています(笑)。

国内の生産工場がどんどん減少する厳しい状況

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渋沢:これまで制作するなかで苦労したことはありますか?

岡崎:特に最近は多いですね。というのも国内で糸を生産できる工場がどんどん無くなってきているのです。やっぱり中国からの輸入が多くて、今まで作ってもらってきた工場が無くなったり、次の工場に頼んでもそこもダメになったり。ですから僕たちが考えるものが本当に完璧に作れているかというと、そうではありません。

でもそれは仕方がないことなので、あとは出来上がった糸でどうやって表現をするか、どうやって良く見せるか試行錯誤しています。ニットはスカスカに編んだり、詰めて編んだり、編み方で表情がまったく変わるので、糸の特性を生かすテキスタイルを考えるようにしています。

渋沢:実は今日私が着ているこの青いワンピースは、岡崎さんが持ってきてくださったものです。すごくフォーマルな装いで、ニットのイメージが変わりました。ニットって寒いときに着るものだと思っていたのですが、こんな形のニットもあるんですね。

ニットの可能性を世の中に広めたい

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住谷:国内の繊維業界がどんどん縮小しているなかで、会社を続けることは大変だと思います。それでもずっと同じ事業をやり続ける理由はどんなところにあるのでしょうか?

岡崎:コロナ禍で緊急事態宣言があり、思うように動けませんでしたよね。でも僕は緊急事態宣言のなかでも展示会を行い、むしろ回数を増やしたくらいでした。この2年間展示会をやり続けてきたのは、僕たちの使命があるからです。

僕たちの使命は、ニットを着てもらい気持ちが良いとかうれしいとか、笑顔を届け、ニットを通じて社会を明るくすることだと思っています。だから百貨店とかは閉まっていたけど、「良いものをつくって笑顔を届けよう」と社員にも伝えてやってきました。だから業界の状況がどうかは関係なく、ニットを通じて世の中を明るくするためにやり続けています。

渋沢:私も今日このワンピースを着て背筋が伸び、とてもうれしい気持ちになりました。おしゃれをすることで元気になることもあり、社会を明るくすることにつながっていると感じます。岡崎さんの今後のビジョンについて教えてください。

岡崎:僕たちは創業からやっていることが変わらないんですよね。ですから、今後もやるべきことは変わらないと思います。先ほど渋沢さんが「ニットのイメージが変わった」と言ってくださったように、ニットでこういう服が作れるということを知らない人もまだまだたくさんいます。「ニットでこんなことができるんだよ」って、ニットの可能性をもっと広めていきたいですね。

「ウガンダのフルーツを世界中に届けたい」若きCEOの熱き想い

今回のゲストは、合同会社Fuan(ファン)のCEO石崎陸(いしざきりく)さんです。石崎さんはウガンダの孤児院でドライフルーツをつくり、日本の高校生とコラボして世界中に届ける事業を展開しています。若くして世界に向けたチャレンジを続ける石崎さんの行動力や価値観の原点を伺いました。

MCはワクセルコラボレーターの岡田拓海(おかだたくみ)さん、美谷玲実(みたにれみ)さん、総合プロデューサーの住谷が務めました。

「お金よりも仕事をつくること」と気づきウガンダで事業を始める

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美谷:本日のゲストは、日本の若者にチャレンジする醍醐味を伝えることを使命としている24歳のCEO石崎陸さんです。石崎さんは19歳のときにアフリカのウガンダ共和国で事業を立ち上げ、帰国後に会社を設立しました。「フルーツ王になる」という目標を掲げ、現在は高校生を対象に教育事業を展開しています。

岡田:19歳のときにウガンダで事業を立ち上げたという行動力に驚きました。これまでどのような経歴を歩んできたのですか?

石崎:僕は10歳のときにジョン・レノンの『イマジン』を聞いて世界平和や社会貢献に生きると決めて、ずっとそこにアンテナを張ってきました。

高校2年生のときにイタリアへ留学したのですが、毎日通っていたスーパーの入口前で物乞いをしている男性と仲良くなったんです。その男性がウガンダ人で、「ウガンダに仕事が無くて仕方なく来ている」という話を聞いてビビッときました。これまで世の中の問題は全部お金で解決できると思っていたのですが、お金より、仕事をつくることの方が大事だと気づいたんです。そして大学生になり、新しく仕事をつくるべくウガンダに渡りました。

教科書に人生の生き方は書いていない

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岡田:ウガンダで立ち上げたのが養鶏場とのことですが、なぜ養鶏場だったのですか?

石崎:ウガンダではキリスト教徒が7割、他にもイスラム教徒などさまざまな人がいて、鶏肉だと宗教的な影響を受けにくいと思ったからです。あと、ご飯を食べられない子どもたちを目にして、長い時間待たせられないと思い飼育の回転が速い養鶏を選びました。

岡田:石崎さんは思い立ったらすぐ行動に移すタイプだと思うのですが、その行動力はどのように培われたんですか?

石崎:イタリア留学中の経験が大きく影響しています。まずイタリアの学校で初めに受けた衝撃が「ここは勉強する場所じゃない、人生を学ぶ場所だ」と言われたことです。勉強しに来た僕としては「どういうこと?!」って思いましたね。

徐々にイタリア語が読めるようになり、生徒が皆、ペン立てに名言を書いていることに気がつきました。そのなかの一つに「教科書に人生の生き方を教えてくれるものはない」というものを見つけて、そのとき「確かに!」って納得したんです。

教科書をどんなに勉強しても、どうやって生きろとは書いていない、自分で行動して見つけるしかないという考えに至りました。

フルーツ事業を通じて孤児院の子どもが学校に行けるようにサポート

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岡田:現在展開している教育事業にフルーツが深く関わっているとのことですが、どのような取り組みをされているのですか?

石崎:教育事業をしようと思ったのは、僕自身が日本の教育に合わなかったと感じているからです。というのも当時「学ぶだけで何もできないじゃん」という感覚があって、もっと実践するとかフィールドワークするとか、生きた学びをしたかったという思いが強かったんです。だから30歳までに保育園をつくり、日本の教育を変えることを目指しています。

そして、フルーツを扱うようになったのは、ウガンダで始めた養鶏場の鶏が盗まれるという事件が起きたことがきっかけです。ウガンダでは鶏は高級食材なので狙われてしまい、孤児院の敷地で運営していたので強盗が来るような事業だと子どもたちが危険なため、止めざるを得なくなりました。

ただ、募金やクラウドファンディングを通じて僕の思いを支援してくれた方々のお陰でスタートできた事業だったので、その気持ちを踏みにじりたくなかったんです。そのため「もう一度何かここでやろう」と考え、フルーツが思い浮かびました。

ウガンダのパイナップルやマンゴーってめちゃくちゃおいしいんです!でもそのことをウガンダ以外の人は知らない。だったら世界中の人においしいフルーツを届けて、それで孤児院の子どもたちがご飯を食べられたり、学校に行けたり、そういう風につながっていったらいいなと思い、ドライフルーツの事業を始めました。

高校生とのコラボレートで生まれる魅力的なアイディア

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石崎:ドライフルーツと教育がつながったのは、「フルーツ王になります」って半分冗談、半分本気で発信したのがウケて、ある高校の先生から「高校生と一緒にできませんか?」というお話をいただいたからです。

最初はサークルみたいな形で、放課後に家庭科室に集まってみんなでパイナップルを切ったり干したりして始めました。それからどんどん校内でうわさが広まって規模が大きくなり、文部科学省が2022年から実施している『総合的な探究の時間』の一環として取り組めることになりました。

生徒たちはとても楽しそうに参加しています。フルーツの色が変わったり、まずくなったり、一つひとつを実験して学びながら、「ウガンダってどういう国なんだろう」とか、「どうして貧困が生まれるんだろう」ということまで学んでいます。

また、高校生が考えるアイデアがすごく素敵なんです!パッケージ案を考えていたときに、ある生徒が「孤児院の子どもたちに絵を描いてもらえばいいのでは」と言ってくれて、愛を感じましたね。自分では思いつかなかったことを提案してくれて、コラボレートの力を感じています。

自分のなかに面白いベクトルを持つ

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美谷:石崎さんは多くの方を巻きこんで事業をされていて、仲間をつくることが得意なんだと感じます。石崎さんが人と関わるうえで大切にしていることはありますか?

石崎:僕はすごく寂しがり屋なんです。だから寂しいときに「寂しい」って言うようにしています。以前の僕はプライドが高くてツンとしていて、それが原因で徐々に仲間がいなくなってしまったことがあったんです。でも素直に「寂しい」と言うようにしたら仲間が増えました。

あと、大事にしている考えがもうひとつあります。大学生のときに飲み屋で「石崎って面白くないよな」って言われたことがあって、ショックというよりも「なぜ人は相手に面白さを求めるんだろう?」ってすごく不思議な気持ちになったんですよね。

僕は留学中、挑戦することの楽しさ、学ぶことの面白さを感じていて、人や環境に面白さを求めたことはありません。なので環境のせいにしたり、人のせいにしたりするのではなく、自分がどうやったら楽しくなるか、自分のなかに面白いベクトルを持つことが大事だと思っています。そうするともっと人生が楽しくなると思うんです。

“世界のファン”を増やしていきたい

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住谷:僕は教員免許を持っていて、もともと教育に興味があり、多くの人に夢を与えていきたいという思いで起業しました。石崎さんの考え方にとても共感し、たくさんの刺激をもらいました。今後の活躍が楽しみなのですが、どのようなビジョンを持っていますか?

石崎:僕は日本で過ごして、アメリカやイタリア、ウガンダなど、さまざまな国を見て「世界はとても素敵なんだ」ってことを体感しました。僕は僕みたいな“世界のファン”を増やしていきたいんです。「僕たちが動くことによって、より多くの人がこの大きな世界の一員であることをもう一度意識できるように、そして今より世界のことが好きになれるようにしたいです。」

著者の育成、プロデュースで日本を元気に

ソーシャルビジネスコミュニティ『ワクセル』(主催:嶋村吉洋)が定期的に開催している経営者対談。

今回は、2021年の書籍年間ベストセラーランキング総合1位(※日販調べ)を獲得した『人は話し方が9割』の著者である永松茂久さんと、投資家であり映画プロデューサーでもある嶋村吉洋が、人間力やビジネスについて語りました。

2021年ベストセラー作家として人のお役に立ち続ける

司会:永松さんの著書『人は話し方が9割』が2021年の書籍年間ベストセラーランキングで総合1位を獲得されましたが、要因を教えてください。

永松:本をあまり読まない人をターゲットにしていたからだと思います。

意外に思われるかもしれませんが、僕の周りは本を読まない人が多いんです(笑)。そのおかげで『人は話し方が9割』は、本を読まない人の心に刺さる本になりました。

世の中には普段から本を読む人より、読まない人の方が多いです。一般的にビジネス書は本を読む人向けの内容にすることが多いですが、『人は話し方が9割』は、本を読まない人向けの内容になっています。

「話し方」というテーマも良かったようです。「話し方」は家庭、友人関係、恋愛、職場、どんな場面でも必要かつ悩んでいる人が多いため、たくさんの方に読んでいただいています。

さらにテレワークも追い風になりました。オンラインでのコミュニケーションは対面より反応がわかりにくく、話し方を学びたいという人が増えています。

司会:年間ベストセラーランキングで総合1位を獲得されたいま、亡くなったお母様に伝えたいことはありますか?

永松:いま伝えるとしたら「引き続き人のお役に立てるように頑張ります」ですかね。

うちのおふくろには「本を書くのも、社長になるのも、有名になるのも、全部人の役に立つためです」と常に言われてきました。そのため、日本一になったときもこの称号を何のために使うか考えました。

そこで見えてきたのが、”次世代著者の育成”です。良い著者をたくさん生み出して、素敵な本が世の中に増えれば出版業界、ひいては日本全体が元気になると信じています。

嶋村:永松さんの著書『喜ばれる人になりなさい』を読ませていただきましたが、お母様への想いにとても感動し、全編うるうるしてしまいました。

うちの母は2年前にくも膜下出血で倒れてしまい、現在は言葉も話せず寝たきりの状態です。現在はいつでも会えるように、同じマンションの別室に住んでもらって介護をお願いしています。

母は父との離婚や祖母の介護など、いろいろ苦労をしてきた人なので、母のためにできることは何でもやろうと思っています。

『喜ばれる人になりなさい』誕生秘話

永松:『喜ばれる人になりなさい』を読んで感動したという声をたくさんいただき、とてもありがたいなと感じています。

おふくろが亡くなったときに、おふくろから何度も言ってもらった「喜ばれる人になりなさい」という言葉をテーマに本を書こうと決めました。ただし、自分で条件をひとつ決めていました。

その条件は “日本一になること” です。おふくろの言葉を世の中に伝えたいという気持ちは強かったのですが、その本のラストが「日本一を目指して頑張ります!」では締まらないと感じたのです。そのため “日本一になること” を出版の条件としました。

嶋村:コミットしてやり遂げることは、私も経営者としてとても大切にしています。「目指して頑張ります」と「コミットして達成しました」ではまったく意味が違いますよね。

永松:正直こんなに早く日本一になると思っていなかったので、読者はもちろん出版社・書店の方々にとても感謝しています。誰かが力を抜いていたら取れなかったタイトルだと思います。

著者だけの力で日本一はとれません。著者育成をしていると書き方や企画書について質問を受けることが多いのですが、一番大事なのは人間力だと思っています。

「感動」という言葉はあるが「理動」という言葉がないように、人は理屈ではなく感情で動きます。「この人と一緒に本をつくりたい!」と思ってもらえる人間力が重要なんです。

では「人間力はどう育んでいくのか?」を考えたとき、結局たどり着くのはおふくろの「喜ばれる人になりなさい」という言葉でした。

嶋村:「喜ばれる人になりなさい」という言葉は本当に素敵ですよね。多くのお母様はお子様に対してそう思っているでしょう。ぜひ多くの若者に読んでもらい、永松さんの想いが届いてほしいです。

永松:そうですね。もともと『喜ばれる人になりなさい』は、20〜30代の若者向けに書いた本です。親に感謝して、大事にしてほしいと思って書きました。ただ、ふたを開けてみると40〜60代の女性がメイン読者で驚きました。

母親が主役の本なので、母の言葉が子育てなどで悩みを抱えているお母さんたちの心を軽くしてくれたようです。

著者の育成、プロデュースで日本を元気に

株式会社人財育成JAPAN代表取締役・永松茂久×ワクセル主催・嶋村吉洋

司会:作家として頂点まで上り詰めた永松さんは、今後どこを目指して活動されますか?

永松:いま経営している『株式会社人材育成JAPAN』は著者育成のための会社なのですが、新たに『センチュリー出版オフィス』という出版支援オフィスをつくる予定です。

著者さんは一生懸命に出版まで行うのですが、どう売ってよいかわからず困っている人が多いです。そこで著者さんのサポート組織をつくることにしました。

この活動の認知度を上げるためにメディアに出ることも検討しています。僕らのキーコピーは「本の力で日本を元気に」なので、極端かもしれませんが「日本を元気にするのは本だ!」ぐらいのことをテレビで言いまくってしまおうかと思っています(笑)

また、ビジネス書の著者は社長であることが多いのですが、まだ本を出していない面白い社長さんも多くいらっしゃいます。そのような方々に「社長のノウハウを法則化して、世の中の困っている方を助けませんか?」という提案をしています。

社長さん以外にも、面白いことをやっている人やコンテンツを持っている人がいらっしゃいます。巡り巡ってその人自身にちゃんと返ってくるような設計とプロデュースをしたうえで、ノウハウをパッケージングして世の中に届けていくことを考えています。

司会:永松さんはワクセルのコラボレーターとしても活躍されていらっしゃいますが、コラボレートする際に大切にされていることはありますか?

永松:組んでくれた相手に利益があるかを第一に考えますね。
また、コラボレートするにはお互いが同レベルの影響力を持っている必要があると思っています。影響力に差がある場合、影響力が弱い方は単純に力を借りているだけなので、コラボレートと言うべきではないでしょう。
さらに、もうひとつ条件があるとすれば、自立していてコラボレートしなくてもやっていける人同士であることです。このような人たちがコラボレートするからこそ、本当の掛け算になり大きな結果が生まれると考えています。

嶋村:間違いないですね。レバレッジがきくからこそコラボレートには価値があると思います。永松さんとも一緒に大きな結果をつくっていけたらうれしいです。


「“おいしい”と喜ぶ顔が見たい」アイドルから実店舗経営へ

今回のゲストは、東京・上野駅の近くにある『Maze Cafe* ラーメン美谷』のオーナー、美谷玲実(みたにれみ)さんです。美谷さんはアイドルとして活動し、大人気テレビアニメ『アイカツ!』のキャラクターソングを歌うユニット『STAR☆ANIS(スター・アニス)』に所属。

ユニットの活動で埼玉スーパーアリーナや武道館などの大舞台に立ったこともあり、その経験を活かして、現在はアイドルをプロデュースする仕事も行っています。

アイドルとして活躍する美谷さんが、なぜラーメン店のオーナーをすることになったのか、異色の経歴について、ワクセルコラボレーター・岡田拓海(おかだたくみ)さんと、総合プロデューサーの住谷が詳しく伺いました。

大人気アニメ『アイカツ!』のアイドルユニットメンバーに

ラーメン美谷オーナー美谷玲実×ワクセル

住谷:本日はワクセルスタジオを飛び出し、東京・上野にある『Maze Cafe* ラーメン美谷』でのトークセッションです。店内は「本当にラーメン屋さんなの?」と思うようなかわいらしくてポップな雰囲気です。

岡田:今回のゲストは『Maze Cafe* ラーメン美谷』のオーナーであり、アイドルのプロデュースを手掛け、ご自身もアイドルとして活動をしていた実績もある美谷玲実さんです。まずはアイドルの活動についてですが、どのようなきっかけでアイドルになったのですか?

美谷:子どもの頃から歌が好きで、歌いたいという気持ちがずっとあったのですが、行動に移すことができずにいました。大学入学を機に札幌から上京し、歌への気持ちが諦めきれず、歌える場所を探したんです。

秋葉原にアイドルカフェがあり、在学中にアルバイトとして入ったことが大きなきっかけです。「アイドルになりたい」というよりは、歌える場所を探した結果がたまたまアイドルカフェだったという感じですね。

岡田:アルバイトとしてアイドルになり、そこからどのようにして本格的な仕事に発展していったのですか?

美谷:アイドルカフェを運営している会社が主催するオーディションに受かったことで、アニメの歌を歌うようになりました。『アイカツ!』という、アイドルを目指す女の子たちのアニメなのですが、劇中に登場するアイドルユニット『STAR☆ANIS』に入ることになり、アイドルとして本格的に活動をするようになりました。

歌い方を変えたり声を変えたりして、『アイカツ!』に登場する3人のキャラクターの歌を歌っていましたね。『STAR☆ANIS』で埼玉スーパーアリーナや武道館といった大きなステージに立たせていただいたこともあります。

アイドルカフェのイベントでオリジナルメニューを提供

ラーメン美谷オーナー美谷玲実×ワクセル

住谷:「歌を歌いたい」と起こした行動が、大きく発展したのですね。次は、アイドル活動とまぜそばがどうつながったのかお聞きしたいです。

美谷:札幌出身だったこともあり、子どもの頃からラーメンが大好きでした。でも札幌にいたときは味噌ラーメン・醤油ラーメン・塩ラーメンしか食べたことがなかったんです。

上京して錦糸町に住んだのですが、ラーメン屋さんがたくさんあって、つけ麺やまぜそばにも出会いました。まぜそばを初めて食べたときに「こんなに美味しいものがあるんだ!」って衝撃を受けて、それ以来まぜそばが大好きになったんです。

アイドルカフェで働いているときに、オリジナルラーメンを作ってファンのみなさんに提供するイベントをするようになりました。そのイベントが好評で50回くらいは開催したと思います。
最初は自分で作ったものを出すことにとても緊張していたんですが、ファンの人たちが「おいしい」って食べてくれました。皆さんが笑顔になってくれるのがうれしくて、「いつか実店舗を開きたい」という夢を持つようになったんです。

また、「女性にはなかなか入りづらいラーメン屋が多いな」とも感じていたので、女性でもゆっくりできる、今までになかったお店をつくりたいという気持ちもありましたね。ファンの皆さんが集える、おうちみたいな場所を目指しました。

岡田:お店を出したいと言っても、なかなか簡単にできることではないですよね。このお店はJR山手線・上野駅から歩いてすぐのとても良い立地です。資金的にもかなりの負担があったのではないでしょうか?

美谷:資金はクラウドファンディングで集めました。目標は350万円でしたが、結果的に450万円集めることができました。あとは融資を受けたり、自分たちでDIYしたり、なんとか開店をすることができました。

緊急事態宣言中や、まん延防止等重点措置の期間中はお客さんが減ってしまいましたが、ファンの方が来てくれるので、コロナ禍でもそこまで不安になることはありませんでしたね。

まるでパスタの雰囲気!?女性にも人気のまぜそばメニュー

ラーメン美谷オーナー美谷玲実×ワクセル

美谷:本日はせっかくお店まで来ていただいたので、人気商品を用意させていただきました。当店のメインメニュー『北海道のクリームまぜそば ポテチースペシャル』は、チーズ、マッシュポテト、アーモンドバターがのっています。麺は北海道の小麦を使って、オリジナルで発注しています。クリームソースが麺にしっかり絡んでいるので最初はそのまま食べていただいて、その後しっかり混ぜて味の変化を楽しんでください。

住谷:すごくおいしいです!混ぜるとアーモンドバターが溶けてよりまろやかな味わいになりました。見た目がかわいらしくてパスタみたいな雰囲気で、女性にも人気がありそうなまぜそばですね。

美谷:写真を撮ってくださる女性のお客さんもたくさんいますね。そしてもうひとつが、ランチで一番人気の『醤油まぜそば』です。トロトロの角煮がいち押しポイントです。

岡田:麺に濃いめの醤油の味がしっかり絡んでとてもおいしいです。少しピリッと辛いブラックペッパーがアクセントになっていますね。

美谷:メニューは私が考えているのですが、ドリンクやデザートメニューもあり、夜にはお酒の提供もしています。おつまみとなるコースメニューも用意しているので、飲みの場としても使っていただけます。

「人に役立つ」ことをテーマに新たなチャレンジも

ラーメン美谷オーナー美谷玲実×ワクセル

岡田:これまでアイドル活動、ラーメン店のオーナーと異色のキャリアを積んでいる美谷さんですが、今後新たにチャレンジしたいことはありますか?

美谷:現在、アイドルのプロデュース業や育成にも取り組んでいるのですが、今後はそちらにもっと力を入れていきたいと思っています。また、まったく違うジャンルになりますが、「人に役立つことをやりたい」という思いがあるので、子どもに関する仕事や、介護に関する仕事にも活動の幅を広げられたらと思っています。

住谷:ワクセルのコラボレーターには子どもの教育に取り組んでいる人や、介護士の方もいるので、ぜひそういう方たちとコラボレートして一緒にチャレンジしていきたいですね。

「地球を守る」と自らに使命を課し、国産シルクを世界へ

高嶋耕太郎(たかしまこうたろう)さんは、日本のシルク産業を守るため、大手アパレル企業の取締役という立場を捨て、2021年に株式会社NEXT NEW WORLDを設立しました。同社は気候変動を止めるために、アパレル・コスメ産業から出る二酸化炭素の削減を目指したビジネスを展開。今後、国産シルクを世界に広めるべく、シンガポールへの移住を決断されています。

ワクセルコラボレーターでタレントの渋沢一葉(しぶさわいよ)さんと、ワクセル総合プロデューサーの住谷がシルクの魅力と環境への熱い思いを伺いました。

原材料としてのシルクの可能性を見出す

株式会社NEXT-NEW-WORLD-代表取締役-高嶋耕太郎×ワクセル

渋沢:本日のゲストは絶滅寸前のシルクを守るために、支援金500万円の期待を背負ってシンガポールに移住まで決めた高嶋耕太郎さんです。今回は高嶋さんの素顔に迫ると共に、国産シルクについても詳しく伺います。まず気になるのが“国産シルクが絶滅寸前”というお話です。

高嶋:もともと日本はシルク産業が非常に盛んで、第一次世界大戦前までは世界一の輸出量でした。日本のシルクは品質が高く世界の国々に輸出され、その稼ぎを投資して工業化を進め高度経済成長を遂げたのです。当時の日本には養蚕農家が200万軒あり、人口比で言うと4人に1人はシルク産業に関わっていたそうです。ところが現在、日本に養蚕農家は200軒しかありません。当時からすると0.0001%という驚きの数字ですよね。

住谷:そんなにも少なくなっているのですね……。高嶋さんはAmazon Japanで働かれたり、大手アパレル企業で役職に就いたり、華やかな経歴をお持ちです。なぜそのような立場を捨ててまで、衰退しているシルク産業に着目したのですか?

高嶋:Amazon Japanでは色々な部署で働かせてもらい、その後のTOKYO BASEでは取締役を6年ほどやらせてもらい、長年ビジネスマンとして働いてきました。そのなかで段々と強くなってきたのが、「社会貢献がしたい」という気持ちです。今ではSDGsの活動や認知がとても広がってきていますが、私がSDGsで一番気になるのが気候変動。世の中に気候変動の影響で困っている人が多くいて、「どうにか止めることができないのか」と考えるようになりました。

生きているなかで働いている時間は長いと思います。ではその時間をお金を稼ぐためじゃなく、社会貢献に使うことができれば、自分の時間の価値が高まると思いました。「お金のために働くのではなく、お金を稼ぎながら社会貢献がしたい」そういう思いから自然原料について調べるようになり、色々調べた結果シルクの原材料としての可能性を強く感じたんです。

500万円の支援金が集まる

株式会社NEXT-NEW-WORLD-代表取締役-高嶋耕太郎×ワクセル

高嶋:まずご紹介したいのが、本日持ってきたこの白い粉です。こちらはシルクの糸を細かくしたものです。シルクってものすごく汎用性があり、糸を粉にして体内に取り入れることでたんぱく質を摂取できます。

シルクには『フィブロイン』というたんぱく質の一種が含まれていて、フィブロインにはコレステロールを抑制する作用があると言われています。そのため、この粉を飲み物や食べ物に入れて摂取することで、コレステロールを下げる効果が期待できます。

住谷:シルクからたんぱく質が摂取できることも驚きですが、さらにシルクで石けんもつくられていますよね。「絶滅寸前の国産シルクを守れ!」をテーマにシルク石けんのクラウドファンディングを行い、大きな反響があったと伺っています。

高嶋:クラウドファンディング開始直前に、俳優の窪塚洋介さんと群馬県桐生(きりゅう)市の荒木市長と私の3人で「シルク産業を守る」というテーマでトークイベントを行いました。その後、開始1時間で目標金額の100万円を達成し、最終的に500万円の支援金を集めることに成功しました。

「国産シルクを守ってほしい」「やっていることが素晴らしい」などのコメントをいただくことができ、「挑戦した価値があった」と感じましたね。

肌にうるおいを与えるシルク石けん

株式会社NEXT-NEW-WORLD-代表取締役-高嶋耕太郎×ワクセル

渋沢:このシルク石けんにはどういった特徴があるのですか?

高嶋:シルクは糸をつくる段階でお湯を使って煮るのですが、そのときにセリシンという成分が抽出されます。セリシンはたんぱく質の一種で、人間の肌の組成にとても似ていると言われています。そのため肌への吸着性が強く、高い保湿効果が期待できるんです。さらにセリシンには紫外線を吸収する効果があることも実験でわかっています。

この成分をいかした商品をつくるときに石けんを選んだのは、まずは多くの人にシルクの良さを知ってもらいたいと思ったからです。石けんであれば子どもから大人まで毎日のように使ってもらえますし、日常生活の中でシルクの魅力を体感してもらうことが大きな狙いです。

シルクは本当に優秀な原料で知れば知るほど良いことばかりで、大きなビジネスチャンスになると思います。国の研究機関とも提携して研究しましたし、調べれば調べるほど魅力が多く、どんどん知識を吸収しながらシルクにのめり込んでいきました。

「気候変動に子どもたちを巻き込みたくない」と地球を守ることを決意

株式会社NEXT-NEW-WORLD-代表取締役-高嶋耕太郎×ワクセル

渋沢:近々シンガポールへ移住されるそうですが、決断に迷いはありましたか?

高嶋:シンガポールに行く理由はシルクのためでもありますし、気候変動のためでもあります。私には5歳と3歳の子どもがいますが、自分の子どもが大きくなったときに“汚染された地球”になっていることが許せないと思ったんです。子どもたちのためにも、誰かが地球を守らなければいけません。その誰かは私だと思いました。

気候変動が起こることで地震や津波などの災害が激化すると言われています。そのようなことに子どもたちが巻き込まれてほしくないという気持ちが一番強いですね。

これまで石油からつくられたものがたくさん使われてきました。多くの人が石油由来のものを使ってきた結果、地球環境が悪くなっていることを自覚してきています。SDGsへの意識が高まっている今なら、石油由来の繊維と自然由来の繊維があったとして、「どちらを買いますか?」と聞くと、みなさん自然由来のものを選んでくれると思うんです。僕のビジネスを大きくして、自然原料のシェアを増やしていけば気候変動の改善につながると考えています。

東南アジアの富裕層に向けシルク需要の開拓を目指す

株式会社NEXT-NEW-WORLD-代表取締役-高嶋耕太郎×ワクセル

住谷:シンガポールに行くことがビジネスの拡大につながるんですね?

高嶋:私が中期目標として掲げているのが、“東南アジアに日本のシルクを売る”ことです。東南アジアには現在約6億6,000万人の人口がいて、さらに人口が増えていくと予想されています。その人口の約1億人が富裕層と言われていて、富裕層だけで現在の日本の人口ほどいるんですよ。

日本のシルクはとても高いものなので、富裕層に向けて需要を開拓していきたいと考えています。シンガポールは東南アジアのハブとなる国なので、販路拡大のために移住することにしました。私は群馬県桐生市で養蚕業をやっているのですが、桐生市でシルクの製品開発を行い東南アジアの富裕層に売る。この流れをつくることができれば日本のシルク産業を守りながら、気候変動を止めることに役立つはずだと考えました。

今は目に見えないものに価値を置く『風の時代』と言われていますけど、『競業』じゃなくて『協業』の時代になってきていると思うんです。今後ワクセルさんのようにいろんな方と協業して、日本のシルクをもっと世界に広めていきたいですね。世界に勝ちに行くために、私たちと協業してくれる方をお待ちしています。


映像制作25年・焼き鳥屋5年、共通するのは『細部へのこだわり』

今回のゲストは、映像制作を手掛ける株式会社 要堂(かなめどう)の代表取締役を務める松本恭直(まつもとやすなお)さんです。松本さんは19歳から映像の仕事に携わり、1997年に同社を設立。現在は映像制作をしながら東京・西麻布に『まほろば』という炭火焼き鳥屋も出店しています。

ワクセルコラボレーターでタレントの渋沢一葉(しぶさわいよ)さんと、ワクセル総合プロデューサーの住谷が、松本さんの仕事観やこだわりなどを伺いました。

セットで作られた異空間に衝撃を受け映像業界を目指す

株式会社要堂-代表取締役-松本恭直×ワクセル

渋沢:松本さんは幼少期から「映像の仕事に就きたい」という夢を持ち、実際に長年映像制作に携わっていらっしゃいます。映像に興味を持ったきっかけを伺えますか?

松本:幼いときに、家の近所にあった東映のスタジオに入る機会があったんです。セットを初めて見て、異空間を作っていることへの衝撃を覚え、「ここで働きたい」と思いました。美術や撮影にも興味を持って、映像会社やテレビ局に行けば自分の夢が叶うと思い、19歳のときにテレビ局でアルバイトをしていました。ただ、その頃は今と違って「テレビの仕事をやらせてやる」という風潮だったので、1カ月働いても小遣い程度しかもらえず、まるで丁稚奉公みたいな感じでしたね。でも、夢もあったんです。映像制作会社に勤め出してからはちゃんと給料がもらえるようになり、20代前半でも20万円、30万円とどんどん上がっていきました。

住谷:そこから起業されていますが、もともと起業願望があったのですか?

松本:まったく起業する気はなかったのですが、勤めていた会社が経営的にうまくいかなくなり、退職せざるを得ない状況になってしまったんです。特に行き先もなくて、ちゃんと給料をもらうにはどうしたらいいのか仲間に相談したところ、「自分でやった方がいいんじゃないか」と言われました。それがどんなに大変なことかわかっていなかったんですが、「映像の仕事はできる」という自負があったので、起業することに決めました。

会社設立から25年「ただ真面目にやり続けただけ」

株式会社要堂-代表取締役-松本恭直×ワクセル

住谷:映像制作の会社を立ち上げ、主にどのような映像を撮られているんですか?

松本:CM、音楽もの、企業もの、イベント映像など、今は映像全般をやっていますが、音楽が一番多いですね。ミュージックビデオだけでなく、最近ではライブでも映像を使うので、そういった映像も作っています。会社を始めた頃はMISIAさんの映像を作らせてもらっていました。たまたま知り合いの関係で出会い、MISIAさんの事務所の社長が良くしてくださったんです。あとはGLAYさん、水樹奈々さんなど本当に幅広く作ってきました。

ミュージックビデオは、本人やレコード会社が曲のイメージを強く固めていることがあるので、そのイメージを汲んで具体的に作ることを大事にしています。そのために話をよく聞き、理解を深めるようにしています。本人も知らないことをこっちで調べて、「こういうやり方もありますよ」って提案することもありますね。

住谷:会社を立ち上げ25年も続いているそうですが、これほど長く続けることができた秘訣を伺いたいです。

松本:秘訣はなくて、ただ真面目にやり続けただけなんですよ。これまで会社が潰れそうなときもあって、土下座してお金を借りたこともありましたしね。でも続けるってそういうことだと思います。必ず悪いこともあるけど、続けていくなかで未来が見えてきて、どんどん面白くなる。私は「カッコいいことをやろう」ってずっと言い続けてきました。

ここ数年は毎年従業員を増やすことにしていて、今は30名ほど在籍しています。雇用を増やすことは大変なことですが、後進を育てることを繰り返しやっていかないとダメだと思ったんです。雇用することが会社作りのベースだと考えているので、意識していますね。好きじゃないと続かない仕事なので、真面目で映像が好きな人を採用しています。

ずっとやりたかったことを形に、西麻布に焼き鳥屋を出店

株式会社要堂-代表取締役-松本恭直×ワクセル

渋沢:松本さんは映像制作をしながら、西麻布に『まほろば』という炭火焼き鳥屋も出店されています。なぜ飲食店を出すことになったのでしょうか?

松本:料理を作るのがすごく好きで映像制作の会社を立ち上げた頃から、ずっとやりたいとは思っていたんです。でも私は昔から器用貧乏で何をやってもそこそこな結果。複数のことをやるとどっちつかずでダメになる気がして、なかなか踏み出せずにいました。

でも起業して20年経って「もう関係ないかな、好きに生きよう」と思い、やりたいことには手を出すようになりました。タレントさんやさまざまな人と幅広く付き合いがあるので、気兼ねなく集まれる場所や自分たちが楽しめる場所があったらいいなとずっと思っていて、ようやくそれが形にできました。もうすぐお店を開いて丸5年になります。

『まほろば』という名前は私の母が提案してくれたのですが、昔の言葉で、“素敵な場所”、“人が集まる場所”という意味があります。昔はお祭りのときに『まほろば』って言葉が使われていたそうですよ。私の父は字がキレイなので、店のロゴを書道で書いてもらい、母と父のコラボレーションになっています。

「料理にもちょっとした驚きを」オリジナリティ溢れるこだわりメニュー

株式会社要堂-代表取締役-松本恭直×ワクセル
株式会社要堂-代表取締役-松本恭直×ワクセル
株式会社要堂-代表取締役-松本恭直×ワクセル

渋谷:本日は食事も用意していただいたのですが、どれも見たことがないような料理で目で見て楽しむこともできますね。

松本:『地鶏もも肉の雲丹(ウニ)乗せ』『レバーパテもなか』『TKG雲丹のせ』の三品をご用意しました。まず『地鶏もも肉の雲丹乗せ』ですが、こちらはもも肉を1日たれに付け込んでいるので柔らかく、だしの風味がきいています。海苔に巻いて食べて、磯の香りも一緒に味わってください。『レバーパテもなか』は、しっとりとしたレバーともなかのさくっとした食感が楽しめます。『TKG雲丹のせ』はご飯の上にメレンゲを乗せています。そうすることでふわっとして、見た目も楽しめ、ご飯は生姜とネギ、だしで炊いた炊き込みご飯になっています。

住谷:一つひとつこだわりを感じますね。こういうオリジナリティのあるメニューはどうやって思い付くんですか?

松本:お店のメンバーと一緒に「こんなメニューにしたら面白いんじゃないか」ってアイデアを出し合いながら作りました。『レバーパテもなか』は、イタリアンやフレンチでレバーパテをパンと一緒に食べることが多いので、「さくっとした食感を合わせるならお煎餅でもいいんじゃないか」などさまざまな案を出しながら、もなかに決まりましたね。

映像業界でエンタメの心得を持っているので、料理にもちょっとした驚きや楽しさを提供したいと思っているんです。映像を作るときも料理を作るときも“こだわりを持って最後まで丁寧に作る”そういう思いを持っています。

渋谷:やりたいことには積極的に取り組んでいるそうですが、次にやりたいことはありますか?

松本:お店を増やしていきたいという気持ちがありますね。『まほろば』の名前を使った、焼肉屋だったり和食屋だったり、たくさんのジャンルのお店があったら楽しいと思うんです。これまで自分がやりたいことを軸に行動してきましたが、それは今後も変わりません。ただ、経営者としての責任も感じているので、しっかりと後進育成にも努めながら自分のワクワクする未来をつくっていきたいですね。


『ウールマン』こと上野伸悟さんが語るウールの魅力と環境問題

レダ ジャパン株式会社の代表取締役である上野伸悟(うえのしんご)さんは、25年以上も生地の仕事に携わっており、なかでもウールに特にこだわっているところから、『ウールマン』として親しまれています。環境に優しく、優れた機能性を持つウールの魅力を伝えながら、環境問題について発信する活動もされています。

ワクセル総合プロデューサーの住谷とメディアマネージャー三木が、ウールの扱い方やアパレル業界が及ぼす環境問題についてなど、上野さんにお話を伺いました。

夏は涼しく冬は暖かい、防汚性も高いウールの驚くべき機能性

レダ-ジャパン株式会社-代表取締役-上野伸悟×ワクセル

三木:上野さんはウールをこよなく愛する『ウールマン』として知られています。世の中にウールの素晴らしさを伝えるために活動されていて、ファッション業界に一石を投じるような発信にも注目が集まっています。本日は、業界についての正しい知識を上野さんから伺いたいと思います。まずは、ウールが他の繊維素材とどう違うかお聞かせください。

上野:繊維は大きく分けて『天然繊維』と『合成繊維』があります。天然繊維は自然から生まれたもので、合成繊維は石油などから生まれたもの。

ウールは羊の毛から作られているため、天然繊維に含まれます。また、ウールは羊が過酷な環境を生き抜けるよう、 “夏は涼しく冬は暖かい”という特徴を持っています。さらに防汚性が高いので汚れがつきにくく、落ちやすい。頻繁に洗わなくてもよいため、水や電気の使用も少なくすみ、最後は土に還って養分となるという、とてもエコな素材です。

三木:近年は「ウールが環境に良い」と注目されていますが、なかにはウールの扱い方に悩まれている人もいると思います。私も洗濯機に入れて、縮めてしまったことがあります。

上野:ウールは擦るだけなら縮まず、濡らしただけでも縮みません。ただ、この両方が合わさると、『フェルト化』といって繊維が絡み合って縮んでしまいます。ウールは汚れにくいので洗わないのが一番なのですが、洗う場合は水に浸して、ウール用の洗剤で軽く押してあげる程度で十分です。汚れが落ちやすい繊維なのでそれでキレイになりますよ。

僕はレダ ジャパンでウールを仕事で扱うようになりました。あまりの着心地の良さに驚き、ウールのよさを知ってしまってからは、それ以外のものを着られなくなってしまいましたね。今日もインナー、下着はもちろん、靴下や靴もすべてウールです。

イタリアファッション界のレジェンド「チェルッティ」の偉業

レダ-ジャパン株式会社-代表取締役-上野伸悟×ワクセル

上野:僕の経歴を順番に説明すると、高校卒業後はプロゴルファーを目指していました。しかし、自分で決めた期限までにプロになれなかったので22歳でゴルフをやめ、生地の代理店に勤めることになったんです。代理店にいた時には、イタリア留学をしています。

その後、レダ ジャパンの創立メンバーとして営業職に就いたのですが、給料面に関するミスマッチから退職。転職先の日本のアパレルメーカーで洋服の作り方を勉強している際に、「Lanificio Cerruti Japan (ラニフィチオ・チェルッティ・ジャパン)の社長をやってくれないか」と声をかけてもらいました。

チェルッティとは人の名前で、イタリアファッション界のレジェンドです。つい先日91歳でお亡くなりになりました。今でこそ「ファッションといえばイタリア」というイメージがありますが、実はイタリアは”ファッション後進国”でした。
イタリアには縫製工場がありますが、当時はロンドンやパリの下請けという存在でした。誰も見向きもしなかったイタリアの生地を、チェルッティが世界に広めたと言っても過言ではありません。あのジョルジオ・アルマーニ(ファッションブランド「アルマーニ」の設立者)もチェルッティの下で働いていたんですよ。

20年以上前から環境問題に配慮してきた生地メーカー「レダ」

レダ-ジャパン株式会社-代表取締役-上野伸悟×ワクセル

三木:ラニフィチオ・チェルッティ・ジャパンで社長をしていた時に、レダ本社から「戻ってきて」と熱いラブコールがあったと伺っています。

上野:2018年の年末に、突然レダ イタリア本社の人事部長とのミーティングがセッティングされ、「営業マネージャーとして戻ってきてほしい」と言われました。しかし、当時の私はチェルッティ・ジャパンの社長に満足していたので、「(レダ ジャパンの)社長じゃなきゃ嫌だよ」と伝えたら「じゃあ、社長でいいです」と返事をいただけました。

冒頭でも話したとおり、レダが作るウールの生地はものすごくいいものなんです。自分でも“欲しい”と思うほど高品質だったので、「社長になったらこの洋服を着て、みんなに知ってもらうことができる」と胸が高鳴りましたね。

さらに、当時は環境問題への取り組みに注目が集まっている時期でした。レダは20年以上前から環境に負荷をかけない活動を続けていて、ソーラーパネルで発電し、水資源を無駄にしないためにろ過施設を持っています。環境問題を世の中に広めるという僕がやりたかった活動とマッチしたので、レダ ジャパンへ戻ることを決意しました。

完全オートメーション化された工場で生産、圧倒的な”コスパ”

レダ-ジャパン株式会社-代表取締役-上野伸悟×ワクセル

住谷:20年以上も前から環境問題について取り組まれているとは驚きです。上野さんが思うREDA(レダ)の一番の強みとはなんでしょうか?

上野:レダは1990年代に工場を一新しているのですが、その時に完全オートメーションのサステナブルな工場を作りました。CO2をあまり出さず、水をキレイにすることを考えて設計されています。

現在はサステナブルに関心が高まり、環境保全に取り組む会社が多いと思いますが、レダは20年以上前から行っているので何も変わりません。レダの工場見学に行くとロボットが糸を運んでいるのが見られますよ。完全オートメーション化して作られているので、他のイタリアブランドの生地に比べると、品質がいいのにとてもお手頃な価格です。圧倒的に”コスパ”がいいところが強みだと思っています。

それでも高いと言われますが、みなさん洋服を買うときに値段しか見ていない人が多いですよね。洋服を買うときは「何でできていて、誰が作っていて、最後どうなるか」を意識して買ってほしいと思います。

洗濯するだけで環境汚染につながる事実

レダ-ジャパン株式会社-代表取締役-上野伸悟×ワクセル

三木:洋服を買うときに見るべきところを具体的に教えていただきたいです。

上野:今では多くの衣服が海外で作られていて、非常に安く売られています。品質やブランドにもよりますが、Tシャツが1着1,000円で売られていることもありますよね。でも、それは生地を作っている人がお金をもらえていないということなんです。洋服があまりにも安すぎると「作っている人たちが苦労している」と、思ってもらいたいですね。

安いから海外で作ることが多いですが、それにより日本の縫製工場は仕事が無くなり、どんどん潰れています。日本で貧困が増えているのは、国内の仕事が少ないことも影響しているはずです。そして、この問題はアパレル業界に限ったことではないと思います。

住谷:短期的に物事を見た結果が今の状況なんですね。上野さんの今後のビジョンについても伺いたいです。

上野:多くの人がポリエステル製の洋服を持っていると思いますが、実は洗濯するだけで環境汚染につながっているということを知ってもらいたいです。ポリエステルから出るマイクロプラスチックが海に流れて汚染物質と合体し、それを魚が食べているので魚の中はプラスチックだらけと言われています。私たちはその魚を食べているわけです。WWF(世界自然保護基金)が過去の研究を分析した結果、私たちが1週間に摂取するプラスチックの量はクレジットカード1枚分にもなるそうです(※1)。まずはそういった事実を多くの人に知ってほしいですね。

また、日本の1人当たりのプラスチック使用量はアメリカに次いで世界第2位(※2)です。医療器具などプラスチックを絶対に使わないといけないものもありますが、洋服については使用を止めようと思えば止められますよね。ウール、綿、麻など1枚だけでも天然繊維のものにするなど、そういったことから始めてみてほしいです。

このような情報を発信し続けて、僕の活動やビジネスを通してファッション業界の環境問題について考えてくれるようになれば嬉しいですね。そして、それをきっかけに「環境が良くなった」と言ってもらえるようにしていきたいです。

出典:
※1WWFプレスリリース「先週食べたのはクレジットカード、今週も食べるとペン?」
※2環境省「プラスチックを取り巻く国内外の状況」

 


年間200軒以上のパン屋をハシゴする”パン王子”こと浅香正和さんのパンに懸ける想い

今回のゲストは、関西を中心にパンコーディネーターとして活躍している浅香正和(あさかまさかず)さんです。

浅香さんは、“パンでつながり、笑顔になる”ことをミッションに掲げ、パンの情報を発信し続けています。「パン業界に貢献したい」という浅香さんの強い想いについてお話を伺いました。

MCは、ワクセルコラボレーターであり、タレントとして活躍されている渋沢一葉さんと、ワクセル総合プロデューサーの住谷が務めました。

年間で200店舗を巡り、パンの魅力を発信

パンヲカタル主宰-浅香正和×ワクセル

渋沢:
本日のゲストは、“パン王子”こと浅香正和さんです。浅香さんは、パンコーディネーターとして関西を中心に活動し、メディアを通してパンの魅力について発信し続けています。パン業界を盛り上げるために、2010年には「幸せ発掘プロジェクト」を立ち上げました。

浅香:
パン職人って自分の想いやパンについて発信することが苦手な人が多いので、それを拾いあげて代弁しようと2010年にブログを始めました。そもそも僕はパンに関わる会社で働いていたのですが、その会社の会長が「パン業界に貢献したい」という想いを強く持っている方でした。現在の活動を始めたのも、「会長のパンへの想いを継承したい」と考えたからです。

渋沢:
浅香さんは関西をメインにパン屋を巡っていると伺いましたが、年間でどのくらいの店舗に訪れているのですか?

浅香:
年間200店舗ほどです。1日に5店舗を巡ることもあり、1店舗につきパンを3個は買うので、1日で15個食べることもありますね。買ったあとは公園などで食べていますが、パンについてブログで発信したりライティングの仕事をいただいたりしているので、食べながら文章を書き、また次の店舗に向かっています。

文章を書く時、僕はパンの特徴を分解して捉えるようにしています。まずは食べる前にパンをよく見て、香りを確かめます。見た目や食感、のど越し、余韻、飲み込んだ時に最後に残る風味や香りなど…。パンはとても奥深いので、長く書き続けられていますね。

パンをきっかけにして”人”が繋がっていく

パンヲカタル主宰-浅香正和×ワクセル

渋沢:
2010年にパンシェルジュマスターを取得したと伺いましたが、どのような資格なのですか?

浅香:
「コンシェルジュ」と「パン」を掛け合わせた名前になっているのですが、パンの歴史や作り方、マーケティングなどについて幅広い知識を持っていることを証明する資格です。

僕はパンシェルジュマスター取得だけでなく、もっとパンに関わろうと2015年に「パンヲカタル」プロジェクトを始めました。
“パンを中心に人が繋がっていくことって素敵だな”と感じたことがきっかけだったので、「パンでつながり、笑顔になる」を明確なミッションに掲げています。小麦畑に行くイベントを開いたり、行政から依頼を受けて地域活性化のためにベーカリーマップを作ったりしています。

住谷:
その活動がメディアにも大きく取り上げられていますよね。浅香さんは元々バンドマンをされていたそうですが、当時の経験が「パンヲカタル」に繋がっていることもあるのでしょうか?

浅香:
高校を卒業後、会社員として働きながらビジュアル系のバンド活動をしていたんですが、27歳の時に解散しました。当時は歌詞を作っていたこともあり、パンについてライティングする時は歌詞を書くようなイメージで書いています。僕は「伝えたい」という気持ちを強く持っているのですが、今はパンを通して表現できているので、僕のなかではバンドもパンも繋がっていると思っています。

今は亡き会長の想いを伝え続けたい

パンヲカタル主宰-浅香正和×ワクセル

渋沢:
18歳で入社した会社がパンのフィリング(具材)メーカーとのことですが、あまり聞き馴染みのない業界だと思いました。

浅香:
カスタードクリームやチョコクリーム、あんこ、カレーなど、パンのフィリングを作る会社に入社しました。僕もこの会社に就職するまでは、そんな業界があることも知らなかったです。

当時は、高卒で就職する場合、近隣の会社から選ぶのが一般的でした。また、衣食住に関わる仕事に就くのが一番安定していると言われていたので、ひとまず食に関わる会社を選んだのが入社の理由です。54歳で独立しましたが、18歳から53歳までの35年間お世話になりました。

まだ在職中にパンに関する活動を始めたのですが、さまざまなメディアに出るようになって、「仕事とのバランスが取りにくい」と感じることがよくありました。当初は会社の売上に貢献できるほどの活動ではなかったので、会社との折り合いも難しい状況にありましたね。社内的にも独立した方がいいという雰囲気が強く漂っていて、もう今しかないと思い独立に至りました。

住谷:
評価されてもおかしくない活動だと思うのですが、当時はあまり評価されなかったんですね。努力しても周りの理解も得られない状況は、僕だったら諦めてしまうと思います。浅香さんがそんな状況のなかでも、活動を続けられた理由を伺いたいです。

浅香:
僕は「業界にも会社にも貢献したい」とずっと伝えていたのですが、活動と会社をうまく繋げられませんでした。しかし、これまで活動を続けてこられたのは、「亡くなった会長の想いを継承したい」という気持ちが強かったからです。今でも自分が迷った時は「会長だったらどうするだろう?」と考え、原点に立ち返ることができています。僕はパン屋さんが喜んでくれることをずっとしていきたいです。

パンは身近な生活のなかにある

パンヲカタル主宰-浅香正和×ワクセル

住谷:
独立後の現在は、主にどのような活動をされているのですか?

浅香:
地域活性化のプロジェクトを中心に行っていて、最近では大阪環状線のスタンプラリーを作りました。また福祉事業所のコンサルティングとして、商品開発や販売促進のサポートも手がけています。

最近「パンブーム」ってよく耳にしますが、僕はその言葉にとても違和感を覚えています。パンは生活のなかにあるものなので、ブームという表現がしっくりきていません。僕にとってパンの一番の思い出は、父親が休みの日にパンを買ってサンドイッチを作ってくれたことです。それくらいパンは身近で、日々僕らのそばにあるものだと思います。

渋沢:
最後に、浅香さん自身の展望についてお聞きしたいです。

浅香:
今、パンについて情報発信している方はたくさんいます。キレイな写真を撮る方もいて、正直そういう技術について僕は敵わないと思っています。でも、パンへの想いや、パンを作られている方の想いを届けたいという気持ちは誰よりも強いと思うので、今後も自分の言葉でパンの魅力を発信し続けていきたいですね。自分自身がパンを楽しんで、それを見て皆さんがパンを楽しみたいと思ってくれたら、こんなに嬉しいことはありません。


布団の常識を「干す」から「洗う」へ

フトン巻きのジロー株式会社取締役会長・森下洋次郎さんは、もともとIT関連の事業で失敗した経験がありますが、コインランドリー業界に可能性を感じ、「布団洗い」というサービスを確立しました。

今回は、失敗をチャンスに変え、次々と新しいことにチャレンジする森下さんのエネルギーの源や物事の捉え方など、たくさん聞かせていただきました。

ワクセル総合プロデューサーの住谷と、メディアマネージャーの三木が、MCを務めています。

「小さくても良いから自分で歯車を作りたい」大企業を卒業して起業

フトン巻きのジロー株式会社取締役会長・森下洋次郎×ワクセル

三木:
本日のゲスト、森下洋次郎さんの経歴をご紹介します。

1977年に奈良県生駒市で生まれ、1989年からの中高6年間はラ・サール学園に通い、鹿児島県で寮生活をされていました。2000年に慶應義塾大学商学部を卒業し、渡米してインターンシップに参加。同年に世界大手会計事務所プライスウォーターハウスクーパース(以下、PwC)に入社されました。

2006年にはIT企業を設立したほか、2015年に立命館大学客員教授にも就任されています。そして2017年、フトン巻きのジロー株式会社を設立されました。

住谷:
世界でも有数な会計事務所「PwC」に入られて、その後起業に至るまでにはどのような経緯がありましたか?

森下:
PwCは素晴らしい会社で、研修制度や評価制度も整っていて、サラリーも不服はありませんでした。一方で、すべてが整っているがゆえに、自分が大きな歯車の中にいることに気づかされました。
200~300名ほどが参加する規模のプロジェクトでは「自分がいなくても、このプロジェクトは回っていくだろうな」と常々考えていましたね。
そして、大きな歯車の一部でいるよりは、小さくても良いから自分で歯車を作りたいと考えるようになりました。

僕の世代には、グリーとかミクシィとかSNSの会社を起業してミリオネアになった人がたくさんいて、「ITの波に乗るしかない」と、起業したのがバズー株式会社でした。

バズーを設立した当時はまだガラケーが全盛期の時代で、ガラケーサイトを作る事業をしていました。メールと検索を合わせた「メルケン」というサービスを作りましたが、まったく流行らず。その後もどんどん新規事業を立ち上げましたが、失敗の連続でした。結果的に社員をリストラして、とても苦しい経験をしました。

事業に失敗、人生のどん底をブログで発信

フトン巻きのジロー株式会社取締役会長・森下洋次郎×ワクセル

住谷:
エリート街道を歩んでいるように見えますが、そんなに苦しい経験をされたのですね。

森下:
ある新入社員からリベンジブログを書かれたこともあります。うちの会社を中傷する内容で、かなり炎上しました。当時、内装費を5,000万円かけて森ビルにオフィスを立ち上げたのですが、約1年で閉めることになりました。原状復帰に2,000万円かかって、リベンジブログのクレーム電話が殺到するオフィスに1人残って、人生のどん底を味わいましたね。

でも、どん底の経験を自分のために残しておきたいと思い、ブログで失敗談を赤裸々に綴りました。思いがけずブログに反響があって立命館大学の方から連絡をもらいました。

「失敗体験を学生に語ってほしい」という内容で、それまで失敗をさらけ出す経営者がいなかったので、学生たちにはかなりウケましたね。それをきっかけに日本でグローバルリーダーを育成するプロジェクトに、立命館大学の客員教授として関わらせてもらうこともできました。

住谷:
IT起業家からランドリー業界と、かなり方向転換をされていますよね。どのような変化があったのでしょうか?

森下:
バズーで新規事業に次々とチャレンジしてほぼ失敗しましたが、ひとつだけ軽くヒットしたものが民泊事業でした。

7、8年前に「Airbnb(エアビーアンドビー)」が日本に上陸し始めて、ちょうどオリンピックの東京開催も決まって、外国人観光客が急激に増えていました。
民泊事業をするために新宿や渋谷のマンションを50部屋くらい借りて、お客さまがチェックアウトする度にベッドメイキングをして、シーツを洗うためにコインランドリーに行きました。

都内のコインランドリーって「汚い、暗い、怖い」の3つが揃って「3K」と呼ばれているのですが、そんなコインランドリーに僕みたいにAirbnbをやっている人たちが行列を作って待っているんです。それを見て、自分でやった方が良いのかもしれないと思ったんですよね。

ニッチ産業である「コインランドリー」に可能性を見出す

フトン巻きのジロー株式会社取締役会長・森下洋次郎×ワクセル

三木:
民泊を行った経験から、コインランドリーという新たな事業の展開が生まれたんですね。

森下:
立命館大学の客員教授としてアメリカに渡った時に、”イノベーションの鬼”と言われる方から教わったことも大きなきっかけになりました。イノベーションを起こすには「業界がニッチであること」「ニッチで産業として成り立っていること」が必要だとその方に教わりました。まさにコインランドリーのことだと思いましたね。

事業を始めるにあたって、競合を避けたいと思い、沖縄での開業を選択しました。鹿児島で生活していた経験から、鹿児島は東京より2年くらい文化が遅れているという実感があったので、沖縄なら3年くらい遅れているんじゃないかと予想を立てました。

『タイムマシン経営』と言って、良い文化を先に仕入れて展開する方法がありますが、東京にあるちょっとおしゃれなコインランドリーを沖縄で作れば絶対に勝てるって目論見がありました。沖縄は高温多湿なので乾燥機の需要があったので、戦略が見事に当たりました。
一般的にコインランドリーの平均月商は40万円と言われていますが、僕が作ったお店は初月から月商100万円を達成。勢いに乗って、民泊で儲けたお金を全部つぎ込んで、沖縄にコインランドリー6店舗を一気に出しました。

業界で圧倒的に勝つために「布団洗い」サービスを確立

フトン巻きのジロー株式会社取締役会長・森下洋次郎×ワクセル

森下:
コインランドリーは無人でできるので、不動産業の人が税金対策にやることが多くて、地元の地主には資本で負けてしまうと思いました。圧倒的に勝つためには、他の人がまったく考えないようなことを実現しなければなりません。そのために、まずは自分自身が店舗に立って接客を始めました。僕は沖縄県民のことがまったくわかっていないというハンデもあったので、徹底的にマーケティングしようと考えました。

三木:
コインランドリーに接客する人がいるのは新しいですね。

森下:
東京から最新の大型機械を仕入れていたので、家では洗えない大物、毛布やカーペットや布団を入れてって接客していました。
でも、みなさん「布団って洗えるの?」って言うんですよ。つまり布団は干すものだと思っていて、洗うって発想を持っていないんですね。これは今までありそうでないサービスだと思いました。

通常、敷布団をそのまま洗うと壊れてしまいます。敷布団の加工方法って色々ありますが、断面にした時に貫通していない縫い方のものは洗濯機の振動で綿が寄ってしまうので、洗濯ができません。そのため、洗濯できるように布団を固定して巻きつける「フトン巻き」って方法を考えました。

エネルギーの源は「常に新しいことに挑戦し、自分自身を変えること」

フトン巻きのジロー株式会社取締役会長・森下洋次郎×ワクセル

住谷:
それでフトン巻きが始まったんですね。森下さんの物事を捉える視点に驚きがいっぱいです。

森下:
コインランドリーを利用する人は全国的に10%程度と言われています。つまり10人に1人しか使わないニッチ産業なんです。ところが布団に関しては、掛け布団、敷布団、何かしら絶対持っていますよね。つまりフトン巻きのサービスを確立させることでマス産業にできるんです。

住谷:
布団とコインランドリーのコラボレーションですね。ニッチな産業にマス産業を入れて広げていくという発想が面白い。

森下:
コインランドリーって全国に2万店舗ほどあるのに、市場は1,000億円規模の小さい産業です。でも僕たちが独自に調査したデータによると、布団は一人当たり2、3枚持っているので、日本には3億枚の布団があることになります。これを1枚2,000円で洗うと考えて、単純計算すると6,000億円の産業が作れるわけです。3年前にこんな大ボラを吹いて全国展開しようとスタートして、今は81店舗まで増やすことができました。

三木:
森下さんは本当にイキイキと話されて、ご自身の事業をとても楽しんで取り組まれていることが伝わってきますが、そのエネルギーはどこから来ているんですか?

森下:
生きていくエネルギーの源泉って、「常に変わっていくこと」「新しいことに挑戦していくこと」つまり自分自身を変えていくことしかないと思います。それを毎日愚直にやっていくことは意識していますね。僕はコミュニティの中であまり上手に影響力を発揮できた方ではなくて、それが悔しかったという思いも強いです。同じ人間なのに上手くいっている人たちがいて、「自分にできないはずがない」という悔しい思いをバネにしたからこそ、ここまで来られたのかもしれませんね。

一度は逃げた東京にもう一度勝負を挑みたい

フトン巻きのジロー株式会社取締役会長・森下洋次郎×ワクセル

三木:
森下さんが今後掲げるビジョンを聞かせてください。

森下:
フトン巻きのジローは「日本国民のふとんを洗い尽くす」をミッション・ビジョンとして掲げているので、まずは洗い尽くして布団の常識を「干す」から「洗う」に変えていきたいです。

ある企業で検証してもらったところ、実は天日干しのダニの撲滅率はかなり低いそうです。ダニの糞などはアレルギーの原因になるので、絶対に洗った方が良いんです。キレイになることはもちろん、アレルギーの予防対策に繋がっていく社会性のあることをしっかり伝えていきたいです。現在はCMを作ったり、こういう素晴らしいメディアの取材を受けたりといった活動をさせてもらっています。

現状の店舗規模では3億枚洗い尽くそうとすると、単純計算で500年掛かってしまいます。もっと出店数を増やしていく必要がありますし、同時に今後は宅配デリバリーサービスを強化していきたいと考えています。

フトン巻きのジローは郊外を中心に展開していますが、それは車社会と相性がいいからなんですね。僕はもともと東京から逃げるように沖縄に行ったので、東京で勝負して勝ちたいという気持ちがあります。そのためにはウーバーイーツのようにスマホで簡単に予約して、デリバリーが成立するようなサービスを実現させなければいけません。

今後ハウスクリーニングも含めて清潔全般に関しては、フトン巻きのジローで担当させてもらえるようにして、「ジロー」と言えば『ラーメン二郎』ではなく、『フトン巻きのジロー』と言われるようにブランドを確立させたいです(笑)。