東京と沖縄の二拠点生活を行う田中律子さんが注力するサンゴ保護活動への思いとは

今回のゲストは田中律子(たなかりつこ)さんです。東京と沖縄の二拠点生活をされており、タレント活動の他、サンゴの保全活動にも注力しています。1984年、12歳で芸能界デビュー後、ドラマや歌などさまざまな経験をされてきた田中さんに、今までのキャリアと今後の展望について教えていただきました。

12歳でデビューし、ハードな毎日を必死に駆け抜けた

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住谷:今回のゲストは田中律子さんです。まず芸能界に入ったきっかけから教えてください。

田中:中学に入学する前の春休みにスカウトされたのがきっかけです。1984年、12歳でデビューしたのですが、最初は私自身、引っ込み思案でめちゃくちゃ恥ずかしがり屋だったし、芸能人になりたいとは思ってもいなかったんです。両親も最初は反対していましたが、叔母が昔ヘアメイクをしていたこともあり、いいチャンスだし、アルバイトや部活みたいな感じでやればいいと言われてやることになりました。

高校受験のタイミングで辞めようかと思ったら歌手デビューの話が決まったり、高校卒業でもう辞めようかなと思うと、またちょっといい話が来たりして、どうしたらいいもんかなと思いながら続けていました。

歌手デビューは人生の中で一番大変でした。事務所に専用車がなかったので、衣装を大きなバッグに入れて、その他に学校のバッグも持って、午前中だけ授業に出てからそのまま早退。門の前でマネージャーと待ち合わせして、電車に乗って、新宿のデパートの屋上で歌ったりしていました。そんな毎日を送りながら、3か月に1枚シングルを出していましたね。

学校の勉強も覚えなきゃいけないのに、歌詞も振り付けも覚える必要があります。しかもシングルが発売されるとデパートとかラジオ局回りとかして、それが終わったら、次のレコーディング。5年ほどやっていましたが、最初の3年はずっと3か月に1回シングルを出して、1年に1回はアルバムを出して、その合間にライブもやっていたのでとてもハードでした。

ホームから会場まで走って、トイレで衣装に着替えて歌うとか、すごくタイトなスケジュールでした。当時は“親衛隊“と呼ばれる、ハチマキを巻きつけたファンクラブの男の子たちと一緒に電車でよく移動もしましたね。「次は川崎に行くよー!」みたいな(笑)

住谷:目立ちますね(笑)。挫折や苦労した経験とかはありましたか?

田中:そりゃありますよ。何度辞めようと思ったか。10代はいつ辞めてもいいやと思っていたんですけど、20代になってから、「やっぱり私はもうこの仕事しかできない」と思い始めました。だってバイトもしたことがなければ、世間を何も知らないまま高校時代を経て、20代になりましたから。悩んだり挫折しても、振り返る時間もないまま走ったという感じです。

20代の頃からはバラエティの司会をやるようになりました。私は本当はドラマをやりたかったのですが、司会のお仕事をいただくということは、その方が私に向いていたのかなと思います。でも、当時すごくお世話になっていたドラマのプロデューサーから、「司会を選ぶならもう女優できないぞ」ってバチンと言われて、泣きました。司会の仕事はもう決まっていて、両方はできなかったから決断するしかなかったんですよね。

それから、26歳で結婚しました。事務所の社長には妊娠したので引退する旨を伝えていたのですが、そのときに司会をやっていた番組のプロデューサーから「待ってるから帰ってこいよ」と言っていただいて。そのひと言で芸能界に残ることを決意しました。

自分の好きなように生きるために、離婚と二拠点生活を決意

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住谷:育児しながら仕事するのは大変だったと思いますが、どう両立させていったんでしょうか?

田中:実家が近かったので、お母さんに手伝ってもらいながら仕事と両立させました。30代は、真剣にお受験ママをしていました。女の子だったから受験で困らないように、幼稚園から大学まである学校に入れようと思って幼稚園受験をしたんです。仕事面では、これをやりたいとか、自分の時間としてちゃんと休みを取りたいとか、徐々にお仕事をチョイスできるようになりましたね。

そして、40代に転機がありました。離婚もあったし、沖縄への思いもあったし、私の人生の中でのターニングポイントでした。離婚したのは娘に申し訳なかったですが、私の中でずっと悩んでいたことだったので、遅かれ早かれ離婚していたと思います。

イヤなことに蓋をしたまま生きるよりは、人生1回、自分の好きなように生きた方がいいと思ったし、娘からも「ママもういいよ」と言われたので離婚を決意しました。

そして私は大好きな沖縄に家を買い、二拠点生活を開始しました。沖縄に住むのがずっと夢だったんです。中学のときに仕事で沖縄の西表島に行ったときに初めてダイビングをしたのですが、サンゴ礁はすごいし、魚はきれいだし、「竜宮城って本当にあるんじゃないか」と思ったぐらい衝撃的でした。

それ以来、いつか沖縄に住みたいと思い続けていました。沖縄に遊びに行くたびに、島の人が「おかえり」って言ってくれるんです。私の心のふるさとだなと思って、40歳を過ぎてやっと沖縄との生活が両立できました。

注力しているのは沖縄のサンゴの現状やサンゴ礁の大切さを伝える活動を通して大好きな海を守ること

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住谷:サンゴ保全の活動を始めたきっかけは何ですか?

田中:サンゴ保全の活動は、「大好きな海を守りたい」と思って沖縄に住む前から続けています。きっかけとしては、1998年にエルニーニョが世界的に起きて、沖縄のサンゴの大部分が死んでしまったのを目の当たりにしたことです。ダイビング仲間や船のキャプテンと何とかしようと話し合って細々と活動をしていたところ、周りに徐々に協力をしてくれる人が増え、NPO法人『アクアプラネット』を立ち上げることになりました。

アクアプラネットでは、沖縄のサンゴの現状や、サンゴ礁がなぜ大事なのかを伝えたり、寄付金を集める活動を行っています。具体的には、海の中でサンゴ礁がなくなってしまったところに、サンゴを移植という形で、田んぼみたいに植えて育てているんです。

『ファインディング・ニモ』でもサンゴ礁に小魚たちが生息していますよね。海洋生物の約1/4、90,000種類の魚たちがサンゴ礁の中で生きているんですが、サンゴって海の0.1%しかないんです。サンゴ礁がなくなったらその9万種が生きるところがなくなって、そうするとその魚を食べる中くらいの魚が食べるものがなくなり、中くらいの魚を食べる大きな魚もまた食べるものがなくなり、食物連鎖が崩れてしまうんです。

昨年(2022年)の夏はフロリダで海水温が38度になってしまい、魚たちにとって大変な状況になりました。たったの1℃水温が上昇するだけで魚は生きていけないんです。海の中が大変なことになっているこの状況を、アクアプラネットでも伝えています。今はサンゴの絵本も制作中です。

住谷:私たちでも何か貢献できることはあるのでしょうか?

田中:使っていない部屋の電気は消すとか、基本的なことをやることです。あと私たちがいつも伝えているのが“ワンハンド・ビーチクリーン”です。いっぱい集めなくてもいいから、ビーチにゴミが落ちていたら、片手分のゴミを拾って、それをゴミ箱に捨てるという活動を推奨しています。

沖縄にもゴミがたくさん流れてきますが、マイクロプラスチックというプラスチックゴミになって海洋生態系に影響するんです。だからゴミの分別も大切だし、あとは家で使ってるお水も最後は海に流れていくので、あんまり柔軟剤を使いすぎないようにとか、ちょっとしたことでいいと思います。

住谷:田中さんはご自身のビジョンを実現されていますが、やりたいことができずにモヤモヤしている人もいると思います。そんな方に向けて最後に一言いただけますか。

田中:自分のやりたいことが見つけられずに悩んでいる方は多いと思いますが、1日10分でいいので、朝起きたときか夜寝る前に、目を閉じて瞑想すると頭の中がとてもスッキリします。今、何を考えているのか、何をやるべきかがどんどん明確になっていきます。

鼻から吸って鼻から吐いて、呼吸をすることで身体の中のエネルギーが満ち溢れていくんだって意識を持ちながらやってみてください。これはすごく大切なことで、海外の社長さんもやっている人が多いです。

呼吸って普段は意識していないから、どんどん浅くなって、浅くなると血流が回らなくなるから、思考がぐちゃぐちゃになってしまいます。だから深く息をしてあげるだけでとってもいい時間になりますよ。

※本トークセッションの内容を動画でご覧になりたい場合は下記で視聴できます。
■ワクセル公式チャンネル YouTube

「性は次の命を生み出す素晴らしいもの」課題は大人の意識改革と正しい性教育

今回のゲストは、学校法人八王子学園なかよし幼稚園の園長・清水弘美さんです。日本における学校の特別活動の権威で、ヴィーガン(エブリワン)給食にも取り組んでいます。今回は性教育をテーマに、ワクセルコラボレーターの渋沢一葉(しぶさわいよ)さんと総合プロデューサーの住谷が、詳しくお話を伺いました。

本来の性教育は、生きていくうえで必要な知識を教えること

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住谷:今回のゲストは学校法人八王子学園なかよし幼稚園の園長・清水弘美(しみずひろみ)さんです。清水さんは、日本における学校の特別活動の権威で、昨年度は全国学校行事研究会会長、全国道徳特別活動研究会副会長などを務めていました。今回のテーマである『性教育』に子供の頃から取り組むことが大事ということですが、その理由をお伺いできますか?

清水:性教育って文字を思い浮かべると「心が生きる」って書くんですよ。でも私たちがイメージする性教育は、生殖や妊娠、セックス、そういうところばかりなんですね。本当の意味での性教育は、生きていくにあたって必要な知識を教えることなんです。これを「包括的性教育」と言います。

0歳から教えたほうがいいというのは、たくさん愛される経験が大切だからです。言葉を理解する前から「自分は愛されているんだ」という実感をもてるようにすることが性教育の始まりです。0歳からたくさん愛されて、たくさん触ってもらって、そういう時間をいっぱい過ごした子供たちは、人を大事にすることができるようになります。

渋沢:うちの姪は中学生なのでハグすると思春期だから「やめてよ」とか言いますけど、それでもうれしそうです(笑)

清水:絶対にうれしいですよ。逆を言えば、ずっと何もしなかったのに、中学生ぐらいでいきなり親が「ハグしよう」と言ってもそりゃ嫌がられますよ。だから子供の頃から普通に抱きしめたり、そういうことが行われていくことはとても大事です。

触れることでオキシトシンというホルモンが出ます。『幸せホルモン』と呼ばれるもので、心が豊かになったり落ち着いたり、愛されているという実感を持ったりするんですね。しょっちゅうオキシトシンが出ている子はオキシトシンが出やすくなり、すぐに幸せを感じられるようになります。

幼稚園から性加害者にも性被害者にもならない教育を

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住谷:先生の幼稚園ではどんなことを採り入れていますか。

清水:幼稚園だと、男の子が下半身すっぽんぽんで走り回ることがあったりします。そうすると周りの子がワーキャー言うから、本人は注目されている気がしてうれしくなったりするんですね。でもそれはきちんと注意しなければいけません。

自分が注目されてうれしいのは、通りで下半身をバーッと露出している大人の気持ちと同じなんです。水着で隠すところをプライベートゾーンと言いますが、知らない人はもちろん、知っている人にも見せたり触らせてはいけないと教えます。

加害者にも、被害者にもならないようにしなくてはいけません。自分の性を大事にしないといけないということを幼稚園の頃から伝えるようにしています。

日本の教育は、世界的にすごく遅れています。日本の性交同意年齢は13歳、明治の頃から変わっていないんです。性交同意年齢というのは、13歳以上の子ならお互い同意のもとで性交を行うなら、大人が相手でも犯罪にならないんです。アメリカやヨーロッパはほとんど16歳から18歳、韓国も昨年16歳に上がりました。性交同意年齢が16歳なら大人の人と性行為があれば、それだけで犯罪になるんです。

日本では、性から遠ざけろって、できるだけ触れないようにしていますよね。なぜ性教育が必要かというと、小さい子の性被害がすごく多いからです。子供は幼稚園までは親の管理下にあるけど、1年生になった途端に自由にいろんなところを歩き回るじゃないですか。だから1年生の被害者がすごく多いんです。

性教育は知識を教えるのと同時に愛も伝えていく

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清水:そもそも大人たちがそういう性教育を受けていないんです。受けていないから伝えることにすごく抵抗があるんです。そこは知識として覚えて伝えるしかありませんが、「何を伝えたか」という内容より、「どのように伝えたか」ということが大事です。

もう少し大きい子なら真剣に話して聞かせることが大事なので、ヘラヘラして照れくさそうに伝えるのではなく、真面目にきちっと伝えます。あとは性を伝えるときは一緒に『愛』のことを伝えないといけません。だから「産まれてくれてありがとう」「大好きだよ」「あなたを必ず守るから」そういうことを同時に伝えることが大切です。
性は怖いもの、病気がうつるとか妊娠したら大変だとか、マイナスの部分だけを教えるのは間違った性教育です。たとえば女の子に「子供を産むのはすごく痛くてつらい」なんてことを教えちゃダメなんです。性は素晴らしいもので、うんと幸せなことなんだと教えて、そのうえで科学的な知識も教えていかなくちゃいけません。

そういう点でちゃんとした避妊を教えなくて、被害者になるのは女の子です。高校生で妊娠した場合、男の子は進学できるけど、女の子は退学することがほとんどです。それでいて、つき合おうと言われて、つき合うと言ったら性の合意を得たことになる。

日本の場合、避妊のほとんどはコンドームですから、男の人に選択権があります。つまり男性がコンドームをしてくれなかったら、妊娠してしまう可能性があるわけです。被害は女の人が受けるのに、男の人に選択権があることが間違いであって、他の国はピルをはじめ女の人が自分で自分を守るものがたくさんあります。でも日本では女の人にそういうことをさせないようになっているんです。

渋沢:好きな人ができて、結ばれて子供が生まれるのは素晴らしいことなのに、セックスはいけないもの、裸になるのはダメだよって教えたり、出産は痛いよって教えられたら少子化になっても仕方ないのかなって思いました。

住谷:では最後にワクセル・チャンネルをご覧になっている方に向けてメッセージをお願いします。

清水:性というものは次の命を生み出すもの、なんです。命が宿ったとわかった瞬間を「しまった……」ではなく「やった!」と思い、次の命を繋いでいきたいと思います。そのためには正しい知識と優しい気持ち、人と人を大事に思うような人間関係、そういうことを包括的に大人がまずきっちり学んで、次の世代をつくっていって欲しいです。

海外へ渡って学んだアーユルヴェーダはライフスタイルそのもの

今回のゲストは、Mother株式会社 代表取締役の岡清華(おかさやか)さんです。岡さんは大学在学時からモデル活動をスタート。大学卒業後は管理栄養士の資格も取得し、ハワイのカウアイ島に渡ってアーユルヴェーダを学び、そこでヨガインストラクターの国際ライセンスも取得されています。

現在はアーユルヴェーダを多くの人に伝えるため、スクールやイベント、商品開発など多岐にわたる事業を精力的に展開中です。

ワクセルコラボレーターでタレントの渋沢一葉(しぶさわいよ)さんとメディアマネージャーの三木が、アーユルヴェーダについて詳しく伺いました。

無理なダイエットをきっかけに食への関心を強める

Mother株式会社-代表取締役-岡清華×ワクセル

渋沢:本日のゲストはアーユルヴェーダの伝道師、岡清華さんです。岡さんは大学在学中にモデル活動をスタートし、大学では栄養学を学ばれていました。その後はヨガの専属トレーナーを経て、会社を設立。現在は食を通じたエシカル事業を展開され、幅広い世代から注目を集めています。

三木:まずはモデルとして活動することになった経緯を伺えますか?

岡:大学1年生のときにスカウトされ、読者モデルとして活動するようになりました。モデルの仕事を一生懸命にこなしていった結果、東京の事務所に入らせてもらい、専属モデルになることができました。「目の前にきたことを120%で返す」という働き方や生き方を、今でも変わらず続けていますね。

渋沢:岡さんはモデルとして活動しながら、大学では栄養学を学ばれていました。栄養学に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

岡:おそらく多くの女性にダイエットの経験があるかと思うのですが、私は15歳でダイエットを始めたことがその後の人生を決める大きな出来事となりました。当時付き合っていた彼に「ちょっと痩せたら?」と言われ、初めて「ダイエットしてみよう」と思ったんです。

私は猪突猛進タイプで、何か課題が出されたら120%で返したくなる性格なので、ダイエットにも120%で向き合いました。朝5時に起きて1時間走り、食事制限もして確かに痩せたのですが、月経が止まるくらいまでストイックな生活をして、精神的にも不安定な状態になってしまって……。

そういう状態になったときに初めて、「幸せってなんだろう」とか「健康や美しさってなんだろう」とかって疑問を持つようになりました。そうして人間のことをもっと知りたいと思い、食べ物や運動に興味を持ったんです。

特に興味が湧いた「食」を調べていくうちに管理栄養士の資格を知り、「管理栄養士の勉強をしたらさまざまな疑問が解けるのではないか」と考え、資格が取得できる大学に進みました。

栄養学と現実にギャップを感じていたときにアーユルヴェーダと出会う

Mother株式会社-代表取締役-岡清華×ワクセル

岡:大学で4年間も管理栄養士の勉強をしたのに、結局は理論的な話でしかないと感じました。同じものを食べていても、太る人もいれば痩せる人もいて、身に付けた知識と現実に起きている現象に大きなギャップがあったからです。

大学で「20代の男性にはこういう栄養素が必要」だとか、そういったカロリーや栄養素の知識は増えたのですが、人によって合う合わないがあり、机上の空論でしかなかったんです。このギャップを埋めたい、疑問を解消したいと「体質 違い」「食 心 つながり」と言葉をつづり、ネット検索で「アーユルヴェーダ」という存在にたどり着きました。

そこから、アーユルヴェーダとは一体どういうものなんだろうと調べていった結果、「この人から学びたい」と思える人が見つかり、アーユルヴェーダを学ぶためにハワイのカウアイ島に渡りました。

渋沢:ネットで見つけて海外に渡るなんて、信じられない行動力ですね。私はアーユルヴェーダと聞くと、マッサージサロンでおでこにオイルを垂らす施術が思い浮かぶのですが、そもそもアーユルヴェーダとはどういったものなのでしょうか?

岡:その施術は治療法の一部が切り取られたものですね。日本ではそういった一部がリラクゼーションとして浸透しています。アーユルヴェーダは簡単にいうと医学なんです。たとえば、西洋医学は「病気になってから治す」というものですが、アーユルヴェーダは「病気になる前に予防をする」という理論なんです。

人によって合う合わないがあるので、自分の体質や体調に合ったものを取り入れていくことが基本的な考え方になります。アーユルヴェーダはライフスタイルそのもので、人間が生まれてから死ぬまで、朝起きてから眠るまで、人の営みすべてに関わることだと言われています。

椅子に座ってできるヨガ!数十秒で肩こりもスッキリ

Mother株式会社-代表取締役-岡清華×ワクセル

三木:岡さんはヨガの講師もされているので、この機会にお家でも簡単にできるヨガを教えていただきたいです。

岡:デスクワークが増えたり、スマホを見ることが多くなっているので、どうしても首が前に出てしまい、巻き肩になり肩や首が凝る人が多いと思います。今日は椅子に座りながらでも簡単にできる首のストレッチ方法をご紹介します。

①まず椅子に座って、足をそろえて手のひらを組み、組んだ手のひらを後頭部に当てます。
②少し後ろにもたれかかるようにして、手と後頭部を押し合いましょう。
③そのまま肘と胸を開くイメージで肩甲骨を反らせます。
④その状態で呼吸をします。鼻から吸って深く吐いてください。

あと2回同じ体勢で呼吸を繰り返しますが、次はもっと手と後頭部を強く押し合い、胸ももっと前に付き出して、肘もさらに開いて呼吸をしましょう。最後により深い呼吸で行います。そしてゆっくりとお尻に体重を乗せて、手を開放してください。滞っていた血流が流れ、体が温かくなってきます。

三木:確かに、じわーっと体温が上がってきているのを感じます。

岡:首と目は密接に関係しているので、首を伸ばすことで肩がスッキリする上、目の疲労を取る効果も期待できます。たった数十秒の間に、一石何鳥なんだろうっていうくらい大きな効果を感じられると思うので、ぜひやってみてください。

日本風にアレンジしたアーユルヴェーダ体験型施設を

Mother株式会社-代表取締役-岡清華×ワクセル

三木:アーユルヴェーダを広めるさまざまな事業を展開されていますが、今後さらに挑戦したいことやビジョンを教えてください。

岡:私自身アーユルヴェーダに出会ったことで、人生観が大きく変化し、アーユルヴェーダを一生かけて学び、生活に取り入れていきたいと思うようになりました。

現在はアーユルヴェーダを伝えるスクールや体験できるようなコンテンツをオンライン上で提供しています。コロナの情勢を見ながらになりますが、今後は直接対面で伝える機会を増やしていきたいと考えています。

具体的には、アーユルヴェーダを体験できるような宿泊施設をつくりたいですね。インドやスリランカではそういった施設が割とメジャーとなっているので、日本にも日本風にアレンジしたものをつくって浸透させていきたいです。

たとえば日本には温泉地に長期間滞在し体調を整える『湯治(とうじ)』という文化があります。アーユルヴェーダと近しいものだと思うので、湯治とアーユルヴェーダを掛け合わせても面白いと思うんです。自分の拠点のひとつとして体験型施設をつくることが、いま一番叶えたいビジョンです。

言語の壁を越えて世界中の人の心に響く音楽を

今回のトークセッションのゲストは、禅宗僧侶の赤坂陽月(あかさか ようげつ)さんです。
僧侶を務めながら、「お坊さんヒューマンビートボクサー」としてYouTubeで人気を集めています。

なぜお坊さんがビートボックスをして、そしてYouTuberとして活躍しているのでしょうか? その経緯や思いを赤坂さんに伺いました。

インタビュアーは、ワクセル総合プロデューサーの住谷と、TikTokで活躍中の「くびれ姉さん」こと渋沢一葉さんです。

音楽家として海外で挑戦した日々

ワクセル×赤坂陽月氏対談

渋沢:
赤坂さんは1982年東京生まれ、2004年からヒューマンビートボックスを本格的に始められたとのことですが、なぜヒューマンビートボックスにチャレンジされたのでしょうか?

赤坂:
日本におけるヒューマンビートボックスのパイオニア的存在で、AFRA(あふら)さんという方がいらっしゃるんですが、その方のCDを友達に聞かせてもらったことがきっかけでした。
友人から「これ、口でやっているんだよ」と言われて衝撃を受け、自分でも見よう見まねでやってみたのがはじまりです。

渋沢:
その後、2013年に海外に行かれたんですね。

赤坂:
はい。ヒューマンビートボックスを始めてしばらくした後に、「自分のヒューマンビートボックスだけで生活できるのか」と挑戦したくなりました。
そのフィールドとして、ストリートパフォーマンスが日本より定着している海外を選びました。
いわゆる「バスキング」というもので、路上でアート表現をしてお金を稼いで
いる方がたくさんいます。
私は、アメリカではニューヨーク、オーストラリアではシドニー・メルボルンなど海外の大きな街で活動していました。

渋沢:
実際に、海外でチャレンジをしてみていかがでしたか?

赤坂:
海外の方は、良いと思ったものに素直に反応してくれるので、実力主義という印象が強いです。
道行く人を楽しませたり、誰かにインスピレーションを与えたりできれば、その対価としてお金を目の前の箱に入れてくれます。
実際に、その日稼いだお金で家賃を払ったり、ご飯を買ったりという生活スタイルで、海外で暮らすことができました。

住谷:
すごいですね!
しかしそうした生活はリスキーでもありますよね。大体どのくらい稼げるものなんですか?

赤坂:
日によって変わりますが、全然稼げないときは1,000円とか2,000円でしたが、日によっては、1日5万円ほどの稼ぎになることもありました。

僧侶として第二の人生を歩む

ワクセル×赤坂陽月氏対談

渋沢:
海外でヒューマンビートボックスや演劇で活躍されていたわけですが、その後、2015年に出家してお父様の跡を継がれたんですよね。
日本に戻って出家しようと考えられたのはなぜですか?

赤坂:
父は、私が学生の頃に一般人からお坊さんになり、岩手県のお寺の住職になりました。
自分としてはもともと跡を継ぐこと視野に入れていたので、ヒューマンビートボックスの音楽で一旗を揚げてから、第二の人生としてお坊さんになるのも良いかなと考えていました。

海外から一時的に日本に帰ってきた際、「もし継ぐ気があるなら、修行は若いうちに行ったほうが良い」と父に言われました。また、当時父は70歳を過ぎた頃で、「お前がお経のひとつもあげられないとなると、他の人に継いでもらうしかない」という話をされまして。
音楽家としての志は道半ばだったんですが、父の話を聞いて、お坊さんをやろうと決心がつきました。

住谷:
なるほど。修行はどんなことをされたんですか?

赤坂:
まだ暗い4時に起きて洗面を済ませ、坐禅堂に行って坐禅をします。その後、朝のおつとめをするというのが1日の始まりです。夜は9時に就寝していました。
坐禅をするのは禅宗の修行として確固たる部分なので、毎日朝と晩に坐禅をするのが欠かせない修行でした。

渋沢:
赤坂さんの場合、ビートボックスをされていたので、座禅のときなど、リズムを刻んでしまったりするのでは、とちょっと心配になっちゃったんですけど……。笑

赤坂:
坐禅をしている時は、さまざまな思いが沸き起こってきます。たとえば、足がしびれたな、お腹空いたな、などです。こうした思考は自然に沸き起こってくるものですが、その中でリズムやビートが聞こえてくるというのは、なくはないですね。

般若心経のビートボックスが世界で大ヒット

ワクセル×赤坂陽月氏対談

渋沢:
修行を続けられた赤坂さんですが、2020年にYouTubeで般若心経のビートボックスリミックスが大ヒットとなりました。

住谷:
累計再生数が400万回以上で、高評価も13万以上。これは驚異的な数字だと思いますが、ヒットした時はどんな心境でしたか?

赤坂:
正直、自分でもすごく驚きました。最初は日本の方ではなく海外の方がコメントをくれたり、高評価やシェアをしてくれました。
この経験を通して、自分のなかで「世界に受け入れられた」と感じて、すごく嬉しかったです。

渋沢:
海外での経験が、すべてつながったんですね。

赤坂:
かつて自分で音楽をしていたときも、言葉を超えてたくさんの人の心に響いたら良いなという思いがありました。
お坊さんとして、自分の音楽にお経を合わせることで、世界の人に届いたことが良かったです。

住谷:
やはり、音楽を続けたいという気持ちがあったのでしょうか。

赤坂:
修行を終えて東京に戻ってきた時に、やっぱり音楽をやりたいという気持ちはありました。お坊さんとして、何かを音楽と共に表現できたら良いなと。
そこで、いままでビートボックスで作ってきた音楽にお経を合わせてみたらどうなるんだろうと思って、実験的にやってみたんです。

住谷:
反感とかはありましたか?
特にお寺には宗派もありますよね。

渋沢:
私も思いました、檀家さんとかが「やめなさい!」って言わなかったんですか?

赤坂:
逆に、称賛していただくお声のほうが圧倒的に多かったです。
お経というのは多くの人にとって、法事やお葬式で聴くといった、どちらかというと地味で暗いイメージがあります。
でも、実は違うんだよと。現代的な音楽に合わせることで、お経が地味で暗いものではなく、違うものだということを感覚的に捉えられるんじゃないかと思いました。

住谷:
その発想がすごいです。そこから、何かにつなげたいという思いが強かったんでしょうか?

赤坂:
若い人ってお寺に行く機会がないので、何を通して仏教やお経を知ってもらえるだろうかと考えた時に、「インターネットだ」と気づきました。特にYouTubeは老若男女問わず観るものですしね。
ビートボックスとお経という、すごく尖った表現ではあるんですが、若い人に何か伝わるものがあれば良いかなと思っています。

音楽を通して心の静寂をガイドする

ワクセル×赤坂陽月氏対談

渋沢:
現在はYouTubeでどんなことをされているんですか?

赤坂:
自分の音楽を使って瞑想をガイドしていくということをやっています。
瞑想は禅宗では坐禅というんですが、坐禅は静かな場所で静かに座って行うのが伝統的なやり方です。

ただ、慣れていない人にとっては静かな場所に座って瞑想することを苦痛に感じたり、集中できない方も多いんです。
そこで、人の心が落ち着くような音楽をライブで演奏しながら、同時に瞑想をガイドしていくという活動です。

住谷:
いま、一番力を入れているものはなんですか?

赤坂:
自分の音楽を通して、心が静まるようなお手伝いができればと考えています。ご時世もあり、ストレスを抱えている方がやはり多いと思うんです。
動画に寄せられたコメントでも、動画を観ることで「よく眠れる」というご意見があります。
不眠に悩んでいる方も多いと思いますが、そうした方の役に立ちたいです。

禅のなかには「静」と「動」というものがあります。現代生活の中で置き換えるのであればリラックスしている時を「静」、身体を動かして自分を解放している時を「動」とします。
例えば、ダンスがありますね。ダンスは「踊れる人」だけのものというイメージがありますが、元々の起源は、誰かに見せるというよりは、自らの意識を解放するものなんです。

そうした「動」を現代的に解釈して、音楽とダンスを通して、自分を解放する機会を提供していきたいと思っています。

コラボレーションで広がる「可能性」

ワクセル×赤坂陽月氏対談

渋沢:
こちらの楽器はどんなものなんですか?

赤坂:
ハンドパンと呼ばれる楽器で、叩いて音を出します。

渋沢:
演奏していただくと、想像していた音とは全く違う音色が聞こえますね。ハンドパンとの出会いはどんなものだったんですか?

赤坂
知り合いのミュージシャンが演奏しているのを見て、すごく良いなと思って、これもお経と合わせられるはずだと考えました。

住谷:
すごい組み合わせですね。赤坂さんにゲストで来ていただいたのも、お坊さんでヒューマンビートボックスで音楽というのが新しい組み合わせで。以前お会いした際に、「これからも新しいことをやっていく」と伺っていたので、ぜひゲストにお呼びしたいなと思ったんです。

赤坂:
このハンドパンとお経の組み合わせも思いつきだったんですが、新しく取り入れました。ワクセルのコラボレーションという姿勢にぴったりだと思います。

渋沢:
ハンドパンの音色に癒されて心地良い気持ちになったので、今日はよく眠れそうです(笑)
赤坂さん、今回のコラボレーションはいかがでしたか?

赤坂:
新しい試みをされているワクセルさんとこのような形でコラボレーションができて、大変嬉しく思っています。

住谷:
赤坂さんは今後、VRにも挑戦される予定なんですよね。 「お坊さん×○○」という形で何かコラボレーションできないかとワクワクしています。
本日はどうもありがとうございました!


元気に、かつ健康になってもらうこと

前回に引き続き、漢方薬剤師・心理カウンセラーの結城奈美枝さんにインタビューをさせていただきました。

今回はダイエットについてのお話です。

整体師の藤井先生にもお越しいただき、ワクセルコラボレーターの窪田有美(くぼたゆみ)さん、ワクセル総合プロデューサーの住谷知厚(すみたにともひろ)がインタビュアーとしてお話しをうかがいました。ぜひ最後までお楽しみください。

ダイエット=食べないではない。食べること、そして食べる順番が大事

結城:
前回のインタビューのときにダイエット企画が立ち上がって、ワクセルのスタッフさんに3ヶ月で-20kgを目指すというものを実施したんです。

「元気に、かつ健康になってもらうこと」をダイエットよりも大切な目標としました。痩せるだけではなく、眠れないというのが(スタッフさんの)1番の課題でした。

なかなか熟睡できず、朝方には自然と目覚めてしまうというワクセルスタッフ。
企画が始まったときには自分でもわかるくらいの無呼吸症候群だったそうだが、今はしっかりと改善され、ぐっすりと眠れるようになったと話している。
なんと普通に生活をしながら痩せていったそうで、無理なく継続することが可能だった。実際に減った体重は-10kgだったが、内臓脂肪も減り、目標としていた「元気に、かつ健康な状態」になることができたとのこと。

窪田:
継続できるというのは、食事に秘密があるということですか?

結城:
私も3か月で8kg痩せたときに、全然食べてないんじゃないかと言われていました。だけどお腹いっぱいなくらいしっかりと食べて痩せたんです。

住谷:
「ダイエットする=食べない」と思っていました。食べてもいいんですね!

結城:
食べないといけないんです。そしてただ食べればいいということではなく、「噛むこと」が大事です。

しっかりと噛むことで脳に刺激がいくので、満腹中枢も刺激されます。早食いはやめた方がいいですが、ゆっくり食べればいいわけではなく、噛むことが大事なんです。

窪田:
結城さんが成功した食事の順番はありますか?

結城:
食事の順番は、まずは【味噌汁のような汁ものや白湯を飲む 】こと。胃を最初に温めることが大事です。

漢方も一緒です。中国の人たちも熱いお茶をまず飲んで、胃と内臓をあたためているんです。

そして次は【繊維質もの、硬いものから食べる】こと。よく噛むためにも効果的です。

そして、【野菜は濃い色のものから食べる】こと。ほうれん草などの青物から食べるといいですね。小松菜・ブロッコリーもいいです。

濃い色の野菜を食べたら、そのあとに【豆腐】【魚】【肉】を食べます。魚はサバなどの青魚がお勧めで、肉は牛肉→豚肉→鶏肉の順がお勧めになります。

食事・運動・睡眠のバランスを整えること

窪田:
今回の企画のためにサポートいただいた方がいるそうですね。

結城:
整体師の藤井先生です。

痩せるために食事を制限する人が多いと思うんです。そして運動をする。しかし、食事を減らして運動ばかりしてしまうのは体には悪いんです。

食事制限だけで痩せるのではなく、≪食事・運動・睡眠の3つのバランス≫がとても重要になります。3つのどれかだけで痩せようとするのは無理があるんです。

どれかのバランスが崩れてしまうと太りやすくなるので、トータルで整えることが大事です。そして、この3つの中でみんなが見落としがちなのが【睡眠】です。

窪田:
寝ない方が痩せると思っている人も多いような気がします。

結城:
寝る子は育つというように、寝ている間に成長ホルモンが出ることがわかっています。

成長ホルモンは熟睡したときに出るもので、若返りホルモンとも言われ、代謝をよくするホルモンです。

この睡眠の効果を見逃してしまう人が多い。そこで藤井先生に睡眠の部分をサポートいただきました。

妊活にも影響する睡眠の大切さ

藤井:
トレーニングするときには、まず体が曲がっているかまっすぐなのかを確認します。

そして眠れる体を作るようにするんです。

結城:
そこの強化は私ではなかなかできないので、藤井先生に力をお借りしました。

普段は妊活で先生と連携をしているんですが、働いている女性でなかなか妊娠しない人・眠れていない人は割と多く、骨盤の整体をしながらぐっすり寝ることを実践してもらったら妊活の成功率が上がったんです。

なので、ダイエットについても藤井先生にお願いしようということになりました。

窪田:
高齢になっても妊娠をあきらめたくないと思う女性に希望を与えますね。

結城:
寝てくださいと言ってもなかなか眠れない人も多いし、睡眠時間を長く取ってもぐっすり寝れなかったら意味がない。

短時間でもぐっすり寝れるように藤井先生に施術をしてもらいます。

藤井:
施術をすることで体がゆるんで、その結果脳が休もうとします。これを自宅でできるように指導しています。

結城:
ぐっすり眠れて、たくさん食べられて、運動は普段の生活の中で少し動くことを心掛ける。それだけで、運動・食事・睡眠の3つ全てをバックアップして機能するようにしたのが大きいですね。どこかを制限するということはしていません。

窪田:
いい睡眠をとっていれば、仕事もはかどりますよね。

食事・運動・睡眠の3方向からサポートをして、元気な日本にすることが目標

住谷:
睡眠が大事なこと、3つのバランスが取れている状態を常に保つ・意識することが大事だということがわかりました。

これは自分だけでは気づけないですね。

結城:
「食事・運動・睡眠」の3つのバランスが重要で、食事の延長線上に漢方薬があります。

なので食事については私が、睡眠は藤井先生が、運動については運動のプロがまた別にいて、その3人で全面的にバックアップしてバランスを一気にあげる。本当の意味での元気をみなさんに提供できたらなという想いがあります。

住谷:
今後の展望を最後におうかがいできますでしょうか。

結城:
一人一人を元気に。そしてお仕事に集中してもらいたい。

ぐっすり眠れて次の日さわやかな気持ちで仕事ができたら頭も冴えるだろうし、いいパフォーマンスが出せると思うんです。

働く女性・男性・社会を元気にしてあげたい。

「食事・運動・睡眠」をそれぞれのプロたちが集結して、みんなの元気をバックアップすることで日本を元気にできたら最高ですよね。


起業家は理不尽や不条理によって成長する

一般社団法人日本ほめる達人協会、西村 貴好さんにインタビューさせていただきました。

西村さんは日本ほめる達人協会の発起人であり、第1号の「ほめ達!」です。

「ほめ達!」は、目の前の人やモノ、仕事で言えば商品やサービス、起きる出来事などに独自の切り口で価値を見つけ出す『価値発見の達人』のことです。

日本の現状として年間2万人を超える自殺者が続いており、その状態を西村さんは物理的な戦争と比較し「心の内戦」状態と表現されています。このような状況を打破し、世の中を明るくしたいという想いでほめ達を世の中に輩出し続けてこられました。

今回は、ほめ達の第一人者として大切にされていることを聞かせていただいたので、最後まで楽しみながらご覧ください。

奥様の体調不良がきっかけで、身近な人を大切にするようになった

インタビュアー:感謝の気持ちを大切にされていると思うのですが、なにをきっかけに大切にするようになりましたか?

西村:以前のわたしは、仕事が一番大事だと思っていました。経済的な成功がなければ家族を守ることができないと思い、多少家族を犠牲にすることも仕方がないと考えていました。

そのため、「家庭の失敗は仕事の成功では補えない」という言葉を教えてもらっても、特に実感がわかなかったのです。

するとある日突然、家内が高熱を出し救急車で運ばれ、2晩にわたって原因不明の発熱が続くということが起こりました。

この時に初めて、「もしかしたら彼女を失うかもしれない!」という不安がわたしの中をかけめぐり、「彼女以上にぼくのことを理解してくれている人はいない」ということに気づきました。

自分の身近な人を大切にできる人になろうと決意をしたのは、この経験がきっかけです。

起業家は理不尽や不条理によって成長する

インタビュアー:人を大切にする行動のなかでも、ねぎらいについてお聞かせください。

西村:「ありがとう」と言うことだけがねぎらいではありません。ちょっとした声かけやアイコンタクトもねぎらいになることがあります。

そして、ほめるときに大事なのは、横にほめるのではなく縦にほめること。

つまり、ほかの人と比べるのではなく、その人自身の過去と比較をするとほめやすくなります。

例えば平均点が70点の試験で60点をとった子が、もし次のテストで63点をとった場合は平均点70点と比べるのではなく、前回の60点から3点上がったことをほめてあげてください。

ただし、これは一般的な社会人の場合であり、これから起業する人にはあてはまりません。

起業家は理不尽や不条理によって一番成長するからです。

とは言っても、いきなり強い球を投げると相手にキャッチする準備ができていないので取れません。

まずはふわっとした球を投げ、心の構えができてからアドバイスという直球を投げると伝わりやすくなります。

心の内戦をなくすために、ほめ達を次世代へと繋いでいく

インタビュアー:ほめ達を広めようと思った理由をお聞かせください。

西村:ほめ達をはじめる前に、うつになった母から死にたいと言われる経験や、2人の友人がほぼ同時に自ら命を絶つ経験をしました。

当時のわたしはお金を稼ぐために必死になって働いていたので、このままでは自分の命も危ないと感じました。

そこではじめたのがほめ達です。

まずは自分の心を守り、さらには世の中の経営者に安心感を、働く人に働きがいを与えるコンテンツとして誕生しましたが、これからの日本社会でも、ほめ達は求められるものだろうと思い広めていく決意をしました。

以前、わたしが師匠と慕っている方に「野望と志の違い」について教えていただきました。

「野望は己一代でどれだけ自分が成功できるか、志は己一代では到底かなえられない大きな願いを実現しようという祈りである」と。

ほめ達を世の中に広めたいというのはわたしの志です。おそらくわたしが生きている間には、心の内戦はなくならないでしょう。

なので、少しでもほめ達の価値観に共感してくれる人を増やし、次の世代へと渡していくことで世の中を変えていきます。

3つの依存先があるとチャレンジできる

インタビュアー:最近はチャレンジしようとする人に対して否定的な意見を言う人も多いと感じていますが、この点をどう感じますか。

西村:たしかに多いと思います。だからこそ、しっかり自立している必要があるなと感じます。

本当の自立とは、カメラが三脚で支えられて安定するように、健全な依存先が複数あることなんです。

家庭、職場、あともう1つあるといいですね。自分の居場所があるんだという安心感があると、チャレンジしやすくなります。

ほめ達は安心、安全な場所、コミュニティを提供していますし、チャレンジの場でもあります。

伝えたいこと、叶えたい想いがあるほどチャレンジできる人間になる

インタビュアー:新たなことにチャレンジできる人間になるにはどうしたらいいでしょうか?

西村:よく世界平和といいますが、もっと大事なのは心の平和です。

ほめ達では半径3m、声や表情がとどく範囲の心の環境整備を推奨しています。

そのためには半径15cmの環境整備、すなわち自分の心の環境整備が不可欠です。

本能に負けずに、少しでも”人としていい存在になる”ことが心の平和をもたらします。

人は頭を持ち上げることで2足歩行になり、手を使って道具をあつかうようになりました。

ただ、心が4足歩行のままの人も多いです。4足歩行だと手が使えないので噛みつくわけです。

動物と比べて、人間は脳が発達しているため頭が重いです。さらに、責任感や成し遂げたいことがあると余計に重くなります。すなわち、伝えたいこと、叶えたい想いがあるほど心がマッチョになり、チャレンジできる人間になるのです。

インタビュアー:チャレンジしたいけれども、なにに挑戦したらいいかわからない人はどうしたらいいですか?

西村:打ち込めるものがある人は幸せだと思います。世の中には打ち込めるものが見つからず、そのことから目をそむけている人が多いですから。

ほめ達でも伝えていますが、ほめることの究極は命に対する感謝です。

世の中に”絶対”はなかなかないと思いますが、死は必ず訪れます。

とはいえ、死を恐れていても仕方がない。いまを生きていると言えるかどうかが重要です。なので、打ち込めることがある状態は本当に幸せなのです。

もし、打ち込みたいことが見つからないのなら、なにかに打ち込んでいる人を応援するといいです。

勇気を出して1歩踏み出し、新しい世界に踏み込んで刺激を受けると人生が変わっていきます。

まずは自分が自分の可能性を信じろ!

インタビュアー:最後に、ビジネスや事業にチャレンジして成功したいと思っている人へメッセージをお願いします。

西村:まず伝えたいのは、「自分で自分の可能性を信じなかったら、だれが自分の可能性を信じるんだ!」ということです。

いろいろなことに挑戦すると障害にぶつかります。それを”傷”にするのではなく”気づき”にしてください。傷だらけではなく、気づきだらけの人生にしていきましょう。

ほめ達は種を蒔く生き方を教えています。重要なのは、蒔いたことを忘れるくらい蒔きつづけること。

目の前にあることに集中し、自分を信じて種を蒔きつづけていればいずれ収穫の時期がやってきます。


どうすれば現代社会で通用する人間になれるのか

ビジネス書作家、TVコメンテーターとして活躍されている木暮太一さんに、インタビューさせていただきました。

『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社新書)、『カイジ 「命より重い!」お金の話』(サンマーク出版 )など、多くのビジネス書を出版され、ヒット作を生み出されています。

「自分の価値の伝え方」を多くの人々に教えてこられた木暮さんから、「どうすれば現代社会で通用する人間になれるのか」について学べるインタビュー記事です。木暮さん自身の経験も交えて、わかりやすくお話しいただきましたので、ぜひ楽しみながらご覧ください。

変化に強いのは、世の中で起きていることを都合よく解釈できる人

インタビュアー:変化に強く、新型コロナウイルス流行のような逆境を乗り越えられる人にはどんな特徴があるとお考えですか?

木暮:一番は、世の中に起きていることを自分にとって都合よく解釈できる人じゃないかなと思います。多くの人は悪い妄想が先に来てしまうんですよ。妄想って増幅すると止まらないんですよね。

逆に自分は大丈夫だと思っている人って、良い妄想が先に来るのでどこに行っても結果的に大丈夫なんです。自分が見ている現実は、自分がつくっているものですから。

例えば、事業をやっていて、明日の売り上げは誰にもわからないです。けれども、「当然あがるよね」と思っていると売り上げがあがっていく。もしあがらなくても、売り上げがあがる前提なので「あれ、おかしいな」と思うくらいで、落ち込まない。

これはポジティブ思考とはちがうんですよね。ポジティブ思考というのは、「ネガティブに捉えている現実を、前向きに解釈しましょう」というものなので、ネガティブなことを忘れられないんです。ポジティブ思考って言っている人ほど、ネガティブ思考にはまっていくんですよ。

元々ポジティブなものはそれ以上ポジティブに解釈できない。なので、「ポジティブになりましょう」と言った途端に、自分に起きているネガティブなことを探し始めるんです。そうすると、頭の中には嫌なことばかりが残ってしまいます。

だから、思考じゃないんです。大切なのは「勘違い」なんですよ。すべてのものを都合よく勘違いしていれば、大丈夫。

最悪のケースを想定して底の深さを知れば、不安はなくなる

インタビュアー:ネガティブな人が、できる前提に変えていくためには、何が一番大切だと思いますか?

木暮:底を知るってことじゃないですか?例えば、底なし沼にハマったら誰でも怖いですよね。しかし、沼の深さが2mだとわかっていたら、対処ができる。これ以上は落ちないということがわかれば、一気に安心できるんです。

逆に、ネガティブな妄想にハマってしまうと底が見えなくなって、底なしになってしまう。底なしになると誰でも怖いんじゃないかな。自分は最低ここまでしか落ちないとわかっていると怖さはなくなります。

底の深さは考えればわかるんですよ。例えば経済的な面で最悪のケースを考えるとすると、さすがに日本国内であれば自分にもコンビニでレジ打ちぐらいはできるだろう。地方のコンビニのレジ打ちが時給750円として、8時間労働したら6,000円稼げるから、25日働くと15万円の収入になる。

その中で家賃3万だとして、12万残るじゃないですか。そうしたら案外自分は大丈夫だなってわかる。

ミニマムの試算をしたことがあると、不安はなくなるんじゃないかな。

「諦めたらそこで試合終了だよ」っていう言葉はすごくいいんだけど、同時に諦めないことで苦痛が生まれていくということをアダムスミスが指摘している。

例えば戦争で片足を失った人は、足が戻らないとわかっているから幸せになれる。なんとかしてもう一回足を生やそうとしてないから。足を失ったことは諦めて、切り離して生きているんです。

しかし、「いつか刑務所から出られるかもしれないよ」と言われている囚人は幸せになれない。「今日はまだ出られていない、でも明日こそ出られるかも」とつねに考えてしまう、このように、諦めない心によってかえって不幸になっていく場合もある。

なので、ミニマムを想定し、ここまでいくのはありうると認識する。そういう意識の人と、つねに理想をめざして、しがみついてる人ではつらさが全然ちがいます。

曖昧な言葉を分解し、伝わる言葉にする

インタビュアー:木暮さんはシンプルかつ核心をつく表現をされるので心に刺さるなと感じるのですが、なぜそういう表現ができるのですか?

木暮:テクニック的なところと本質的なところがあります。

まず、テクニック的なところでいうなら、映画をたくさん見ているから表現が豊富なんだと思います。映画の主人公のセリフって、プロのライターさんが練りに練ったもので、小説のさらに上をいった言葉の磨かれかたをしていることが多いんです。

とくに名作と言われる映画は素晴らしい言葉が多く使われている。それをたくさん見ているので、他の人より言葉のバリエーションが多いんだと思います。

ここまでは言葉をどう仕入れているのかというテクニック的な部分です。

次に、言葉をどう生むのかという本質的な部分についてもお話していきます。

言葉を生むために重要なのは、言葉を言葉としてないがしろにしないこと

例えば「あなたは何の専門家ですか?」と聞かれた時に、「コミュニケーションの専門家です」と答える人がいる。けれども、コミュニケーションという行動はないんですよ。「はい、コミュニケーションしてみて、3・2・1!」って言ってもできない。

でも、メールを書いたり、LINEを送ることならできるんです。つまり、コミュニケーションは概念論であって行動ではない。

「コミュニケーションの専門家です」って言われると、わかったつもりになってしまう人が多い。なので僕は、分かったつもりになる言葉の排除を毎日やっている。そのためには、なんとなくわかったつもりになる言葉を分解することがとても大切。

一般的に「刺激を与えてくれる人」って言うじゃないですか。でも刺激って何でしょう?

僕が考える刺激とは何かっていうと、「異質」なんですよね。異質は自分が考えてきたもの・触れてきたものとちがうことを教えたり、提示してくれます。

さらにいうと、「提示」という言葉も意味がよくわからない。なので僕は「投げる」という言葉を使います。投げるという言葉には「無責任に」っていう意味が含まれています。野球の遠投みたいに、遠くの方から「ほれっ」って投げてくるニュアンスです。

なので、その人と仲良くなるという感じではない。仲良くなるということは、同質になってしまい異質でなくなってしまうということですから。

このように、伝えたつもりで伝わっていない言葉を排除するのがとても大切です。それには分解しかないんです。

やりたくないこと以外から自分にできることをやってみる

インタビュアー:何か動かなければと思っているが、何をしたらいいかわからない人は、何から始めたらいいと思いますか?

木暮:「やりたいことをやりましょう」とよく言いますが、やりたいことはやってみないとわからないので、あまり意味がないと思います。それよりは、やりたくないことを探す方が大切です。

そして、やりたくないことを除いた中からできることを探します。その結果、起業が必要ならしたらいいし、専門家として生きるならそうしたらいい。どこに行くか、何をやるか、を考えるよりは嫌なことを除いていく方がいいんじゃないかな。

僕の場合、100人雇ったらビジネスの規模は大きくなりますが、100人雇うことをやりたくないからビジネスを大きくしない。やりたくないことをまず挙げましょう。そして、その中からできることを考えていくのがいいと思います。

お金を稼ぐために嫌な仕事をやることもおすすめはしません。ぶっちゃけ、いくら稼いでもそんなに変わらないんですよ(笑)

僕の感覚だと、年収3,000万円を超えたら区別がつかない。年収3,000万円、5,000万円、1億円の人って生活はあんまり変わらない。

なので、年収1億円を稼ぐのにものすごくストレスを感じるのであればやめた方がいい。年収3,000万円でストレスなく過ごした方が本人にとっていいと思います。

もし、それでもストレスなくさらに稼ぎたいのであれば、別のビジネスをつくればいい。

現代は、ネットによって自分の持っているスキルを教えるのが、ものすごく簡単になってきています。何かできるようなったら、やりたい人にそれを教える方が、経済的なメリットが大きい。サポート役に転向することで、1回山を登りましたという経験自体が売れる。

だから、まずは何か1つの山を登るのがいいんじゃないかな。

「嫌いなものがない世界で」「誰かに評価される」と、仕事が好きになる

インタビュアー:仕事を楽しむコツをお伺いしたいです。

木暮:楽しもうと言っている時点で、楽しくないんですよ。そもそも僕は好きなことしかやってないから、仕事を楽しむという感覚がない。それぐらいやりたくないことを排除してきました。

僕にとって「朝出社すること」「尊敬できない上司の指示に従うこと」は絶対にやりたくないこと。それ以外であれば、ある程度なんでもいいと思ってます。

その中で人に評価されることが楽しみに変わっていく。

オタクがゲームを好きなのも、高得点が取れたら、ネットを通じて「あいつすげー!」って評価されるから。他人から評価されるから好きになる。

「嫌いなものがない世界で」「誰かに評価される」この2つの要素が掛け合わさると、段々仕事が好きになります。子供と一緒で、できたことを褒められたら、また頑張ろうと思うんです。

多くの人は嫌なことをやめようとすると、どう稼いでいいかわからなくなる。個人的には、今の仕事からいきなり転向するのはおすすめしていません。今の仕事が嫌で新しい仕事に移った場合、経験がないからお金を稼げないかもという不安やプレッシャーに押しつぶされやすいです。

なので、新しい仕事が軌道に乗るまでは、ダブルワークにして今の仕事の収入で耐える。そして、新しい仕事で生活に最低限必要な収入が取れるようになったら、1本化していくというのがいいでしょう。

トライアンドエラーを真剣にやって、自分だけの能力を身につける

インタビュアー:最後に、これからチャレンジしようとしている若者へ一言お願いします。

木暮:インプットだけではなく、トライアンドエラーを真剣にやりましょう。

最初から打てなくてもいいと思ってバッターボックスに入っても、何の練習にもなりません。打つつもりでバッターボックスに入って、失敗と改善を繰り返すことが大切です。

失敗は2~3日へこむくらいがちょうどいいです。1年もへこむような失敗はしない方がいい。逆に、5分で忘れちゃうような失敗は経験にならない。2~3日本当に後悔するような失敗をしてください。

「市場価値を高める」「レアな人材になれ」ってよく言われるけど、僕はおすすめしていません。レアな人材は徐々にマーケットもしぼんでいくので、活躍できる場が限られている。なので王道がいいと思います。王道をいく中で、他の人ができないことを身につけていく。社会にはまだ穴があいているところがあるので、その穴を埋めにいくといいと思います。

最後は「人」で繋がっていることが大切

王様のブランチで映画コメンテーターとして活躍されているLiLiCoさんにインタビューさせていただきました。

2019年9月には著書『遅咲きも晩婚もHappyに変えて 北欧マインドの暮らし』(講談社)を出版されるなど、芸能界で確固たる地位を築かれていらっしゃいます。

ハーフ芸能人がまだマイナーな時代から、努力で登り詰めてきたLiLiCoさんだからこそ語れる仕事論や人生論が詰まった内容となっていますので、ぜひ最後までご覧ください。

最後は「人」で繋がっていることが大切

インタビュアー:LiLiCoさんが仕事において大切にしていることは何でしょうか?

LiLiCo:「最終的には人」ということですね。今、新型コロナウイルスで飲食業界が大変なことになっています。でも、うまくいっている飲食店もある。何が違うのかというと、人と繋がっているかなんです。私の研究では。

例えばお店・お客さん、お互いの連絡先を知ってるとか。そうするとネット予約と言うよりも日頃から電話で直接連絡をしていることが多い。直接やりとりできるのが人で繋がっているお店。

私の家の近くにも、そういう居酒屋さんがあって、テイクアウトを始めたって聞いたんですよ。なぜそれを知ったかと言うと他のお客さんとも繋がってるから。よっし、家で美味しい料理が食べられる、「やったー!!」と思いました。普通はテイクアウトを始めても、ネットで発信したり番組に取り上げられない限り、なかなか情報が伝わらない。だから人で繋がっているということが大事なんです。

もう1つ、映画コメンテーターとしてお話させていただきますね。私には色々な俳優の友達がいますが、その中には映画が公開になった時だけ連絡してくる人がいるんです。「映画公開になったから取り上げてよ!」みたいな・・・(笑)

一方で、いつも連絡をくれる子もいます。「元気?」とか、「LiLiCoが紹介していた映画、面白そうだったから今日観てきたよ!」と自分が全く関係ない映画の話をしてきたり。そういうのって可愛いじゃない?来る子は可愛いのよ。子供も一緒でしょ?「ママー!」って来るから可愛いの。若手の役者さんとかが「お腹減ったー!」って来てくれたら嬉しいのよね。だから、出てる映画も紹介したくなっちゃう。これが人で繋がっているってこと。

なので、困った時だけ連絡するのではなく、いつもコミュニケーションをとるのが大事。何もない時に連絡来ると嬉しい。私も「コロナ大丈夫?」とか「旦那さん元気?」って気遣ってもらうと嬉しいから、「じゃあ、今度集まるときはこの人たちを呼ぼう」ってなります。わたしからももちろん連絡しますよ。

新人と見られるのは2年目まで。3年目からは何を発信できるかが勝負

インタビュアー:芸能界の中で誰もが知る存在になれた、一番の原因を伺わせてください。

LiLiCo:芸能界って売れるか売れないかなんですよ。どちらがいいですか?売れた方がいいですよね。だからそのために努力しました。マジメにやってたらこうなったんですよ、マジメにやらない人がいるから。お笑い芸人がコンテストで優勝して、「俺たち面白いよね!番組出てるだけで面白いぜ、うぇーい!」ってやってると、私の研究では1年8か月で消えます。

スポーツ選手でアナウンサーやキャスターとして成功している人っていますか?

一同:分からないなぁ・・・

LiLiCo:何人かはいますよ。でもパッと浮かんで来ないというのはそれだけテレビって難しいからです。撮影中どこを見て話せばいいのか分からなかったり、内輪ネタで盛り上がったりする人もいる。それではテレビじゃ通じない。芸能界にはいろいろな暗黙のルールがあるので、消えていくスピードは早いんです。

バラエティーの世界でいうと、最初の2年は周りが助けてくれます。お笑い芸人は特に助け合いの文化があって、ちょっと失敗したなと思ったら、ドカンと別の笑いに変えてしまいます。ただ、3年目からは自分が何を発するかで、残れるか残れないかが決まります。私もお弁当屋さんで働いていたころは、アイディアを出していました。例えば、高野豆腐を絞る仕事を与えられたときは、こうやったらもっと華やかになるんじゃないかなど、提案をしました。与えられた仕事だけをやるんじゃなくて、何か発信することって大切なんですよね。

なので、「俺ら面白いでしょ?」「私出てるだけでいいんでしょ。」って態度だと何も仕事は来ないですよ。だって、そこにはテレビの画面には見えてないスタッフがいるんだから。打ち合わせで聞いてるのかどうか分からない人と、仕事したいと思わないですよね。バラエティーでも企業でも、「石の上にも3年」なんて言いますけど、ほんと3年目がとても重要になってくると思います。「3年目の浮気」というのもありますし(笑)

一同:爆笑

LiLiCo:3年までは新人なんですよ。だから、色々許される。私も3年までは「だって、まだ日本に来て3年だもんね。それは日本語分からないよ」って言われました。ところが、突然4年目から「え、4年もいるのになんでそんなに日本語下手なの?」って言われるんです。

ハッピーは勝手にやってこない。自分で楽しくする

インタビュアー:LiLiCoさんってすごいハッピーそうだなと思うのですが、自分をハッピーにするコツはありますか?

LiLiCo:楽しくするんですよ、自分で。勝手にくるハッピーはひとつもないよ!「よし今日は痩せよー!」ってジョギングしても、だいたい一歩目で足ひねるもんね。「ジョギングできないじゃん!太るわー!」みたいな(笑)

いいことなんて全然ないんですよ。だから自分で作るんですよ、楽しいことを。なんでみんなハッピーじゃないかっていうと、みんな待ってるから、ハッピーを。待っていてもハッピーは来ませんよ!

緊急事態宣言が解除されましたが、私は個人的にホームパーティーなどは控えてるんですね。でも、「あの人元気かな?」「あの人に会いたいな」と思ったら、リモートでも電話でも会えます。「元気かなーと思って」って言われたら相手はハッピーじゃないですか。このコロナの間に、自分にとって誰が大切かってみんな分かったと思いますよ。自分の携帯の履歴を見れば分かるんですよ。誰に1番電話してるかとか、誰と1番リモートしてるかとか。

私のおばあちゃんは94歳で亡くなったんですが、おばあちゃんがいつも「駅から家まで毎日違う道で帰ってごらん。」って言ってたんですよ。そうすると、「この小さな細い道にパン屋さんができた、なるほど食べてみよう。めちゃくちゃうまかった!」みたいな発見があるんです。逆でもいい。「ネットにパン屋さんができたと載っていた。評判がいい、行ってみよう・・・、さほどでもない。」それでいいんです、ひとつの知恵だから。ここにきれいな花が咲いてるとかでもいい、そういう発見がハッピーに繋がるんです。

私すごい感動したことがあったんですよ。昨日シシド・カフカちゃんがVOGUEっていう憧れの雑誌のWEBページで「カッコいい女性とは何?」という質問に答えていて。「今置かれている状況は完璧ではない、望んでる状態ではないけど、その中でベストを尽くす女性はカッコいい。夏木マリさんとLiLiCoさんみたいに。」って書いてあったんですよ!

一同:おおー!

LiLiCo:「ええー!やっべ!!」ってそこだけ写メって送ったんだけど。本人はわかってるよね、本人がしゃべったんだから(笑)まさか名前を出してくださるなんて、しかもそれを雑誌のライターがちゃんと文字にしてくれるなんて。私には一切確認の連絡はなかったので、完全にサプライズでした。

自分はカッコいいと思って生きてる訳ではなくて、なんとか自分の人生を素敵なものにしようとして必死に生きてるだけ。でも、それを誰かが見てくれている。しかも女性がカッコいいと憧れるシシド・カフカちゃんにカッコいいって言われたら、それはハッピーですよ。

おじいちゃんとおばあちゃんが手をつないでるだけでも、微笑ましいじゃないですか。こういう小さなことでも嬉しいですよね。だから電車の中とかでも人を見ちゃいます。みんなスマホばかり見てるから幸せが見えてないけど、パっと顔を上げると、しわしわのおじいちゃんとおばあちゃんが仲良くしてたりするんですよ。

「電車の中で、ニヤニヤしてる人がいて気持ち悪かったよ。」っていう人がいますけど、私そういう人大嫌いです。だって良いことがあったんだから、ちょっとぐらい笑顔になったっていいじゃない!楽しいことがあって思い出してるんだから。すぐ人を気持ち悪いとか、人を悪く言うとか、その人の良い所をなんで見つけようと思わないのかなって。そんなに自分に自信がないのかなって・・・、なんか残念ですね、今の世の中は。

仕事も子育ても、しっかりコミュニケーションを取ることが大切

インタビュアー:人と一緒に仕事をするときに大事にしていることは何ですか?

LiLiCo:もちろん人の言うことも聞きますし、自分が思っていることも言います。それをうまく融合させて、成立すればいいなと思うけど・・・。私は人に厳しいです。ただ、自分にもっと厳しい。めちゃくちゃ厳しいですよ。もうね、見たら怖くて倒れちゃうと思う、泣いちゃうよみんな!

1回、自分に怒ってる時に鏡で自分を見たんですけど、「おおっ!!」ってなりましたもん(笑)うまく話せなかった日とか、噛んじゃいけない所で噛んだ日は、自分に怒鳴ってます。「だから売れねーんだよ」「だから仕事ないんだよ」って。

スウェーデンではミスがあったときは、みんなで集まってコーヒー飲みながら、何が今回悪かったのかを話し合います。もしかしたら1人の人がミスしたかもしれない。そうしたら、その人がもう1回やらないようにするし、他の人も同じミスをしないようにしなければいけない。話し合うこと以外ないです。で、ちゃんと理由を言ってください。ここが日本人にちょっと欠けてるところかなと思いますね。

子育ても一緒です。「ダメです!」だけじゃ分からない。「足をバタバタしたらダメです!」それじゃ通じないよ。バタバタしたら前の人が迷惑するんだよってことを言わないと。子供って声大きいじゃない。笑い声も大きい。それが人によっては迷惑だって分からないんだから、ちゃんと1個1個理由を説明してあげないと。

だから若者相手で分からないことがあると「え、教えて私に。その理由が分からないから」って聞きます。教えてって言うとちゃんと説明してくれる。学生も学生の中での考え方があるから「なんでなんで?」「どうして?」とか聞きます。

人と仕事するときは、お互いの得意不得意を知って活かし合う

LiLiCo:主人も私も人の顔を覚えるのが苦手なのね。でも最近まで日本人は日本人の顏を覚えやすいと思い込んでいたの。日本人って「俺のこと覚えてるだろ」とか「俺のこと覚えてないの?」っていう人が多いのね。ちょっとイラっとする。なので、最近は「えーっと・・・、抱きましたっけ?」って聞きます。「すみません、抱いてないんだったら覚えてません」って(笑)

この間初めて知ったんですよ。主人も人の顔を覚えるの苦手って。あ、なんだそうだったんだーと思って。じゃあ、それも覚えておこうってなりました。そうすれば主人が目の前の人を覚えていなくても、「あー鈴木さん、お久しぶりですね!どこどこの鈴木さん、ちょっと久しぶりですよね!」とか言えるじゃない。そうやって主人が思い出せるように、ちょっとお手伝いできるじゃないですか。

「この前結婚祝いにプリザーブドフラワーもらって、いつもテーブルの上に飾ってるじゃない・・・、その牧野さんですよ!」みたいな。お手伝いできることっていっぱいあると思うのね。できることできないこと、みんなに得意不得意があって、なんでもできる人はいない。舞台に立ってる人でも歌えない、踊れない、でも芝居は完璧。そういうのはあるので、会社の中でも何が得意で何が不得意かお互いによく知って、得意な人に得意なことをやってもらえばいい。

10年後、主人が所属してる「純烈」が活動しているかは分かりませんが、少なくとも主人はやってないんじゃないかなと思う(笑)。ファンは悲しむかもしれないけど。何があるか分からない。主人は手先が器用で、ブロックとかデザインとか絵が完璧なの。だったら私の会社の社員として入れて、給料が発生するようにして、Tシャツとか私のグッズとか、新人の衣装をデザインするとか。

そういう風に目の前の人が何が得意かを知るのはとても大事だけど、無口だったり自分はこういうのできますと言わない人もいる。だったら、ふとした落書きだったり字がきれいだねとか、そういうのでもいいのね。じゃあ「うちのレストランのロゴ書いてくれない?」とか得意分野を活かしてあげられる。

あとは、独立するときに応援されるか。独立するときは別れ際が大事。独立してうまくいくタレントとうまくいかないタレントがいる。失礼な辞め方だったら芸能界は消されますよ。どんな会社でも、最初の話に戻りますが、繋がっています。人で。たから去り際も大事なの。

少しでも可能性があるならまずやる。待っていても仕方がない

インタビュアー:これからチャレンジする若手の起業家に向けて、一言お願いします。

LiLiCo:ひとつだけね・・・。まずやるってこと、待たずにやる。なんかね待ちすぎですよ、みんな。みんな待ってばっかり。いいなと思ってちょっと可能性が見えるならやりましょう。さらに言うと、人と違ったことだったらもっといい。人と似たものをやっちゃうとうまくいかない可能性があるので。燃えている人は魅力的!

陽転思考と意思決定力

対談記事は、嶋村吉洋が主催する「ワクセル(※)」の著名人対談企画にて実現した内容です(なお、対談が行われたのは2020年2月29日になります)。
※ワクセルは「これからの100年をつくる起業塾」として新しい塾のカタチを掲げ、未来を切り開く人たちが集まり、共に学び合い応援し合う起業家コミュニティ。

今回は、『人生を好転させる新陽転思考』や『人に好かれる話し方』の著者で有名な和田裕美さんと『自分で決める。 -すべてがうまくいく最強の力-』の著者であり、ワクセルのメンバーでもある権藤優希との対談です。

和田裕美さんは、陽転思考(※)を身につけていらっしゃるため、物事の捉え方がとてもポジティブです。そのポジティブな捉え方は「嶋村吉洋氏と同じ印象を受ける」と権藤優希は語っています。

和田裕美さんと権藤優希の対談から、たくさんのことを学ばさせていただきましょう。

※和田式陽転思考とは、「事実はひとつ、考え方はふたつ」という考えに基づきマイナスなことからも「よかった」を探す思考法。

権藤:今回の講演もすごくわかりやすくて、本当にたくさんメモを取らせていただきました。それをふまえて今日は色々と質問をさせていただきたいと思っています。

和田さんは講演家でありながら、作家としても活動されていらっしゃいますが、著書の累計は何万部なのですか?

和田さん:220万部くらいですね。

権藤:すごいです!

作家としても大活躍されている中で、講演家として大事にされていることがあったら、教えていただきたいと思います。

和田さん:大事にしていること……。
ちゃんと仕事をして、いいものを届けたい!って、すごく思っています。

世の中には沢山の本がある中で、私の本を選んでいただいたとしたら、読者の方ををハッピーエンドにしたいんです。

これから(本を)読み終えたあと、(講演を)聴き終えたあとの人生の方が、(講演で)会っている時間よりずっと長く続くので、何かプラスの影響を与えられないかな?って思うことを大切にしていますね。
本を読んでよかったな、講演を聴いてよかったなって思ってもらいたい。

権藤:それがすっごい伝わってきたんですよ、講演でも。

和田:ありがとうございます。

​権藤:(和田さんの本や講演は)読後感や講演後も、最後の「よし!」という合図と共に、行動しやすいなと思いました。

和田さんの話は、聞いた側の人が得するなって伝わってくるんです。そこが大きなポイントかなって僕は感じました。

和田:よかった、嬉しいです。ありがとうございます。さすがの分析。

権藤:僕は営業をずっとやっていたんですよ。営業職から起業したんです。

和田:何の営業なんですか?

​権藤:僕は、大手IT企業で営業をやっていたんです。

和田:営業で、何を売ってたんですか?

権藤:警察へのシステム営業です。指紋や顔認証などのシステムを警察署に納めていました。

和田:かっこいい!ちなみに警察に営業するって怖いですか?

​権藤:怖いですね。カツ丼を目の前に置かれて「お前がやったのか?!」って言われているような鋭い視線に感じました。

和田:やっぱりそうですよね。逆に、「どーもどーも!」って近づきやすい感じだったら、警察をやってられないですよね。犯人が怖いと思う存在じゃないと。

権藤:そうなんです。僕もすごく緊張しちゃって、いつもの提案がなかなかできなかったんです。
そんな中で意外にも、(警察への)営業で成績を上げていたのが女性の方だったんですよ。

和田さんの講演を見てても思ったんですが、誤解を恐れず言うとなんか可愛らしいじゃないですか。
女性だからこそ踏み込めたり、ズバッと言える。
そういった要素をうまく使われながらきっと営業されてたんだなと思ったんです。

​​和田:はい、そうかもしれないですね。

​権藤:女性の読者も多いので、このまま女性に向けた質問をさせてください。

女性としてやりづらかったこと、こういった風に活用したからうまくいったなど、営業時代の経験でもよいので何かあれば教えてください。

和田:何事もメリット・デメリットって、両方あると思うんです。

女性としてのメリットは、若い時には「(甘やかして)買ってあげようかな?」と思ってくれる人がいたりするわけじゃないですか。
あと女性って、物事をフラットに見やすい。
というのも、会社の中でも男性の方が縦社会に慣れていて、逆に女性は縦社会に慣れていないんですよね。
だから、女性って急に上司に対して、タメ口になったりするじゃないですか。

多くの男性が「はい!わかりました!」と受け答えをしている中、女性は「そんなこと言ったってー!」みたいなことってありますよね。

それは、女の人がずっと社会に出てなかったため、家族や周りに慣れ親しんだ形で社会を作ってきた名残かなと思っています。

だって男の人は、いつも上下関係の中で生きているから。

その上下関係がうまくいかないとビジネスはうまくいかない。
家庭の中では、お父さんが一番かもしれませんが、(女性からしたら)割とフラットな状態。友達ともフラット。みんなフラット。横に並べた感じと縦に並べた感じが男性と女性と違う。

権藤:確かに、おっしゃるとおりだと思います。特性をいかすということですね。

和田:そうですね。女性は、コミュニケーション能力が長けていて、割と言い出しにくいところでも言えたりするのがメリットではありますね。
女性の視覚・コミュニケーション脳は、男性より11%いいんですって。脳の仕組みそのものが違います。

そういう意味で共感や空気を読むということに関して、女性として得をしていることは沢山あると思います。

権藤:逆にやりづらかったこと、苦戦したことはありますか?

和田:色々な意思決定や提案が上層部にあがっていくときに、上が男性ばかりで女性の見本がいない組織だと、「女だから大丈夫なのか?」と思われて、プロモーションが止まってしまうことはあります。

ほかは、女性軽視されたことでしょうか。意見を伝えても肯定的な返事がなく、別の男性からの同じような意見には、素直に返事をする男性上司がいて、凄いやりにくかった経験があります。
そういった上司からなにか言われたとしても、心理的なものが大きく影響し、素直に受け取ることはできませんでした。

あとは男性部下を育てる時に、どうやったらいいのかわからない時期がありました。

権藤:その中で「陽転思考」は、考え方として知っているだけでも救われるなっていうのがあるんです。
(講演では)具体的な例も話してくださいましたが、「陽転思考」やよく本でも書かれていらっしゃる、「意味づけ・価値づけ」を学ぶことで、すごく得をしたなって気持ちになりました。

一方で、「陽転思考」を実践していくときに、なかなか思ったようにできなかったり、途中で心が折れちゃったりとかすることが、よくあるんですけれど、和田さんはそういった経験はありますか?すぐ陽転思考に切り替えて行動できていましたか?

和田:本を書くために、これまでの経験を色々と言語化しました。
一冊の本ができるまでには、試行錯誤するので、本を書いてる途中でやっぱり落ち込んだりしています。

陽転思考をなぜやっているかというと、私が落ち込みやすい人間だからです。
なんか、普通のもっと元気な人は陽転思考を生み出さないです。
(雰囲気が)ラテン系のようなポジティブな気持ちであっても、落ち込む経験は大事だし、折れるのもすごい大事。

権藤:そうですね、僕が書いた本『心が強い人のシンプルな法則』は、心が折れる人の話なんですけれど、僕も同じことを書いています。

折れた経験が沢山あるから、復活の方法もわかる。折れたあとの方が強くなる。
自身の経験から学べることってあるんですよね。

和田:そうですねー。私なんか母が医療ミスで亡くなる、リストラに遭うなど、結構、波乱万丈なんですよ。

私の悪いところだけを部分的に切り取ったら、不幸になるはずが、幸せそうに見えるのは、陽転思考の考え方のおかげなのかなって思います。

権藤:似たような質問が続くんですが、陽転思考で物事を乗り越えていくじゃないですか。

最後のキーワードになったのは「わくわく」。

僕もすごい好きな言葉なんですよ。「わくわく」って将来に対してすることじゃないですか。

わくわくするマインドを持つんですけれど、やるってなったらシビアな状況のときもあって、冒険がつきものなんですよね。
リスクを冒して何かをやるとか、自分が変わっていかないといけないポイントもあると思うんです。

わくわくだけじゃ、なかなか乗り越えていけない気もするんですけれど、和田さんはどうしていますか?

和田:歌を歌ったりとか(笑)

​権藤:それは、斬新な角度からのアドバイスですね(笑)

和田:悪いことを考えるようになると鼻歌を歌って、必ず悪い考えによらないようにします。

あと、新しいことを始めるときにわくわくできなくなったら、ちょっと違うことをやってみようかなと思うことです。
本を書くことにわくわくできなかったら、かるたでも作ってみようなど。

権藤:違うことをやっちゃうんですね。

和田:そうです。ちょっとシフトして、元々やりたいことは横に置いて、楽しいって思えるときにやってみたら大丈夫という風に思えるので、一つのことにわくわくしなくても、様々なことにわくわくしたらいいなって思っています。
ひとつがダメなら違うわくわく。

権藤さんの趣味は何ですか?

権藤:趣味はサーフィンです。身体づくりが好きでやっていますね。

和田:身体づくりで心は折れますか?折れたりはしないですか?

​権藤:いや、毎朝は嫌ですね。やる瞬間は嫌な気持ちになります。

和田:そうなんですね。え?ワークアウトですか?

​権藤:嫌なんですよ。だから自分一人じゃやらないから、パーソナルトレーナーに家に来てもらってます。

和田:わーすごいー!!毎日来てもらっているんですか?

​権藤:週2回ですけど。

和田:結構ハードなワークアウトになっちゃってますね。うわー大変。身体づくり以外で他のわくわくはないんですか?
なんか「このワークアウトが終わったらちょっと飲もうぜ!」みたいなのは。

​権藤:そうなんです。ワークアウト後のご飯は美味しいんですよね。なにを食べに行くかはすごくわくわくしますし、仕事がはかどりますね。

和田:やる気は出ますもんね、筋肉がつくと。

​権藤:やったあとは、そのことを考えるといいんですけれどね。すごくわくわくしますね。

和田:報酬系の脳を刺激すると、わくわくは持続します。

これが終わったら報酬を与えてあげようって思っているならわくわくは持続するし、身体を鍛えたあとに、やってみようと思えることを想像するとムフフってなったり。ムフフを使って頑張る。

わくわくする対象は、色々なものがあっていいと思っていて、一回一回消えかかったら次のわくわく。

このわくわくを連鎖させると、案外いつでもわくわくできるんですよね。
何にわくわくできるかなって思ったりします。

​権藤:それは僕を含めて救われますね。わくわくするものを変えていいんだと。
見つけて対象を変えていく考え方は、ちょっと救われましたね。

和田:でも嫌なことはあるじゃないですか。
なんか普通に楽しそうに見せてても「あ゛ー」とかあるじゃないですか。

人間ってそういう弱さがあってこそ、自分が強くなれるでしょ。

だからそういった時にわくわくの種を見つけられたらと思うんです。

わくわくは種だから未来に向けて植えろって。
3年後にわくわくの木がなると思ってたら、今の水やりとか頑張ると思うんですよね。

だから、そんな風に先のことを考えるようにしていますね。

​権藤:別の話題になります。
(和田さんは)ファンを作ることが大事だと思っていて、僕もその通りだと思っています。

ファンや優良顧客、チームビルディングをしていくことが大事だと教えてもらっているんですけれど、ファンを作ることで大事にしていることを教えていただきたいです。

和田:「喜んでもらえることは何なんだろう?」とすごく考えるというか、がっかりさせたくないと思っています。

​権藤:先程のハッピーエンドの話ですよね。すごく伝わります。

和田:絶対にがっかりさせない。
「がっかりさせないためにはどうしたらいいのか」というのを、必死で考えます。

私、がっかりする人を見たくないんですよ。
どうしても自分の行動や態度、自分の心理状況で、がっかりさせることってあるじゃないですか。
すべて相手の期待通りには生きられない。

でもお客様にがっかりさせないためには、どういったオファーを出したらいいのか。

権藤:なるほど。例えばどういう工夫をされているかお聞きしてもいいですか?

和田:「パワースクール!」っていう会員制のオンラインスクールがあるんです。
(その会員に喜んでもらうために)バレンタインチョコを送ったりするんですよ。
私は今回、オリジナルカレンダーを作って、サプライズプレゼントをしてみました。
相手を喜ばせたいって気持ちがあるんです。

どうしても視野が狭くなったり、目の前のことしか考えなくなったり、自分のことで頭がいっぱいになることも多いと思うんですけれど、「常に喜んでもらいたい」ということを考えられるのはなんでですか?

和田:え゛! なんでだろう……。ちょっと考えていいですか?

​権藤:答えがわかってても、できないもことって多いなって思っちゃうんです。
常に自分のことばかり考えちゃう。

和田:でも人に喜んでもらえることって、自分の幸せになりませんか?

​権藤:なりますよね。最終的になると思います。

和田:なりますよね!たぶん私、嬉しいって言われたいんですよね。
「うれしー!」
「たのしー!」
「ありがとうー!」

って言われたい。やっぱり感謝されたいじゃないですか。なんか「ありがとう」を言ってもらうと私「いいことをしただろう」みたいな。

そういった風に、相手をがっかりさせないということは喜んでもらえるってことですし、それはただの利他主義で、私が「人のために生きているんだ!」というんじゃなくて、結局返ってくるのは全部自分だと思っています。

相手を喜ばせた先にあるものを取ろうとしているんじゃないかと思いますね。

​権藤:自分のためにってことが一番力になるので、その考え方でいいんじゃないかと僕も思います。

和田:自分のためですよ、絶対。人間って自己愛の塊だと思いませんか?

​権藤:そうですね。結局自分のことが一番大事なので、自分を一番大切にすることが、幸せの道だと思うんです。
自己愛の周辺の中に「この人の幸せも自分の幸せ」ってあるじゃないですか。

和田:「この人の幸せは、自分の幸せ」なので、自分の周辺が幸せなことを願うっていうのが自己愛だと思っていて、自己愛の輪が広がっていくと「地球」ってキーワードが出てくるのかもしれないですね。

​権藤:結局、自分が好きなことをやり続けていけば、それが本当に人に返ってくることになるので、自分のために努力していくことが大事だと思うんです。

和田:人の為って書いて、偽善者の「偽」って読むじゃないですか。

FOR YOU、FOR YOUって営業時代に言われたんですけれど、FOR YOU精神って、途中で何かわからなくなったんですよ。

人のためにやってるんじゃなくて、自分のコミッションやプロモーションのためにやってるんだなって思うと、理解ができなかったんですね。

​権藤:僕もそういう時があったように思います。

和田:でも人のためなんだと。

だからやっぱり、自分がやっていることが人のためになって、それが自分に返ってくるのがだんだんわかってきた時に、理解できるようになりました。

​時間も残すところあと少しなので、今後の展望を教えてください。

和田:本の紹介をしていいですか?

4月(※)に『人の心を動かす話し方』という本が出ます。
※発売は5月下旬に延期となります。

​権藤:4月ってもうすぐですよね。

和田さん:そうです、もうすぐです。

実は、この本書くのに1年くらいかかっちゃったんです。なんか気に入らなくて。

でも書き直すとやっぱり人に迷惑かけるかなとか、編集の人に悪いかなとか、こんなこと今からやったら時間がかかるんじゃないかなとか、ものすごい気にして……。気にするから言えなくて。

言えないからハリボテになっていて、言えないまま、ハリボテみたく増築改装をしていたら、おかしな本になってきました。

権藤:そうだったんですね。それでどうしたんですか?

和田:これはいけないって思って、今年の正月に、一から全部書き直すことにしたんです。

だから、自分が作りたいものに関して、あんまり人の顔色を見て作っちゃいけないなって言うのが、今回の気づきだったんですよ。

人に裏切られようが、読み手のことを考えようって改めて思ったのが、この本でしたね。

こんな偉そうなことを言っといて、読んだら「何だこの本?!」って思われたら……。
むっちゃハードルあげちゃった(笑)

権藤:本当に思っていることしか、人に伝わらないですよね。
僕もあらためて思いました。

和田:そうなんですよ、そんな風にあらためて書いて思ったのがそんなに時間がかかっちゃいました。

権藤:あと1ヶ月もしないうちに、この『人の心を動かす話し方』が発売されるということでした。

和田さん、今日は長い間、講演と対談を含めてありがとうございました。

和田:こういった機会をいただきまして、本当にどうもありがとうございました。
権藤さん、次はいつ本を出されるんですか?

権藤:今年9月に出します。次は人間関係の本ですね。

和田:どんな?また深い話が?

​権藤:深い話ではあるんですけれど、結局は自分の捉え方や喋っている言葉で自分に響いてきているので、そこを変えていこうって内容です。

和田先生のお話をいつも参考にさせていただいています。

和田:楽しみにしています。

自分の想い、信念や目標を胸に前進し続ける

日本を代表するファッションモデル、押切もえさんにインタビューさせていただきました。

押切さんは人気ファッション誌『CanCam』や『AneCan』でトップモデルとして活躍されてきました。現在は野球選手の妻、1児の母として家族のサポートをしつつ、小説家など仕事の幅を広げながら多方面で大活躍されています。

仕事とプライベートどちらも大充実されている押切さんから、仕事観や女性の幸せについて学べる機会となっていますので、ぜひ最後までご覧ください。

ご主人との出会いが結婚へのターニングポイント

インタビュアー:女性の幸せについて、なにを大切ににされているかをお聞かせください。

押切:年齢、年代によって目標、目的が変わってくると思います。そのなかで大切にしているのは、「この1年はこうしよう、そのためにはこの3か月はこれに集中しよう」という感じで、短い期間の目標を持つことです。

インタビュアー:結婚はいつ頃から意識されていましたか?

押切:結婚について考えてはいたものの、20代は仕事が楽しかったので仕事を優先していました。

それから30代になって、「そろそろ結婚したいな」と思い始めました。ただ、結婚って年齢でするものではないじゃないですか。相手のタイミングもあるし、まだ仕事もやりたかったのでなかなか踏み切れませんでした。

そのような状況で、いまの主人と出会いました。この時、自分もある程度キャリアがあってやりたいこともできていました。主人は仕事も応援してくれていたので、この先は結婚してからできる仕事をやっていこうと思えたんです。なので、主人との出会いが大きかったですね。

インタビュアー:旦那さんと全くケンカをしないそうですが、秘訣をうかがえますか?

押切:まず、主人が全然怒らないんです。それに、怒るのにエネルギー使うのって嫌じゃないですか。なので私も怒らないようにしています。あとは、20代のときに「怒ると美容に悪い」と聞いてから怒らなくなりました。

楽観的でいること、軸を持ちながらも柔軟なことが愛され続ける秘訣

インタビュアー:ずっと愛され応援されるために意識していることはありますか?

押切:楽観的でいることが大事だと思います。哲学者のアラン(本名エミール=オーギュスト・シャルティエ)さんの言葉で、「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」というものがあります。楽観は自分の意志でコントロールできるので、沈みがちなときも意識すれば楽観的になることができるんです。

ただし、無理やりポジティブに考えるっていうのは好きじゃないんですよね。当然落ち込むときや気分が乗らないときもあります。その場合は1人の時間をつくり、自分と向き合う時間を大切にしています。あとは友達に話して頭の中を整理することもありますね。

インタビュアー:著書の中で「愛されたいという気持ちがエネルギー源になる」と書いてありましたが、元々そういうタイプでしたか?

押切:20代で書いた本なんですが、正直言うと当時自分の原動力をどう表現したらいいのかわからなかったんです。どうやったら伝わるかなって考えた結果、当時は「愛されたい」が一番伝わるかなと思ったんです。

いまは愛したいとか、共感したいという気持ちが強いですね。年齢やステージによって、考え方は変わっていくと思います。いまは「愛され」も大事ですが、「自然体」が流行りですかね?「狙いすぎるとダメ」みたいな風潮があるじゃないですか。

私が10代で読者モデルをやっていたころは、むしろ「人目を気にしない」というスタンスが共感されていた気がします。なので私の中では「人目を気にしない」という土台がありながら、気持ちや時代の変化に合わせて働き方、ファッションを変えてきました。

美貌を保つには仕事と自分のケアのバランスを取ることが不可欠

インタビュアー:美貌を保つために、20代30代で大切にしてきたことはなんですか? 

押切:仕事と自分のケアのバランスを取ることがとても大切ですね。仕事を頑張りすぎると心がポキっと折れちゃうときがあるので、折れないようにちゃんと自分のケアをしてください。

今日は頑張ったから美味しいワインを一杯飲もう、好きなアクセサリーをつけようという風に、ご褒美があると元気が出ると思います。自分がハッピーになって初めてまわりの人にハッピーをシェアできるので、自分のケアはとても大切なことなんです。

ちなみに、20代はかなりがむしゃらに仕事をしていました。仕事がない時期を経験していたので、やっと頑張れる場所を見つけたことが嬉しくて頑張っていました。とにかく何でも手をあげるタイプでしたね。いま思うと、この下積み時代があって本当に良かったなと思います。昔の自分、頑張ってくれてありがとうみたいな(笑)

やりたいことは発信して、チャンスがあればまずやってみる

インタビュアー:現在、小説や絵など多方面で活躍されていらっしゃいますが、もともとこういうお仕事をやりたいと思われていましたか?

押切:10代のころから、本はいつか書きたいと言ってきました。絵に関しても「絵の仕事あったら嬉しいです」というように発信をしていました。そのお陰か「チャリティで絵を書いてみないか?」と声をかけていただき、絵のお仕事に携わるようになりました。

日本ではモデルの仕事で社会貢献することが難しいので、絵を描くことでオークションを通じて貧困地域に貢献できることがとても嬉しかったです。もともと水彩画に興味があり、やってみたらとても楽しかったので、そこからまたチャリティに出させていただいたりしました。

絵のお仕事をやってみると絵が好きな人と繋がりができたり、いろいろアドバイスをいただけたりと、いいことがたくさん起きました。やってみる、一歩踏み出すってとても大事だなと感じます。

失敗しても誰にも知られないから、仕事はとにかくやってみる!

インタビュアー:今ではいろいろな仕事をされていますが、その仕事をやってみるかどうかの判断は何を軸にしていますか?

押切:20代~30代前半はいただいた仕事は全部受けていました。とにかくやる。やってみないと分からないじゃないですか。やらないで自分の可能性を狭くするよりは、「はい!YES!」でとにかくやってみようという気持ちが大事。

まずやってみて、向いてなかった、ここが足りなかった、みなさんの期待にこたえられなかったという場合は次回どうするかを考えます。そういう場合はだいたい次の仕事がこないんですけどね(笑)

いろいろやってみる中で、意外とできる仕事が見つかったりもします。スタッフさんが素晴らしくて、サポートしていただいたお陰でとてもいいものができたとか。そういう経験もやってみないと分からないんですよね。

以前、本を出すときに尊敬している作家さんからアドバイスをいただいたんです。わたしが本を出しても売れないかもしれない、失敗するかもしれないと不安になっていたときに「大丈夫、売れなかったら誰にも知られないから(笑)」って。

(本を出すために)時間もお金もかけてはいますが、もし売れなくても必ず自分の成長にはつながるし、次はこうすればいいんだなとか、あれはやらなくてよかったなとか自分の糧にもなるはずです。そう考えると、本を出すってそんなにリスクはないんだなって理解できました。

モデルになるときも失敗するかもと心配でしたが、失敗しても誰にも知られないし迷惑はかけないからいいかなって思ってチャレンジしてきました。

もちろん、やるからには自分が満足、納得するまでベストをつくそうって思っています。

サステイナブル・持続可能な商品で世の中に貢献していく

インタビュアー:これからやってみたいことやビジョンをお聞かせください。

押切:いまは子育てがとても楽しいんです。なのでいまは子育てと、主人のサポートをしつつ自分ができることをやりたいと思っています。いずれ子育てが落ち着いたら絵とか小説など、時間のかかることをもっとじっくりやりたいですね。

いまファッションの仕事で1つプロデュースしているものがあるんです。オーガニックコットンを使ったアイテムで、働く女性や仕事で疲れている人が家でほっとできるようなルームウェアなどをつくれたらいいなと考えています。働く女性を応援できたら嬉しいです。

最近は素材にこだわっている商品が増えていますよね。SDGsが浸透してきていて、「持続可能」という言葉がキーワードになってきていますが、ファッション業界でも「サステイナブル・持続可能」がテーマになっていることが多いです。着心地が良く環境にも配慮したものが、これから多くの人に愛されていくんではないかと感じます。

自分の想い、信念や目標を胸に前進し続ける

インタビュアー:最後に、20代・30代で起業を目指している人に一言お願いします。

押切:自分の想い、信念や目標を胸に抱きつつ、コツコツと楽しみながら前に進んでください。応援しています!今日はありがとうございました。