10年で2店舗から120店舗に⁉目黒通りがお祭りになる「目黒マルシェ」人が集まる会場づくりの秘訣とは

目黒通りで洋服店を営みながら「目黒マルシェ」を主宰する有限会社マルニャ物産の代表取締役であるヤマモトタケシさん。経営難をきっかけに流れ着いた目黒通りで、たった2店舗から始めたマルシェは、回を重ねるごとに規模を広げ、今では120店舗が集う一大イベントへと成長しました。人が集まる会場づくりの秘訣や、目黒デーという新たな構想について、お話を伺いました。
経営難から辿り着いた目黒通り

私は元々、恵比寿寄りのエリアでもう少し手広く商売をしていました。ですが、経営がどうにもならなくなってしまって。そんな時、目黒で家具屋を何店舗か経営していた友人が「1店舗、じゃあいいよ」と貸してくれたんです。それで流れてくるようにして辿り着いたのが、今の目黒通りのお店でした。
正直に言うと、あの頃はかなり切実な状況でした。大きな店舗から持ってきた在庫がいっぱいあって、倉庫みたいになっていたんです。だから「売れたら嬉しいな」という気持ちが、目黒マルシェの原点にはずっとありました。
きっかけは、ゴールデンウィークに何か売り上げを作る施策が必要だなと思っていたときでした。ちょうど今も隣にある元気な雑貨屋さんが「ゴールデンウィークなんかやりましょうよ」と誘ってくれたんです。それで思いついたのが「マルシェ」という言葉でした。最初は本当に小さくて、隣のお店と2店舗だけ。当日、もう1つ隣の家具屋さんが飛び入りで出してくれたので、実質2店舗でのスタートです。私が主体的に企画したというより、売り上げを作らなきゃという必要に迫られて始まった、というのが正直なところなんですよね。
2店舗で始めたマルシェは120店舗に拡大。みんなでひとつのものをつくる「目黒マルシェ」

結構盛り上がったので、見ていた近くのお店の人たちが「次にやるならやりたい」と言って、次は16店舗くらいでやりました。ここの辺りは「インテリアストリート」といって家具屋さんが多く家具協会があるので、その人たちが一気に入ってくれたという感じです。それが32、60、120と倍々で大きくなっていきました。
目黒通り沿いの店だけでやっていたのが、それを見た通り外の方たちも「出たい」と言ってくれるようになり、いつしか一般的なマルシェ会場のような形に変わっていきました。「目黒」という場所自体がブランドになるんじゃないかという感覚と、当時「マルシェ」という言葉そのものが注目され始めていたタイミングが重なったのも大きかったと思います。
最初の開催は2店舗だけでうちの前でやっていただけだったので、特に大変なことはありませんでしたね。前にやっていたときは在庫もいっぱいあったので、売れたら嬉しいな、という感じでした。
もちろん、盛り上がれば盛り上がるほど苦情も増えます。水道管の破裂したところを次々塞いでいくような感じで対応する日々です。通りでイベントをやるというのは、法律や条例ができたあとに始めたお祭りなので、昔ながらのお祭りのようにはいかない難しさがあります。苦情が来ないようにと締め付けすぎると今度は運営がすごく窮屈なものになってしまうし、かといって緩めすぎるとまた別のところから怒られてしまう。そのちょうどいいバランスを、感覚値で見つけながらやっている状態ですね。最初は加減がわからず何でもやってしまっていましたが、コンプライアンス意識が高まった今は、そのバランス感覚がだいぶわかるようになってきました。
人が集まる会場づくりのこだわり

今、目黒マルシェのスローガンとして掲げているのが「マルシェ通り」という構想です。目黒通り一面にパラソルが開き、歩道が人で溢れると、いつもは閑静な目黒通りがまるでマルシェ会場のように見えるんです。そこから「みんなで集まって2日間限定で出現する”マルシェ通り”を作ろう!」という試みを、今回初めて実践してみました。おかげさまでインスタグラムの反応もすごく良かったんです。マルシェに買い物に来るだけじゃなく、マルシェ通りを一緒に作るために参加しに来てもらう、そういう感覚を大事にしています。
出店者さんへの連絡でも、否定語をなるべく使わないようにしているんです。「これはダメです」ではなく「こうしてください」と言い換える。言っていることは同じなんですけど、その伝え方一つで、出店者さんが萎縮せずに、自分らしさを出せる状態を作れると思っています。
一番大切にしているのは、開催前の段階で気持ちを最大限に高めておくこと。私はこれを勝手に「スター状態」と呼んでいます。マリオがスターを取った時のような、当日にはもう完全に上がっている状態にしておきたいんです。開催日までに何回連絡を送るか、その文面をどう作るか。イベントが始まってから「みんな頑張ろう」と声をかけても、正直あまり効果はないんですよね。
集客についても同じで、楽しい雰囲気さえ作ることができれば、また来てくれる人は自然と来てくれますし、その空気感がSNS越しにも伝わっていくと思っています。そうすれば、あとは出店者さんたちがそれ以上に会場を盛り上げてくれるんです。
マルシェの同日開催で目黒中がお祭りになる「目黒DAY」。ゆくゆくは全国へ

目黒という場所には、正直、渋谷や世田谷のようにわかりやすい代名詞があまりありません。「さんま」「桜」「中目黒」くらいしかぱっと出てこない。でも、小さくて面白いところがたくさんあるのが目黒だと思っています。
前回は西小山の駅前の施設の人たちと同時開催でやらせてもらったのですが。次は学芸大学のエリアと一緒にやる予定で、ひとつずつ広げていくようにしています。コロナ後からイベントは増えましたが、悪く言うとGWのあとは人が分散してしまいます。そこで、関係なしに同時開催で同じ日に、目黒中で開催される日にしたいと思っています。
なんとなく「目黒DAY」と名前をつけているのですが、新しい目黒の名物みたいなのができたら良いと。オープンソースでロゴと目黒DAYという名前を誰でも使えるようにしたいと思っています。目黒には3組くらいでお店の中でやっている小さいマルシェもあるので、そういう人たちも参加できるようにして、目黒中がお祭りみたいにしたいです。
もっと言えば、つくばや浦安など、全国でマルシェをやっている人たちとも同時開催できたら面白いなと思っています。基本的に私は受け身な人間で、誰かに声をかけられて乗る、というスタンスでここまで来ました。だからこそ、こうして声をかけてもらえることが本当にありがたいですし、いつか全国で一斉にマルシェをやれる日が来たら、それはとても平和で楽しい景色になるだろうなと思っています。目黒通り発祥の平和活動として広がればいいなと思っています。
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