言わなきゃ、叶わない。35歳で美容業界に舞い戻った、アイリストの生き方

東京・学芸大学でアイラッシュ&眉毛サロン「Felice(フェリーチェ)」を営む金子彩(かねこ あや)さん。結婚・出産を機に一度は美容業界を離れながらも、「35歳で必ず戻る」と自らに誓い、アイリストとして再スタートを切った。目の前に立ちはだかった壁を工夫して一つひとつ乗り越え、店を育ててきたその歩みと、家族と紡ぐこれからの夢について、お話を伺いました。
35歳になったら美容業界に戻る、と決めていました

学生時代に美容師の資格を取ったものの、早くに結婚して子供を産んだ私は、しばらく美容の仕事から離れていました。それでも、心のどこかでずっと美容の仕事に戻りたいと思っていて、下の子が小学校に上がって送り迎えがなくなる35歳のタイミングで、絶対に美容業界に戻ると決めていたんです。
美容師の資格は持っていましたが、選んだのはアイリストの道でした。美容師よりもデビューまでの期間が短い。夢を叶えるなら、少しでも早い方がいいと思ったからです。
とはいえ、実際に始めてみると、すぐに壁にぶつかりました。まつ毛の毛が一本一本、見えない。細かすぎる作業に、まず「見える」ということ自体が課題だったんです。ここで諦めたくなかった私は、コンタクトの度数を調整したり、乱視を入れたり、ハズキルーペを買ったりして、見え方そのものを作り直していきました。近くにピントを合わせられるよう眼科に通い続けた結果、今では一本一本、しっかりと見えています。遠くは見えなくなってしまいましたが、運転をしなければ困りません。
35歳で美容業界に復帰してから6年、現在41歳になりました。それまでの6年間は調剤薬局の受付事務をしながら、友人にまつ毛エクステを付けるなど、趣味のような形で美容との接点を絶やさずにいました。35という数字に決めた自分へのこだわりを、目が見えなくても、意地でも叶えたかったんです。
幸せを届ける店づくりと、「痛くない」を目指して

今、学芸大学というすごく良い立地でお店をやらせてもらっています。技術がうまいのは、東京でお店をやっている人なら誰でも当たり前だと思っています。それでもプラスアルファで選んでいただけるとしたら、理由のひとつは接客だと思っています。私はずっと接客業をやってきて、調剤薬局の受付時代も患者様とお話しする機会が多くありました。元気な人もそうじゃない人も、お子様連れのお母様の気持ちも、お子さんの気持ちも、なんとなくわかる。どんな方が来ても、割と誰とでも話せるんです。
お店の名前は「Felice(フェリーチェ)」。イタリア語で「幸せ」という意味です。来てくれた人がハッピーな気持ちで笑顔で帰っていってくれることが、私にとって一番の生きがいです。「上手ですね」と言われるのはもちろん嬉しいですが、それ以上に「今日楽しかったです」と言っていただけることが、何より嬉しいんです。
技術面でとくにこだわっているのは、痛みへの配慮です。いろんなお客様から「他店では痛かった」という声を聞いてきたからこそ、抜き方や進め方を工夫して、痛くないと言っていただけるようにしてきました。
娘と、いつか1店舗ずつ

学芸大学というすごい立地にお店を出せたことは、子供たちにかっこいいと思われたい、という気持ちがずっとあるので良かったと思います。出店当初は「家賃をやりすぎたかな」と思うこともありましたが、今はそれも認知度を高める広告費だと前向きに捉えています。おかげさまで、土曜日などはいつもお店がパンパンです。
そして、仕事をする上で心がけているのは、絶対に休まないということです。お客様が来てくださる仕事で、休むという選択肢はありません。だからこそ体調管理をして、健康でいることを大切にしています。お客様が綺麗になりたいと楽しみにしている日に、穴を空けるわけにはいかないんです。
将来のビジョンは、正直まだすごく先の話です。子供たちが美容の仕事を志したいと言ってくれているので、いつかみんなでそれぞれ1店舗ずつ持つのが夢です。
実は来月から、娘をこのお店で雇うことになっています。将来的には、この店を娘にあげたいという話も、もう本人としています。何歳までに、とはまだ決めていませんが、独立も「40歳まで」と自分で期限を決めて叶えてきました。言葉に出さないと叶わないので、いつかこの夢にもちゃんと期限を決めなきゃいけないなと思っています。