「ボクシングの次」なんて考えていなかった僕が、自分の人生を切り拓くまで

20代のすべてをボクシングに捧げ、日本ランキング7位まで上り詰めた和嶋俊光(わじま としみつ)さんの連載コラム第3弾です。引退後、和嶋さんを待っていたのは情熱の「燃えかす」だけでした。そんな和嶋さんが次に出会ったのが、ストレッチの世界。サボることばかり考えていたアルバイトから、なぜ人生を大きく変える天職となったのか。その軌跡を綴って頂きました。
31歳、サラリーマン1年目

20代は、ボクシングしか見ていなかった。
勝つこと。
強くなること。
リングに立ち続けること。
それが僕の人生だった。
そんな僕が初めて「ボクシングの次」を考えたのは、意外な場所だった。
「ボクシングを辞めたら、どうする?」

日本ランキング7位になった頃。
結婚を考え、カミさんのご両親へ挨拶に行った。
そこで義父から聞かれた。
「ボクシングを辞めたら、どうする?」
その瞬間、言葉に詰まった。
本気で命を懸けていた。
だから、辞めた後なんて考えたこともなかった。
「……考えていません。」そう答えるしかなかった。
すると義父は一言、
「それじゃあ無理だね。」
ショックだった。
でも、今思えば当然だった。
僕はリングの上ではプロだった。
でも、人生設計は何も考えていなかった。
あの日、初めて「ボクシングの次の人生」を考えさせられた。
二世にはなりたくなかった
実は叔父が鍼灸院を経営していて、
「継がないか?」
という話をもらっていた。
ありがたい話だった。
でも、どうしても引っかかった。
僕は昔から、親や親族の跡を継ぐ「二世」があまり好きではなかった。もちろん、それが悪いという意味ではない。
ただ、自分の人生だけは、自分で切り拓きたかった。
だから継ぐことは断った。
でも、一つだけ思った。
身体に携わる仕事は面白そうだ、と。
偶然見つけたストレッチとの出会い

近所で仕事を探していた。
すると目に入ったのが、「Dr.ストレッチ」のアルバイト募集だった。
ストレッチ?
そんな仕事があるのか。
正直、このときは何も知らなかった。
身体に携わる仕事。
そのぐらいの理由で応募した。
昼はDr.ストレッチ。
夜はボクシング。そんな二重生活が始まった。
とはいえ、ボクシングがあくまで本業だった。
ストレッチは生活費を稼ぐためのアルバイト。
正直に言えば、
「今日はどうやってサボろうかな。」
そんなことばかり考えている、クソみたいなアルバイトだった。
もちろん、このときの僕は、この仕事が人生そのものになるなんて想像すらしていなかった。
燃え尽きた、その先で
やがてボクシングを引退した。
完全燃焼だった。
夢を追い続けた20代が終わった。
燃え尽きた。
いや、正確に言えば、燃え尽きた「燃えかす」だけが残っていた。
ボクシングに懸けていた情熱の、残り火。
その小さな火を、とりあえず目の前にあったストレッチという仕事に少しだけ注いでみた。
その時は、まさか。この仕事が、自分の人生を大きく変えることになるなんて、思ってもいなかった。