クラファン実績540万円!伝統工芸クリエイターが語る自社ブランド「藍包丁」誕生秘話

坂元晃之(さかもと あきゆき)さんは、「株式会社坂元晃之」として伝統工芸をはじめとする商品やサービスのコンサルティングをされています。今の仕事を始めた経緯やきっかけ、自社ブランド製品の誕生秘話についてお話を伺いました。
大量生産の現場から職人の魂が見える伝統工芸の世界へ

仕事は、伝統工芸のプロデュースをしています。自社ブランドの企画や販売をしたり、企業さんや作家さん、職人さんのコンサルティングなどをしています。
新卒で半導体などの電子部品の製造業の会社に入って、海外営業をやっていたのですが、半導体は月に何百万個を製造して納品するという、何千人といる工場で一日何万個もつくるような”大量生産”の世界にいたので、1人の人がひとつの品を丁寧につくる世界に憧れがありました。
大量生産を否定したいわけではありません。貧しい人、特に発展途上国の人たちの生活を確実に支えてくれているので。ただ、ずっと関わっていると同化してしまったというか、自分自信がわからないような感覚に陥ってしまって、「作り手の人間が見える、汗や魂が見えるモノに携わりたい」と思うようになっていったのです。
ちょうどその頃、愛媛の良いモノ、伝統工芸品やみかん、今治タオルなどをリブランディングして、新しい見せ方で日本全国に展開している社長さんがテレビに出ているのを観ました。「こういうことをやってみたかったんだ!」と思ってすぐに連絡をとって、話を聞きに行ったのです。今思うとよく乗ってくれたなと思うのですが。
会話していたら意気投合して、「あなたは何かできそう、可能性を感じる。出資するからやってみなよ」と言ってもらいました。そのときの僕は起業する気もなく雑談するつもりで会いに行ったのですが、お話を受けて独立することになりました。その方は出資はするけど口は出さないエンジェル投資家で、「好きにやってみな」と言ってくださったのです。
自分が高校時代に海外留学した経験や海外営業の経験で、海外から日本を見ることをしてきたので、「日本のこれってこうしたら海外にウケるのに」というのがなんとなくありました。それで、日本の良いもの、手仕事品を海外に届ける仕事をしようと思ったのが、今の仕事のきっかけです。
僕も日本の手仕事品をプロデュースして国内外に販売しようと考えたとき、商品選定をするときにたまたま訪れた大阪・堺の包丁屋さんが最近売れなくて悩んでいると聞きました。話を聞くうちに和包丁が面白いと思ったので和包丁にしようと。それもたまたまでしたね。お話を聞いたのが陶芸家の方だったら、陶器だったかもしれません(笑)。
「それいいね」と思い駆け抜けた結果、誕生した藍包丁

ご縁だけで生きているような自分なのですが、包丁は価値がわかりやすいと思ったのです。陶器だと好き嫌いが分かれるじゃないですか。デザイン性は人に依るので、価値を付けるのが難しい。でも包丁は、切れることが偉いですから。
「切れる包丁ほど偉い」という絶対的にわかりやすい価値がある。これは万国共通の価値だと思いました。切れない包丁が好きという国は絶対にないと思うんですよね。日本の包丁の切れ味は世界的にも高く評価されていて、既に注文も2年待ち、職人さんもキャパオーバーになるほど人気があるので、可能性があると思いました。
和包丁を自分で勉強したり使ったりしていく中で、包丁はそもそもキッチンで水場にあるために雑菌が繁殖しやすいんですよね。これを衛生的にしたい、どうしたらいいかなと考えるようになりました。たとえば柄まで金属一体になっているような、食洗機で丸ごと洗える衛生に配慮した包丁は既にありますが、「エモくないな」と思いました。
せっかく伝統技術の商品だから伝統技術で解決したい。いろいろ調べていくうちに藍染めが良いと考えました。昔の農民の人は藍染めの服を着て仕事をしていたのですが、藍染めに防虫効果があったから作業着にしていたのです。風邪をひいたら藍を煎じたお茶を飲んで体内の殺菌をする、ということもしていたので、柄を藍染めしたら良いかも、と思いました。
ただ、「木を藍染めする」というのはあまり聞いたことがありません。チャレンジしてくれる日本人を探して、藍染めのメッカとも言われている徳島で実験精神溢れるクリエイティブな方に出会いました。それで木の藍染めができるようになって、やっぱり綺麗だなと思って。機能性の高さとビジュアルの良さを両立できるじゃないか、と見た目にもこだわり始めて完成させたのが、自社ブランドの藍包丁です。
出資の申し出を受けたときも周りからは「よく勇気出たね」と言われたのですが、勇気は1%も使っていなくて。「それいいね」と思って駆け抜けてきただけです。戦略性がないというか、アドレナリンだけなんですよね。自分の中に湧いたアイデアを出さないと先に進めない性分というか、アーティストの方もそうだと思うのですが、「こいつを形にしなきゃ」「吐き出さなきゃ」という感じです。
でも最近は大人になっちゃって、石橋を叩くようになっちゃって。「保守的になったね」と言われるようになってしまいましたが。子どもができてライフステージが上がって、といろいろあって、昔のようにはいかないのですが、基本的には最初の気持ちを持っていたいと思っています。
クラファンで540万、最終的には売上は1億円越え

自社ブランド商品は「藍包丁」というシリーズがありまして、価格が2万円くらいからあります。一般的なホームセンターにあるような包丁は3,000〜5,000円ほどなのでそちらと比べるとお高めになるのですが、本格的な職人がつくる包丁としては妥当な金額、そこに藍染めがのっかっているので少し高めかなという感じです。商品ラインナップは「藍包丁」が一番豊富ですね。
もうひとつが、福井県の日本で一番有名と言っても過言ではない包丁職人さんで黒崎優さんという方がいるのですが、その方とコラボさせていただいた和包丁を5年ほど前に作りました。クラウドファンディングのKickstarterで公開して、当時は準備不足だったのもあるのですが540万円ほどで達成しました。
当時は鞘付きで1本6万から8万くらいの超高級包丁、藍染めもアップデートさせて職人の技てんこもりのオーバースペック包丁をつくろうというテーマでやったのです。むちゃくちゃなものをつくろうと思って。そういうほうがわかりやすいじゃないですか。藍包丁も少しおとなしいと思ってて、足し算ばっかりの余白のないものにしようと思っていたのです。
ごてごてとしたものをつくってそれがクラファンでうまくいって。売り始めたら値段がどんどん吊り上がって。1本20万くらいになったのですがそれでもどんどん売れて、2025年は600本くらい、僕のシリーズだけで1億ほどの売上を出しました。生産が追いつかなくて今は止まってしまっているのですが。国内には出ていなくてインバウンドで売れているのですが、海外の方が買ってくれた、日本のものを認めてくれたのが嬉しかったですね。
アイデアを出してコンサルティングする株式会社「俺」!伝統工芸の枠組みを超える
デビュー作の藍包丁がありがたいことにテレビや雑誌でとりあげられるようになって、問い合わせが増えて、これまでに10社ほどコンサルもやらせてもらっています。ゼネコンの清水建設さんからもお声がけいただいて、もう3年も関わらせてもらっていますね。こんな大手ゼネコンがどうして、と思うのですが、実は自社ブランドを立ち上げられているので、そのお手伝いをさせてもらっています。
包丁をやろうと思ったときも「売上がなくて困っている」というのが原点だったので、どうやら困っている人にアイデアを出すのが好きみたいだなと。コンサルティングが楽しくて仕方がなくて、これからも困っている人がいたらやっていきたいと思っています。今は埼玉県でものづくりの体験イベントを小学生に向けてやっている方がいて、その方のサポートもしています。もはや伝統工芸プロデューサーではないという(笑)。
もともと「日本の魅力を再編集する」という意味で屋号は「EDIT JAPAN(エディットジャパン)」だったのですが、本質的には「株式会社俺」だなと思って、「株式会社坂元晃之」にしました。ジャンルにもよりますが、僕の経験をお役に立てることがあれば、なるべくそういうところに貢献していきたいと。
たとえば防虫効果のある藍染めの衣服を、アフリカのマラリアで困っている子たちに届けて蚊に食われないようにする。そういう構想のプロジェクトも、形にしていきたいと思っています。