シューズやインソールから全身をトータルサポート!格差のない社会を目指す理学療法士の挑戦

福井 一輝(ふくい かずき)さんは、パラリンピックなどのスポーツトレーナーを経て地元の愛媛県でスマイル整体Re:zeroを開院。シューズ療法やインソール療法を用いた治療をしながら、地元の活性化にも取り組まれています。インソール療法を広めたいという使命感の原点についてお話を伺いました。
インソール療法でスポーツ選手も見落としがちな足元をサポート

整体サロンとして、足から身体を整えることをコンセプトにインソールと運動を掛け合わせた施術、整体の提供をさせていただいております。対象は学生からシニア世代まで幅広く。スポーツに関わっていたので学生アスリート、主婦層で身体に痛みを抱え始めた40代、歩けなくなった90代まで、身体の原理原則にアプローチしていくサポートをさせていただいております。
もともとはスポーツに関わりたい思いから、理学療法士の資格を取りました。最初は父親に「こういう仕事がある」と教えてもらったのがきっかけで、自分では理学療法士については特に調べず、大学はほぼ遊びで行ったようなものなのですが、そこで初めて病院での理学療法士としての仕事を知りました。
恩師に会ってパラリンピックにも関わるようになり、毎日選手と関わっていると、痛めるところが同じことに気づきました。練習しても痛くなってしまう、やってもやってもイタチごっこになってしまうところがあって。特に足に関するダメージはなかなか減らないのです。
こんなにトレーニングしているのに何故だろうと思い、いろいろ勉強していくうちにインソールに辿り着いたのです。靴のサイズが合っていない選手は意外と多く、実際インソールを知らないまま続けている選手に対してインソール療法を使っていくと、かなり効果が見られました。
スポーツ選手は普段から使っている道具、例えばラケットなどは大事にするのですが、シューズはおざなりにしてしまうんですね。意識が向いていないので。とても大切な部分なので、そこにこだわってもらいたいと思っています。怪我の治療にかける時間がなくなれば、最終的に練習時間も増えます。
パラリンピック日本代表の専属トレーナーとしてチームについていたのですが、任期を終えて一旦地元に戻ってきました。表ではそう言っていますが、半分はクビになったようなものです。組織の中での人間関係のトラブルがありまして。パリの選手村にも入ってサポートする予定で調整していたのですが、最後の1カ月でチームを離れることになってしまい、結局行かずじまいでした。
そのまま実家に帰って、もともとパリが終わったら地元で活動したいと思っていたこともあり、なし崩しではありますが何かやるならどこかに就職するよりも一人でやろう、とインソールづくりに携わるようになりました。積極的に起業したわけではなく、どちらかといえば消極的なスタートでしたね。
右も左もわからず手探りで1年が経って、今はやりたいことが見えてきて、足元、インソールを伝えていかなければ、と思っています。すべての人が足にインソールを入れたほうがいいと思っているので、インソールを扱える人材も育成したり、もっともっと増やしていきたいと思っています。
歩けない祖父母を目の当たりにした経験が、インソール療法を広める使命感に

自分の祖母が重症筋無力症という難病で、筋肉がつかない病気だったのですが、だんだん膝が痛くて歩けなくなってしまって、僕が資格を取ってできるようになった頃には寝たきりになってしまったのです。当時は僕の治療の腕も大したことがなくたまにしか会えないこともあって難しく、寝たきりで終わっていった祖母を見ていることしかできませんでした。
半年会わないだけで別人のように変わってしまって、認知が進むのも早く、歩けないだけで終わりだなと身に沁みて感じました。仕事柄、病院でいろいろな患者さんや現場も見てきて、寝たきりの人って本当に生かされているような状態なんですね。終末期、死を待つ人の病院とかだと死臭もすごく、「これは働けないな」と感じてしまうほどです。
寝たきりになってしまってからでは遅いと思って。「痛いから動けない」と動かなくなると頭もやられてしまって、最後はいろんな人に負担をかけてしまう。勿論介護している側は迷惑とは思っていませんが、周囲に負担をかけると本人も嫌だろうなと思います。祖父も元気でしたが、自力で歩けなくなると本当に大変そうでした。そのタイミングで自分が靴やインソールのことを知れていたら違っただろうな、と思います。
その後悔が自分の中にあって、「もっと早く実家に帰れたり、祖父母の近くにいられたりしたら違ったのではないか」と思いました。セラピストとかが近くで見ていなくても、靴を履いて歩ければ健康でいられるわけですよ、インソールをちゃんと入れるとバランスが安定するので。もっと早くそうすればいろいろな人の未来が変わったのではないかと。
祖母の死とパラリンピックの専属トレーナーを離れたタイミングが一緒で、祖母が「こっちに帰ってこい」と言ってくれたような気もしています。組織の中で働くのもしんどくて、いろいろ悩んでいたタイミングでもあったので。
100歳まで歩ける身体づくりをサポートしながら、地元の価値を発信

自分の理念として、「本物をすべての人に届ける」という意識で活動させてもらっています。今はSNSで調べれば何でも出てくる時代ですが、嘘か本当かわからない情報が錯綜してしまっているので。正しい知識と技術を持つプロフェッショナルのサービスが、地域環境、経済状況に左右されることなく誰もが受けられる社会を目指すことをやっています。
田舎育ちなので都会にコンプレックスがあるみたいで。なんか都会に負けたくないっていう(笑)。足元から健康を支え100歳まで歩ける身体づくりをサポートしながら、地元の価値を世界に発信して地域を活気づけることをミッションとして掲げさせてもらっているのですが、根本は「都会よりこっちのほうが魅力的だぞ」というところにあるのかもしれません。
都会から地域への逆輸入型をつくらないと、今後日本も大変かなと思っているので、そこですね。医療や地域、情報などすべての格差がなくなって、世のため人のために努力している人が報われて、誰でも想いがある人が活躍できる社会をつくっていければ楽しいだろうな、と思います。