観光資源か、当事者の生活か——マオリの事例から考えるアイヌ文化の発信と「文化盗用」の境界線

ワクセル編集部

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2026.08.29
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他者の文化を取り入れること自体が、文化盗用につながるわけではありません。大切なのは、その文化が持つ背景や意味を理解し、当事者の声に耳を傾けること。ニュージーランドのマオリ文化と日本のアイヌ文化をめぐる現状を手がかりに、文化を尊重しながら発信・継承していくために必要なこと、そして「文化交流」と「文化盗用」の境界について考えます。

「他者の文化を取り入れること自体が問題なのではなく、背景にある意味を理解し、当事者と対話することが何より大切なのではないか」

これまでニュージーランド(NZ)でマオリ族の現状を学び、文化盗用(アプロプリエーション)について研究してきた筆者は、日本のアイヌ文化が置かれている現状に強い関心を持ち、北海道アイヌ協会の貝澤さんにお話を伺った。

NZではマオリ語や装飾品が日常の学校生活に浸透し、国全体のサポートのもとで先住民族としての認識が共有されている。一方で、日本におけるアイヌ文化は「過去の歴史」や「観光資源」として扱われがちだ。当事者の視点から、現在の発信と課題はどう見えているのだろうか。

「見せもの」の時代を超えて——変化する教科書と根強いステレオタイプ

北海道アイヌ協会で地位向上や文化継承に取り組む貝澤さんは、幼い頃から身近にアイヌ文化がある環境で育った。全国で講演活動を行う中で痛感したのは、「アイヌについて知られていない」という圧倒的な認知不足だという。

「数十年前と比べれば、文科省の方針で教科書への記述が増えるなど、紹介のされ方は良い方向に向かっています。差別に関する内容を含め、課題はあるものの前進していると期待しています」

一方で、発信の難しさも残る。昔の生活様式は伝えやすい反面、現代の暮らしがあまり重視されないため、「アイヌの人は今でも民族衣装を着て生活している」といった誤解を持つ人も少なくない。「かつてのような『異文化体験』や『見せもの』として扱われる違和感を解消し、伝統を正しい形で広める活動を続けています」と貝澤さんは語る。

『ゴールデンカムイ』がもたらした「光と影」

見出し1画像嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_ワクセル編集部_文化盗用の境界線

近年のアイヌ文化への注目において、人気漫画『ゴールデンカムイ』の存在は外せない。作品を通じた認知の広がりについて、当事者からは肯定的な声が多いという。

「知ってもらうきっかけが増え、精神文化まで深く理解してもらえたことは大きなプラスです。ただ、100点満点というわけではありません。『その作品の枠組みの中でしか知ってもらえないのではないか』という懸念もあり、良い影響と課題の双方が存在します」

当事者の声に耳を傾けると、ポップカルチャーが持つ強力な認知向上効果と、一歩間違えれば固定観念を強めてしまう危うさの双方が見えてくる。

NZの教育から学ぶ「先住民族の尊重」と文化盗用の防止

NZの教育現場では、NZ(アオテアロア)の伝統を取り入れた学びが日常的に行われている。日本でも北海道内ではアイヌ科を持つ高校や、大学でのクラブ活動など少しずつ機会が増えつつあるが、全国的な広がりには差がある。

さらに問題となるのが「文化盗用」への対応だ。北欧のサーミ文化が観光利用において文化盗用として問題視されたように、アイヌ文化においても背景や伝統的な意味が理解されないまま、デザインや文様が消費されるケースがある。

「現在、アイヌ文様の無断アレンジなどを法的に制限・保護する仕組みは不十分です。意味を知らないまま説明・利用されることには強い違和感があります。だからこそ、相談窓口となる『アイヌコンサル』などを通じ、知的財産としての権利を守り、当事者と相談・区別できる適切な手順を定めていくことが重要なのです」

対話を通じて文化の未来をつくる

NZのように国が先住民族を認め、日常の教育に組み込む姿勢と比べると、日本におけるアイヌ文化の保護・活用は過渡期にあると言える。

文化を発信・利用する側に必要なのは、単にデザインや要素を消費することではない。その意味と歴史を学び、当事者との丁寧な対話(コンサルテーション)を経ること。そのプロセスこそが、文化への敬意であり、文化盗用を防ぐ唯一の道なのだと、今回の対話を通じて強く実感した。