誰かを支える人生から、自分の夢を追いかける人生へ—— “飲めるようなわらび餅”から始まった新しい挑戦

アパレル会社の経理として13年間、数字の裏にある人間模様を見つめてきた渥美賢二さん。組織の違和感から「誰も我慢しない生き方」を求め独立。現在は大好きな“飲めるわらび餅”の販売やご縁を活かした物販、経理サポートを手がけています。みんなが笑顔になれるビジネスの先に、大好きなサッカー界への恩返しという夢を描く、渥美さんの現在の活動についてお話を伺いました。
経理として13年働いた私が、自分の人生を見直したきっかけ

私は中学生のころから、実家の寿司屋を見ながら育ってきました。両親が自営業として毎日働いている姿を見て、「いつか継ぐのかな」とぼんやり考えていたのを覚えています。直接お店に立つというよりは、「自分に何かできることはないかな」と考えることが多かったです。高校受験のときも、その考えは自然と頭にありました。もし簿記や経理の知識を身につければ、家の仕事を支えることができるかもしれない。そんな思いから商業高校へ進学し、そのまま経理の道へ進みました。
社会人になってからは何度か転職を経験しましたが、最終的にはアパレル会社で13年間勤務しました。昨年の6月まで勤めていたので、自分の社会人人生のほとんどをその会社で過ごしたことになります。
経理という仕事は、会社のすべての数字を見る立場です。売上や利益だけではなく、社員一人ひとりの給与、お金の流れ、経費の使われ方など、会社の裏側がすべて見えてしまいます。もちろん、会社というものは理想だけでは成り立ちませんし、綺麗事だけで回るものでもありません。ただ、長く働く中で、どうしても納得できない部分や、「これは違うんじゃないか」と思う瞬間も増えていきました。
誰かが我慢していたり、不公平さを感じたり、数字だけでは割り切れない場面がたくさんありました。それを13年間見続けていると、少しずつ自分の中で違和感が積み重なっていき、「このままでいいのかな」、「本当に自分がやりたいことって何だろう」そんなことを考える時間が増えていきました。とはいえ、経理という仕事自体が嫌いだったわけではありません。むしろ、誰かを支えるという役割にはやりがいを感じていました。経理はバックオフィスの仕事なので、表に立つことは少ないですが、会社を裏側から支える大切な役割です。だからこそ、「働く人たちには笑顔でいてほしい」という思いは、若い頃からずっと持っていました。
会社員時代から、私が一番大切にしていたのは「笑顔で仕事をすること」です。シンプルすぎるかもしれませんが、人生の大半は仕事の時間です。その時間を苦しい顔で過ごすより、笑って過ごせる方が絶対にいい。だからこそ、自分自身も笑顔でいたいし、一緒に関わる人たちにも笑顔でいてほしいと思っていました。
そして気付けば、「自分ももっと我慢しない生き方をしてみたい」と考えるようになっていました。
“飲めるようなわらび餅”との出会いが変えた価値観

現在は、経理のサポートやコンサルのような仕事もしながら、わらび餅を中心とした商品の販売をしています。「なぜ経理からわらび餅なのか」と驚かれることも多いのですが、理由はとても単純で、昔からわらび餅が好きだったからです。特に柔らかい食感のものが好きで、今扱っているわらび餅を初めて食べたとき、「これはすごい」と純粋に感動しました。
一般的にコンビニなどで売られているわらび餅は、比較的しっかりした食感のものが多いと思います。でも、私が扱っているわらび餅はまったく別物です。本当に“飲めるわらび餅”と言っていいほどとろとろしており、その食感に自分自身がまず惹かれました。そして実際に販売を始めてから、この商品の魅力は味だけではないと気付かされました。あるとき、お客様から「入院している高齢の家族でも安心して食べられた」という話を聞き、喉に詰まりにくいほど柔らかいからこそ、高齢の方へのお土産として選ばれることもありました。そのときに、「商品って、ただ売るだけじゃないんだ」と実感しました。もちろん販売することは大事です。でも、その先にある笑顔や、誰かが喜んでくれる姿を想像できることに、大きなやりがいを感じるようにもなりました。
また、人とのご縁によって仕事の幅もどんどん広がっていきました。最初はわらび餅だけを販売していましたが、イベント出店で隣になった梅干し屋さんと仲良くなったことをきっかけに、今ではさまざまな商品を取り扱うようになりました。現在扱っている商品数は20〜30種類ほどですが、まだまだ可能性は広がっています。その梅干し屋さんも本当に面白い方で、感覚的にすごくフィーリングが合い、そこからまた新しいご縁が生まれていく、今はその連続がとても楽しいです。
ビジネスをする上で意識していることは、「誰かだけが損をする関係を作らないこと」です。関わった人全員が幸せになれる形を目指したい。その結果として、みんなが笑顔になれる仕事ができたら最高だと思っています。
わがままに生きた先にある、サッカーへの夢

独立するとき、不安がなかったわけではありません。むしろ、今でも怖さはあります。会社員という安定を手放して、自分で事業をやっていくというのはやはり簡単なことではありません。ただ、自分の人生を振り返ったときに、「ずっと我慢してきたな」という感覚がありました。周囲に合わせたり、空気を読んだり、自分の気持ちを後回しにしたり。もちろん、それが必要な場面もあります。でも、人生は一度きりで本当にやりたいことに挑戦しないまま終わるのは、きっと後悔すると思いました。だからこそ、「一回くらい、自分のわがままを叶える人生を歩いてみたい」と思いました。そのタイミングで、わらび餅との出会いや、人とのご縁が重なりました。そして、その先にある最終的な夢が、サッカーチームの運営です。私は昔から本当にサッカーが大好きで、観るのも好きですし、サッカーに関わる空気感そのものが好きなので、いつか自分自身がサッカーに関わる事業をしたいという思いがあります。もちろんそのためには資金も必要です。だから今は、わらび餅をはじめとした事業を通じて、どうやって価値を生み出していくか、どうやって稼いでいくかを本気で考えています。その先に、いつかサッカーに恩返しができる未来を目指して、これからも挑戦を続けていきます。
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