境目を生きる!共同体を“概念”から“実装”へ

高橋 恭文

高橋 恭文

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民間企業の経営者として複数の事業立ち上げ・経営に携わられている高橋恭文(たかはし やすふみ)さん。地域・コミュニティ領域を軸に、体験設計や事業プロデュースを手がけてきた実践型の事業家です。そんな高橋さんに今後の展望についてお話を伺いしました。

「来た球を打つ」生き方が導いた、三足のわらじという選択

見出し1画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_高橋恭文_来た球を打つ

いま私が取り組んでいることを一言で表すなら、「共同体を概念から実装へ移す仕事」だと思っています。きっかけは、地方公務員になってみようという、ある意味で“来た球を打つ”ような流れでした。現在は、北海道の上川町で総務省の地域プロジェクトマネージャー制度を活用し、会計年度任用職員として活動しています。雇われ社長でありながら、自分の会社の経営も続け、さらに地方公務員でもある。おそらく日本でもかなり珍しい立ち位置でしょう。子ども向けの事業が一段落し、その分、上川町での仕事が増えましたが、軸は変わっていません。

人口が増える時代から、人口が減る時代へ。社会の前提は大きく変わりました。一方で、テクノロジーは進化し、一人あたりができること、体験できること、残せる思い出は確実に増えています。一人に対して1だったサービスや所属が、一人に対して複数へと変わっていく。二拠点居住や“もうひとつの住民票”のような動きも広がり、暮らしのあり方は単線型ではなくなりました。その移り変わりのちょうど境目に、いま私たちは立っています。

だからこそ、生活者に対しては「体験を変える仕事」を、事業者や行政に対しては「前提を更新する仕事」を行う必要があると感じています。人口減少を嘆くのではなく、一人ひとりの可能性が拡張していく時代として捉える。その接点をつくることが、いまの私の役割だと考えています。

共同体を“応援”から“循環”へ――地域経済を編み直す挑戦

見出し2画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_高橋恭文_地域経済を編み直す

「小さな共同体を応援しよう」という、いわば概念の話をしました。しかしそこから一歩踏み込み、「共同体の中にいる人が、実際に楽しくなる仕組み」を具体化しようとしています。いま各地で進む“地域共助”には可能性がありますが、同時に課題もあります。助ける側と助けられる側という上下構造が生まれやすいこと。そして行政主導・税金依存になりがちで、持続可能性に限界があることです。

そこで挑戦しているのが、NFCカードを活用した地域内ポイント循環の仕組みです。旅行者が地域に到着した際にデポジットでポイントを購入し、それを地元の人との関わりや小さなお礼として“チップ”のように渡すことができる。お年寄りでもスマホなしで使えるカード型にし、銭湯や商店で自然に使える設計にする。協賛企業がサンプリングや体験提供を行えば、そこに新たな経済も生まれる。善意だけに依存するのではなく、行動が自然に循環を生む仕組みへと転換していくのです。

共同体を支えるのは理念ではなく、日常の習慣です。上下関係ではなく、横の関係性を育てる。助ける・助けられるを超えて、「関わる」こと自体が価値になる状態をつくる。その実験を、いま地域で進めています。

スケールを追わない勇気と、100年後に残るもの

見出し3画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_高橋恭文_100年後に残るもの

私が大切にしているのは、合理性よりも感情に寄り添う姿勢です。スマホは持っているけれどLINEは使えない70代男性の気持ちになりきる。新しいカードを持ち歩きたくないと言われれば、今あるカードに貼るだけで機能する設計にする。説明して理解してもらうより、まず行動してもらう。やってみれば分かる、という設計思想を重視しています。

よく「このモデルは横展開するのか」と聞かれます。しかし、あまりそこは考えていません。かつて「食べログ」が広がったときも、最初から壮大なスケール戦略を語っていたわけではないはずです。ユーザーや飲食店の“芯”を食っていたからこそ、結果として広がった。私も同じで、共同体のコアを捉えられれば、必要とする人は自然に増えると信じています。

これからも忘れたくないのは、「自分は共同体に生かされている」という感覚です。自分の富が増えることより、共同体が少しでも豊かになるほうが面白い。100年後、200年後に名前が残らなくても、仕組みや習慣が残ればそれでいい。人は目先のお金で揺れ動き、私も例外ではありません。それでも、迷いながら、汚れながら、それでも人間らしく生きる。その営みの延長線上に、次の時代の当たり前が生まれていくのだと信じています。

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