「100年先においしい食文化をつないでいく」大学発ベンチャー企業の本桜鱒(ほんさくらます)養殖への取り組み

上野 賢

上野 賢

2023.02.17
アイキャッチ画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム _  上野賢さん  _

宮崎大学発のベンチャー『株式会社Smolt(スモルト)』の代表取締役CEO・上野賢さん。「本桜鱒(ほんさくらます)」や「つきみいくら®」の生産、販売による魚食文化の振興、おいしい魚をつくり、未来へと文化をつなげていくために、さまざまな活動をされています。今回のコラムでは、現在の活動内容や今後の事業展開などのお話を伺いました。

大学発ベンチャー『株式会社Smolt』設立の歴史

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現在、株式会社Smoltを操業していますが、大学時代は魚の生理学やホルモン・遺伝子の研究に取り組み、その分野で公務員になり、安定した生活をしていこうと考えていました。「起業するぞ!」という意気込みは特になく、養殖産業に対しても熱意は低い方でした。

きっかけとなったのは、所属していた研究室が「現場に行くこと」を大事にしていて、養殖産業の現状を目の当たりにし、実際にお手伝いさせていただいたことです。命をかけてやっている生産者さんがとても印象的で、研究として取り組む以外にも何かできないかと考えるようになりました。

僕が大学4年のとき、宮崎大学でビジネスコンテストが開催されることになり、賞を取るというより、養殖産業の勉強ができたらという気持ちで参加しました。運よく学長賞をいただくことができて、ゲストの起業家の方と交流する機会が起業への足がかりとなりました。

応援してくださる場があることを実感でき、「起業は変わった人でなくてもできることなんだ」と、大きな後押しとなり、大学発ベンチャーとして、株式会社Smoltを設立することを決めました。

本桜鱒の養殖がもたらす地域産業の価値

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株式会社Smoltが本桜鱒の養殖を事業化したのは、大きく2つの理由があります。

1つ目は、サクラマスの生産性を上げることです。サクラマスは、寒い時期になると河川水の水温が低くなるため、餌を食べなくなるので、生産性も大きく下がります。そこで海で養殖することで、生産性を上げていくためです。

2つ目は、宮崎の地域産業に付加価値を創造すること。宮崎はブリやカンパチ、マダイなどが多く、水温が高い海で育つ魚ばかりです。これらの魚も水温が低くなると育たなくなるので、年末の出荷が終わると仕事が極端に少なくなります。地元の漁業関係の方は冬の隙間産業を探している状態でした。

冬の河川部では、水温が一桁になりますが、海では20度より下くらいで、ちょうどサクラマスが生きる適水温になります。冬のブリやカンパチが餌を食べない時期にサクラマスを養殖することができれば、地域産業に付加価値を提供できるというのが2つ目の理由です。

また、サクラマスは生態もとても面白く魅力的です。同じ環境で育ったなかでも、海に行く個体もいれば、川に行く個体もいます。地域環境によっては、湖に行くケースもあります。同じ種類なのに、環境に応じて大きくなったり、小さくなったりするので、小さい個体は、普段静かに過ごして産卵のときだけ出てくるという戦略を取ります。

サクラマスは、サケと違って川や海、湖と選択肢が多いなか、自ら選び、リスクを取って変化していく姿にとても魅力があると思います。社名である『Smolt』は、「海に行く前のヤマメ」を指しています。海に行くリスクを取って大きくなるサクラマスみたいになろうというコンセプトで、サクラマスを全面的にリスペクトしている会社です。

ANAファーストクラスの機内食に採用された黄金の「つきみいくら®」

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近年、「●●産の魚」と銘打つ魚のブランド化を耳にする機会も増えました。確かに、地名を入れると特別感もあるように感じますが、Smoltでは「ブランドは育てていくもので、お客様に認められることでブランド化していく」と考えています。

サクラマスが産む黄金のいくらである『つきみいくら®』が、ANAのファーストクラスの機内食に採用されることになったのは、講演会でANAの担当者とお会いしたことがきっかけです。

『つきみいくら®』は、黄金色のきれいな見た目が特徴で、食べ方もいろいろと提案させていただいています。なかでも、ご飯にかけて食べていただくのが一番のおすすめです。日本は昔からいくらを食べてきた食文化があるので、昔ながらの食文化をアップグレードしてもらい、伝統的な食べ方で味わってもらいたいと思っています。

株式会社Smoltのミッションは、「おいしい食文化をつないでいく」というものです。100年先にタンパク質を摂取するのに、大豆のブロックを食べる選択肢だけでなく、おいしい魚も食べていたいという思いがあります。

本当においしいものを持続的に提供できるシステムやノウハウを構築していき、回転すしの高価なお皿でサクラマスが回り、それをたどるとSmoltの稚魚だったとなるように今後も取り組んでいきます。

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