日本を、世界一若者が社会貢献をする国にする!

キャリア教育領域を中心に取り組むとともに、文部科学省アントレプレナーシップ推進大使として全国で活動されている田中海夕(たなか みゆ)さんの連載コラム第1弾です。今回は、これまでの経緯や今後の展望について綴って頂きました。
カンボジアで起業して1年!私の「人生を賭けた挑戦」

はじめまして。
株式会社Earth High School代表の田中海夕(みゆ)と申します。
私は大学2年生のとき、1年間カンボジアにボランティア留学をし、翌年、現地で出会った大学生5人とともに起業しました。
私たちが掲げているのは、「すべての人が夢を選べる世界」です。
その一つの形として、現在はキャリア教育事業を中心に活動しています。
起業から1年。事業を通じて、小中学生を中心に数千人の子どもたちと対話を重ねてきました。その中で強く感じ、驚いたのは、挑戦する人や努力する人を冷ややかに見る、いわゆる「冷笑文化」の存在です。
夢に本気で向き合おうとした瞬間に、否定されたり、笑われたりするかもしれない。
そんな空気に怖さを感じ、足がすくんでしまう子どもたちが多くいる現実に、強い危機感を覚えました。
夢と向き合うことって、本当はワクワクするもののはず。
「叶わなかったら恥ずかしい」なんて考える必要はないし、
むしろ挑戦と失敗を繰り返すその生き様が、かっこいい。
私自身、周りの大人たちのそうした価値観の中で育ててもらってきたからこそ、今、失敗を恐れず夢を選び続けることができているのだと思います。
だからこそ、こんな厳しい風潮は私たちの世代で終わりにしたい。
かつての日本が持っていた、アツいことや失敗する姿さえもかっこいいと思える価値観を、私たちの世代でもう一度つくりたい。
その想いから、「人生を賭けた挑戦」をフックに、若者と日本を結ぶ社会貢献プログラムを構想し、この春、形にすることを決めました。
挑戦する若者と、それを応援する地域が循環する社会へ

「日本を、世界一若者が社会貢献をする国にする」
これは、私の長年の夢であり、挑戦です。
私は、父がバックパッカーをしていた韓国人で、幼少期から社会貢献が身近な環境で育ちました。一方で、そうしたことに関心がない同世代に出会う機会も増え、「社会貢献って特別なもの」「自分にはハードルが高い」と感じている人が多いことにも気づきました。
彼らをワクワクさせ、納得してもらえる力を持っていない自分に、強いもどかしさを感じていました。その想いを原動力に、すべての若者を自然に社会貢献に巻き込める仕組みをつくりたいと考え、試行錯誤を重ねてきました。
その一つが、カンボジアでのツアープログラムです。
従来のように社会貢献の魅力を打ち出したプログラムでは、参加者はもともと意識の高い層に偏り、新しい層には広がりませんでした。
一方で、無料や特典付きなど参加メリットを前面に出すと、主体性が弱まり、本質的な社会貢献から離れてしまう。
この両方を経験したからこそ、同世代の目線で「関わりたくなる仕組み」と「ちゃんと意味があること」を両立させたプログラムにこだわりたいと思うようになりました。
そして何より、この挑戦は日本でやることに大きな意味があると感じています。
さまざまな国や地域を見てきた中で、改めて感じたのが、日本の可能性と人のあたたかさです。特に地方で感じた、「若者の挑戦を歓迎し、応援する風土」。
これこそが、アツいことや失敗する姿さえもかっこいいと思える価値観を育ててきた、日本の大切な文化の一つだと思っています。
私は、この文化を活かすことが、日本でしかできない挑戦や人を育てていくことにつながると信じています。
今回のテーマは、「人生を賭けた挑戦」です。
社会と関わりながら挑戦する若者と、その挑戦を支える地域。
その両方の価値を高めていくプログラムを、この春、福島県浪江町から始めます。
浪江町というフィールド

東日本大震災から15年。
復興が進む浪江町ですが、地域ごとに進展の差があり、特に若年層の不足という課題があります。しかし、実際に足を運んで感じたのは、そうした課題以上に、そしてメディアでは伝えきれていない「人のあたたかさ」でした。
震災後の浪江町は、住民の約3割が移住者です。
「みんなでこの町を盛り上げていこう」という一体感と、「まずはやってみよう」という寛大さ、そして「次は自分たちが応援する番だ」と、外から来る人を受け入れる文化が根付いています。
浪江町には、私が若者と共有していきたいと考えている“挑戦を歓迎し、応援する風土”が、まさに存在していると確信しました。
昔から変わらない土地の力や豊かな資源、そして現在の浪江町ならではの人のあたたかさ。
それらが重なり合い、日本を代表する魅力がこの町には詰まっていると感じています。
復興のその先のフェーズにある浪江町だからこそ、
外から来た若者と地域が関わることで、新しくも本質的な価値が広がっていく可能性があるのではないかと大きな期待を感じています。
その一員として関わらせていただきたいと思い、最初の挑戦の場所として浪江町を選びました。
浪江町から始まる、挑戦する若者とそれを支える地域の循環。
その広がりに関わらせていただけることを、いまからとても楽しみにしています。
次回は、具体的なプログラムの内容や、参加者の現地での活動についてご紹介させていただきます。