日本におけるクラシック音楽文化について~Vol.3 業界の問題点②~

興津 諒

興津 諒

2023.01.04
アイキャッチ画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_興津諒さん_リード楽器

現在、神奈川フィルをはじめとしたプロのオーケストラや吹奏楽で活躍中の興津諒(おきつりょう)さん。音楽と、行政や他業種大手企業との連携による業界の市場拡大と新規顧客の拡大、文化の定着に向け、全国を巻き込んだプロジェクトに企画やアドバイザーとして多数関わっています。前回のコラムに引き続き、今回もクラシック音楽業界の問題点を取り上げていただきました。

プロの音楽家のこだわりが伝わりづらい

見出し1画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_興津諒さん_楽器の調整

前回のコラムに続いて、2つ目に問題点として挙げたいのが、音楽家に対する一般的な認識の違いです。これは趣味で演奏されている方の人口が相当多くなっている事がひとつ(ここでは一般的にはプロとアマチュアの差が分かりづらく曖昧に感じられている、という意)と、「芸術家」という言葉が枷(かせ)になってしまっていると思います。

かなり難しい問題なのですが、確かにクリエイティブな部分はあるのですが、プロの音楽家が複数人で演奏する時点で「職人」の側面が強くなります。「どこが?」と感じた方も多いと思いますが、我々は演奏するにあたり、指やタンギングなど演奏テクニック以外にも身体の使い方の研究や、楽器のメンテナンス等も行っています。

その上で、現場では耳を最大限研ぎ澄ませ、一切の音程の狂いも無く他の奏者に合わせるのですが、音程だけではなく、音量バランス、息の使い方、音色、フレーズ感など、数多の事を瞬時に予測して、擦り寄せて演奏しています。毎回コンサートでは2時間、文字通り針に糸を通し続けているのです。ここが「職人」である所以です。

芸術的な部分にフォーカスして言えば、それはコンサートの内にほんの一瞬あるかないかで、ある時職人技が偶然芸術になる事があるという事に過ぎません。プロの音楽家がどこに神経を注いでいるのか、現聴衆と将来の聴衆に対して発信する人はなかなかいなかったと思います。

それはわざわざ言う場もないですし、それ自体が野暮なのかも知れませんが…敢えて今声を大にして言う事で認識が変わるきっかけに繋がればと願っております。きっとそれが後輩達の活躍を守る事にも繋がると信じています。更にここの認識があれば、自然と「技術料」という認識となり、以下の問題も少なくとも緩和できていたはずです。

「音楽家」という職業が仕事として認識されづらい

見出し2画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_興津諒さん_音楽業界の問題点

更に問題点として挙げたいのが、「仕事」としての認識が業界外の方に何故か理解されづらい事です。音楽家としてささやかでもお金を頂き、活動できるだけの技術を得るまでには、尋常では無い精神力と時間とお金を要し、本当に苦労をして辿り着いています。

たとえば1ヶ月程でトレーニングを終えるバイトを同じ日数と時間働いた場合、バイトの方が収入が大きくなる可能性すらあります。主たる職業、生きていく術であるにも関わらず、演奏単価が低過ぎて時間と労力がまったく見合っていないのです。

学校の先生が教科を教える、市役所の方が市の業務に励む、鳶職人の方が家を建てる、料理人が料理を提供する事などは私たち音楽家にとっては「演奏をする」事なのです。上記には適正な技術料が支払われ、場合によっては行政から率先して支援が行われます。しかし音楽業界は何故かまったくと言っていいほど支援のシステムが確立されておらず、蔑まれることすらあります。

例としては、有名な作曲家が結婚式で作曲を頼まれて詳細を聞くと、「それくらい無料でやって」と言われたという話や、身近でもアマチュア団体に演奏を頼まれたプロに対してTシャツ1枚で済ませた、それで無くても交通費程度しか支払われない、など数え切れない程の不遇があります。

個人的な練習もして、リハーサルにも通い、本番も一日空けて臨んで、です。「仕事」としてここまで軽んじられている業界は他にはなかなか無いのではないでしょうか。

ここには認識の違いが大きく関わっています。前項にて申し上げたように、我々が頂いているお金は職人技術に対する対価なのですが、プロのオーケストラ以外において、雇う側がそのように思ってくださっている事は皆無です。これは感覚として「団体」として捉えており、物を動かす感覚である所が大きいです。

これからは一人ひとりの技術が結集したものであるという認識が必要です。ここが上手くいっているエンターテインメントは、スポーツ・お笑い・ミュージカル・アイドルや歌手などの業界です。

これらの業界は団体でありながら個々の活躍に目が行き、個人的なファンが多く付いています。クラシック音楽業界には、今後これが一つの鍵となると思います。「この人がいるから観に行こう」これが必要だと考えます。

ちなみに、高い壁を乗り越え入団するプロのオーケストラでさえ、技術と労力に対して対価が見合わず、生活が成立するかしないか程度しか給料が支払えない団も複数存在しています。

次回は、問題に対する初動と取り組み、展望までをお話しさせて頂きたいと思います。引き続きご一読頂けましたら幸いです!