「障がい」の概念を変える!オンライン就労支援で格差のない社会へ

松川 力也

松川 力也

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松川力也さんは、14歳のときに左半身が麻痺する障がいを抱えました。それでも状況をポジティブに捉え、国際医療看護福祉大学校にて言語聴覚士の資格を取得。その後、一般社団法人『tsunagari』と、合同会社『RESTA』を同時に設立し、オンラインでの就労支援サービスを展開しています。障がい者のスキルアップを支援する場所をつくるために奔走する松川さんに、その思いと今後のビジョンを伺いました。

就労支援サービスを始めたきっかけ

見出し1画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_  松川力也さん_病室

私は、14歳のときに10万人に1人の病「脳動静脈奇形(AVM)」にかかり、左半身が麻痺して動かなくなりました。将来は漠然とお金持ちになりたいと思っていましたが、障がい者となって今までできていたことができなくなり、「これからどうなるんだろう」と不安になりました。

それでも状況をポジティブに捉えて「この経験を強みに変えていこう」と思って、21歳で言語聴覚士の資格を取得。最初に病院で働いていましたが、患者を退院させるかどうかを病院都合で決める体制に違和感を覚え、「退院後の人生が知りたい」と思って起業を決意しました。

障がい者の年収は決して高くありませんが、障がい者年金をもらいながらも生活できる資金はもらっています。一方で、就労支援B型でも働きたい人が働けないのを間近に見てきました。自分も左半身に障がいがありますが、同じ境遇の人が年収面で困らずに過ごせる環境づくりがしたいと考え、一般社団法人『tsunagari』と合同会社『RESTA』を立ち上げました。

オンライン就労支援を活用し、能力で採用してもらう仕組みづくり

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就労移行型支援と、就労継続支援A型・B型をつなぐ部分がやりたくて独立をしました。当初は医療従事者を就労支援に呼びたいと考えていましたが、障がい当事者がオンラインで学べる場所をつくれば、医療従事者がいる場所に就労支援をつなげられるという逆転の発想が浮かびました。

近年では日本でも障がい者雇用が義務付けられてきていますが、障がい者だから雇うのではなく、「●●さんを雇いたい!」というロジックを考えています。ただの人材紹介ではなく、障がい者の能力・スキル・パフォーマンスを上げていく場所をつくりたいです。

障がい者の方がスクールに通えないのは、情報を知らないことと、お金がないことの2つの理由があります。プログラミングなどのスクールに通うには何十万円と費用がかかりますし、人材紹介会社に紹介してから働くまでは半年近くのリードタイムがあります。そこで、障がい者向けのサテライト型のオンライン就労支援をつくるイメージで動いています。

アメリカでは、転職をすることで自分に合う職を見つける「ジョブ型雇用」という日本と異なった考え方があります。たとえば、人材紹介会社から「この人、仕事ができます!」と紹介された方が、スキル不足でアンマッチとなることはしばしば生じます。

障がい者の就労支援で同じ壁に当たると思い、一人ひとりと向き合ってスキルを伸ばし、資格を身に着けられるようにしたいです。客観的評価が資格によって証明できれば、仕事も依頼しやすいと思います。

障がい者に対する社会の概念を変えていく

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私自身、障がいを持っていても「明るいですね」と言われることが多々ありますが、普段から明るくしようと意識しているわけではありません。Instagramで4年間毎日「今日も最高な1日にする」とストーリーを投稿していて、今では当たり前となって習慣化しています。

始めようと思ったきっかけは、視覚的に文字を入れると、人は意識するようになると本で読んだことでした。SNSマーケティングを考えると、ポジティブな人や憧れる人に、人はついていきます。「この人はポジティブだ、明るい人だ」と自分を認識してほしければ、皆に発信していこうと、心理学的観点から始めたことが明るさにつながっているのだと思います。

私は、自分が代表を務める社団のメンバーには、いつか独立をしてほしいと思います。「私はここでしか輝けない。私が抜けたらつぶれる」といった状態にはしたくありません。「君はどこでも輝けるんだ」と、一人ひとりの「色」を自分で出せるようになってほしいです。

最終的には、「社会を変えてインパクトを与えた人」として教科書に載るような人物になりたいです。起業家としても、「障がい」という言葉の概念を変えていきたいと思います。

概念と戦うには世界を変える必要があるため、日本の障がい雇用の底上げに貢献しながら、ゆくゆくは海外へ進出することを決めています。そして、障がい福祉の関係に関わらず、障がいのハンデがあっても活躍できるチームをつくっていきます。