人が生きる「土台」に関わる――磐梯町で新たな一歩を踏み出した塚田滉大さん

岡田 慶子

岡田 慶子

2026.09.26
column_Okada Keiko

「パラレル活動家」として多角的な視点を持つ岡田慶子(おかだ けいこ)さんの連載コラム第23回です。今回岡田さんが紹介するのは、理学療法士や作家として活動しながら福島県磐梯町へ移住し,地域おこし協力隊として活動を始めた塚田滉大さん。理学療法士であり、画家、作家としても活動しています。偶然の出会いから移住を決断した背景には、暮らしや挑戦を支える環境への深い問いがありました。一歩踏み出すヒントに触れてみませんか。

セミナーもツアーも未参加。飛び込んだ一度のオフ会が移住のきっかけに

見出し1画像嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_岡田 慶子_塚田さんが描いた作品

「ここには挑戦する人たちがいて、自分も挑戦できる環境がある。こんな場所を求めていたんだと思います」

そんな塚田さんと私が出会ったのは、福島県への移住や地域との関わりを考える「ローカルシフトFUKUSHIMA」の交流会でした。「ローカルシフトFUKUSHIMA」は、年度内に都内で5回開催されるセミナーで福島のキーパーソンの話を聞き、気になった人や場所を2泊3日の現地ツアーで訪ね、地域との関わり方を探るプログラムです。

ところが塚田さんは、セミナーにもツアーにも参加していませんでした。すべてのプログラムが終わったあと、知人から福島の話を聞いて「わ、面白そう」と、年度末に開催された同窓会的なオフ会へいきなり参加したのです。しかも当日はファスティング中で、水しか飲めない状態。私は挨拶をして別れましたが、塚田さんは二次会まで参加したそうです。正直なところ、よく“強烈アウェイ確定”の場へ飛び込んだなぁと思っていました。

しかし、その後、風の便りで「塚田さんが福島へ移住するらしい」と聞きました。あのオフ会から、いったい何があったのか。気になって、改めてお話を聴きました。

「自分の興味と少しでも重なりそうな場所や、今後につながりそうな人がいたら、よくわからなくても行ってみるんです」と塚田さん。「よくわからないからやってみる」をモットーとする私には、同じ感覚で動く仲間を見つけたような嬉しさがありました。

そんな塚田さんは、オフ会で出会った磐梯町のゲストハウスオーナーに誘われ、約2カ月後、冬の磐梯町を訪ねます。町の人や地域おこし協力隊のメンバーと交流し、ワカサギ釣りやスノーボードを体験しました。さらに、皆が帰ったあとも一人でもう1泊し、ゲストハウスを手伝いながらオーナーと話しているうちに、町役場へ行くことに。役場の方と話し、町長にも会い、物件まで見て回ります。そして、その滞在中に移住を決めたのです。

求めていたのは「人」と「環境」

見出し2画像嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_岡田 慶子_磐梯町

塚田さんが暮らす場所に求めていたものは、「人」と「環境」でした。

「当たり前のことなんてない」という人生訓を持つ塚田さんにとって、大切なことの一つが「挑戦」です。磐梯町には、自ら新しいことを始め、さまざまな挑戦をしている人たちがいました。「そんなことはできない」「やめておけば」と足を止めるのではなく、「やってみよう」「やっちゃえば」と背中を押してくれる。互いに刺激を受け、励みにできる先輩や仲間がいることに、塚田さんは惹かれました。

もう一つは、自然です。新潟で育った塚田さんにとって、雪が降り、四季の変化をはっきりと感じられることは大切でした。横浜で暮らしながら、いつかは自然や季節を身近に感じられる場所で暮らしたいと考えていたそうです。磐梯町には山があり、水や野菜がおいしく、好きなスキーやスノーボードを楽しめる環境もありました。

人口約3,000人の小さな町だからこそ、誰がどんな活動をしているのかも見えやすい。自然があり、挑戦する人たちがいる。磐梯町には、塚田さんが求めていた二つのものがそろっていました。

「当たり前」を支える土台

見出し3画像嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_岡田 慶子_お気に入りのランニングコース

「人」と「環境」を大切にする背景には、塚田さん自身の経験があります。塚田さんは14歳のとき、病気によって、それまでの生活が大きく変わりました。

「当たり前は、当たり前ではない」

この言葉を口にしたときの声の強さが、今も心に残っています。

友人と話すこと。野球をすること。自分の足で歩き、好きなところへ行くこと。家族や友人がそばにいてくれること。それまで普通だと思っていた一つひとつが、決して当たり前ではなかったと気づいたそうです。

何をするにも、まず心身の健康が土台にある。身体や心が疲弊していれば、仕事もプライベートも楽しめません。また、自分が多くの人に支えられた経験から、人との関係もまた、生きていくうえでの土台だと考えるようになりました。

理学療法士となった塚田さんは、一人ひとりの身体に向き合ってきました。本人は理学療法士を「天職だと思う」と話します。一方で、病気になったあとのリハビリだけでなく、その前にある健康や、その人が暮らす地域、人間関係、教育、行政や社会の仕組みにも目を向けるようになりました。

身体にとって健康が土台であるように、人の暮らしは、周囲の人や環境、社会の仕組みに支えられている。身体に向き合ってきたからこそ、その人を取り巻く、もう一つ外側の土台にも関わりたい。地域おこし協力隊という選択は、理学療法士とは別の道ではなく、その関心が広がった先にありました。

生き生きと生きるきっかけを

見出し4画像嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_岡田 慶子_書籍

塚田さんは、書籍『大切な人を、大切にする為に』を出版し、現在は絵やポストカードの制作にも取り組んでいます。活動のコンセプトは「again」。再び、さらに、その先へ――という思いが込められています。

いつか自分の本やポストカードを、全国の書店や文房具店、病院の売店に置きたい。「お見舞いに訪れる人がカードに思いを書き、大切な人へ届けることで、うつむいている人が少しでも前を向くきっかけになれば」と、ニコニコしながら話してくれました。理学療法士として身体に関わること。絵や言葉を届けること。地域のなかで、人が暮らす環境に関わること。方法は異なりますが、根にあるのは「生き生きと生きるきっかけをつくりたい」という思いです。

「何もしなければ何も起こらない。でも、何かすれば、どうにかなるかもしれない」

知り合いのほとんどいないオフ会へ「よくわからないけれど、行ってみる」と参加したことから、磐梯町への移住が始まりました。塚田さんがこれから、この町で誰と出会い、何を始めるのか。その先がますます楽しみです。

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