峰島 新
② インフラエンジニア
③ エンジニア講師
④ 動画クリエイター
⑤ 動画編集講師
⑥ Webデザイナー
⑦ イラストレーター
⑧ 編集・ライター
⑨ ダンスインストラクター
⑩ 俳優・ダンサー

峰島新(みねしま あらた)さんは、システムエンジニアとして働く傍ら、映像制作やWeb制作やホームページ制作、さらには画像編集やライティングといった複数の仕事をしています。さらにPC業務だけにとどまらず、ダンスインストラクターのお仕事や趣味でもダンスをされています。そんな峰島さんは幼少期より広汎性発達障がい(PDD)に悩まされており、「日常生活における物事に関する強いこだわり」を持っております。なので、今回は彼独自の「物事に対する強いこだわり」についてお話を伺いました。
世の中には、新しいルートを開拓したり、行ったことのない場所へ出かけたり、選択そのものを楽しむ人がたくさんいます。しかし、私はその真逆です。私にとって「いつもと違う選択をする」ということは、楽しさではなく、脳のエネルギーを著しく消耗するストレスになってしまいます。
私は幼少期の頃から広汎性発達障がい(PDD)をもっています。この特性は、日常のあらゆる行動や選択における、徹底した「~と決まっている」というこだわりとして現れます。
今回は、周囲からは少し不思議に思われるかもしれない、私の日常の選択を100%固定化するマイルールについてお話しします。

私にとって、移動するルートや過ごす空間は、あらかじめ「これ」と完全に決まっています。
たとえば、目的地へ向かうときの道順。一度「これがベストだ」と判断したルートを見つけたら、何ヶ月、何年、何百回でも同じ道だけを通り続けます。たとえ他に近道があっても、新しいルートを探索することはしません。
街の中で入るカフェや、座る座席の位置すらも固定されています。店に入った瞬間、いつもと同じ席が空いているのを確認し、そこに腰を下ろす。その瞬間に、私の脳は深い安心感を覚えます。
「たまには違う道を歩いてみたら?」と言われることもありますが、私にとって移動や空間選びは冒険ではなく、脳のコンディションを一定に保つための儀式です。いつもと同じ景色の角を曲がり、いつもと同じ歩数で目的地に着く。その「予想通りの再現性」が、外の世界のノイズから私の頭を守ってくれているのです。

この「一択しか選ばない」というこだわりは、手にするモノやその配置にも徹底して張り巡らされています。
コンビニや自動販売機で買う飲み物は、常に「これ」と決まった銘柄のみ。服を選ぶときも、自分が「肌触りが最高で、着ていて違和感がない」と判断した同じブランドの同じ型の服を何着も揃え、それを順番に着回すだけです。カバンの中身の配置、デスクの上の物の置き場所も、ミリ単位の定位置が決まっています。
世間では「もっといろんな選択肢を楽しめばいいのに」と思われるかもしれません。しかし、現代社会は選択肢が多すぎます。何を選び、どこに置き、どう動くか。その一つひとつに迷って脳のメモリを消費することを、私のシステムは全力で拒否しているのです。
すべてを「これしか選ばない」状態にしておくことで、私の脳の中は常に余計なノイズがない、すっきりとした静寂を保つことができます。

幼い頃は、この「同じ行動やモノへの過剰な執着」が、頑固だと言われたり、融通が利かないと言われたりして、無理に「普通」に合わせようとした時期もありました。
しかし、大人になった今、私はこのこだわりをネガティブなものだとは全く思っていません。むしろ、自分を常にリラックスさせ、最高のパフォーマンスに保つための「ライフハック」だと捉えています。
自分の決めたルート、決めたモノ、決めた位置だけで日常を埋め尽くすこと。それは、どれだけ周囲が目まぐるしく変化していても、自分の中心にある「絶対的な安心のテリトリー」を自分でコントロールし続けるということでもあります。
平らで滑らかな、何でも受け入れる生き方も素敵ですが、私はこれからも「これと決まっている」という愛すべき頑固さを抱えながら、自分だけの快適な世界を淡々とデザインしていきたいと思っています。

物理的な空間やデジタル画面の固定と同じように、私の耳に飛び込んでくる「音」にも、絶対に譲れない固定のルールがあります。
外出するときは、ノイズキャンセリング機能がついたイヤホンが私の必須装備です。街の雑踏や電車の走行音、他人の話し声といった「予測不可能な不規則な音」は、私の脳のメモリを容赦なく削っていきます。そのため、移動中に聴く音楽のプレイリストや、作業中に流す環境音(ホワイトノイズや特定のテンポのビート)は、何ヶ月も同じものをリピートし続けます。
「次にどんな音が流れてくるか」が100%分かっている状態を作ることで、私は初めて外の世界の刺激から脳を守り、自分の内側に深く潜ることができるのです。私にとって音の固定化とは、外界のノイズを遮断し、脳の処理速度を安定させるための最高のリラクゼーションです。
多くの人は、常に新しい映画、新しい本、新しいニュースといった未知の情報を追い求めます。しかし、私の情報のインプットの仕方は極めて限定的です。
一度見て「面白い」「安心できる」と脳が認識した映画やアニメ、動画コンテンツは、セリフやカット割りを暗記するほど何度も「周回(繰り返し視聴)」します。展開がすべて分かっているからこそ、ハラハラすることなく、純粋にその世界観の心地よさだけに浸ることができるからです。
新しい情報を取り入れるときは、脳が相応のエネルギーを必要とします。だからこそ、日常のエンタメやインプットの大部分をあえて「すでに知っているもの」で固定化し、脳の消費電力を最小限に抑えるようにしています。この徹底した情報の絞り込みと偏愛が、私のクリアな思考を支えています。

これまでお話ししてきたように、私の日常は移動、持ち物、画面の1ピクセル、返信の手順、聴く音、そして観るコンテンツにいたるまで、無数の「~と決まっている」という硬質なルールで埋め尽くされています。
世間の「普通」や「柔軟性」という尺度から見れば、それはあまりに極端で、融通の利かない生き方に見えるかもしれません。かつては私自身も、その歪なこだわりを隠そうと、無理に周囲の流動的なリズムに合わせようとして息苦しさを感じていました。
しかし、すべての選択肢をあえて捨て、自分の世界を「お気に入りの固定化」で満たしたとき、私を縛っていたはずのこだわりは、私を外のノイズから守る最強の盾へと変わりました。
選択を固定するからこそ、迷う時間が消える。 ルーティンを愛するからこそ、脳に圧倒的な余裕が生まれる。
このガチガチに構築された「自分だけの安心のシステム」という土台があるからこそ、私はエンジニアとして果てしない論理の世界に没頭し、クリエイターとして言葉を紡ぎ、ダンサーとしてステージの上で自由にステップを踏むことができるのです。
平らで滑らかな、何にでも染まれる生き方も素敵です。けれど私はこれからも、この愛すべき頑固なこだわりを手放さず、自分だけの快適なビートで、私にしかデザインできない日常を淡々と形作っていきます。