社会学者・岸政彦さんのパラレル活動――「聞くこと」から広がる生活史の世界

「パラレル活動家」として多角的な視点を持つ岡田慶子(おかだ けいこ)さんの連載コラム第21回です。今回、岡田さんが紹介するのは、京都大学大学院文学研究科教授として、生活史、社会調査方法論、沖縄社会論などを研究されている社会学者で作家の岸政彦(きし まさひこ)さんです。研究、教育、執筆、生活史プロジェクト、Podcastや音楽活動など、複数の活動を重ねる岸さんのパラレル活動について綴っていただきました。
今月の「パラレル活動家」として紹介するのは、社会学者で作家の岸政彦さんです。
遠くから追いかけてきた岸政彦さん
これまで私がこのコラムで紹介してきた方々は、友人や知人、仕事を通じて関わりのある方が中心でしたが、今回は少し毛色が違います。岸さんは、私にとって親しい知人ではありません。
テレビで拝見し、本を読み、Podcastを聴き、XやBlueskyで投稿を追い、公開録画に足を運び、存在を知ってからの2年間余、追いかけてきた方でした。
研究、文学、音楽、そして生活史
そんな岸さん、気づけばまさにパラレル活動家ではありませんか。
大学教授という仕事は、そもそも研究者であり教育者でもあります。研究をしながら学生にも教える。その時点で、すでに複数の役割を持つ仕事だとも言えます。
さらに岸さんは、小説家でもあります。
初めて書かれた小説『ビニール傘』は、第156回芥川賞候補および第30回三島由紀夫賞候補になりました。その後も、ご専門の執筆に加え、小説も精力的に発表されています。
そして、保護犬“ちくわ”の名を冠した Podcast『ちくわ日記』のジングルでは、ギターも弾かれています。そうです、ライブ もされるほどのプレイヤーでもあるのです。

そして、岸さんのライフワークである「生活史プロジェクト」。

これは、社会の大きな構造や時代のうねりの中で、一人ひとりの個人がどう生き、何を選択してきたかを、無理のない範囲で聞き、記録していく取り組みです。
有名人や特別な成功者だけではなく、社会的地位や知名度に関わらず、その人がどこで生まれ、どう暮らし、何を選び、何を選ばなかったのか。仕事、家族、土地、時代、偶然、迷い、喜び、苦しさ。そうしたものも含めて、その人の人生として聞いていく。東京から始まった生活史のプロジェクトは、大阪、沖縄、北海道、京都へと続き、現在は名古屋で新たに始まっています。
「正解はありません」と言われる聞くこと
そしてこのたび、私は岸さんが監修される『名古屋の生活史』プロジェクトの聞き手として、300人超の応募者の中から100人の一人に選ばれました。
過日は、その説明会に参加するため名古屋へ。実家への帰省を兼ねて、ということにはなっていますが、完全にこのための帰省でした笑。

楽しみにしていた講義では、「正解はありません」と何度も仰っていたことが印象に残りました。
こう聞けばよい、こう書けばよいという一つの正解があるわけではない。だからこそ難しく、だからこそ面白い。「芯はずらさず、大枠OK」というスタンスもとても心地よく、これまで本やPodcastから受け取ってきたことを、岸さんご自身の声で復習できたような時間でした。

人の話を一日中でも聞いていたい。
そんなことを夢の一つに持つ私にとって、それが社会学とつながる部分があるとは思いもしませんでした。一方で 、岸さんの本を読むうちに、私がこれまでしてきたインタビューやキャリア支援とは、かなりスタンスの違うものだということもわかってきました。
その違いを象徴しているのが、岸さんが著書や講義の中で語られる「どれくらい積極的に受動的になれるか」という言葉です。
私は仕事柄、人の話を聞くことが多くあります。司会、インタビュー、プロフィール作成、キャリア支援。相手の話を聞きながら、その人の中にある価値や言葉を見つけようとしています。
だからこそ、つい「引き出そう」としてしまうところがあります。単純に「もっと知りたい」という思いからではありますが、相手によっては「聞き出そうとしている」と受け取られたこともあったかもしれません。
生活史では、無理に引き出さない。相手が語る範囲で聞く。人生は断片的にしか聞けないし、本音のすべてを聞けるわけでもない。それでいいのだと。

ひとりの人生を聞くことは、単なる個人の思い出話では終わらない。その人が生きてきた時代や地域、家族、仕事、社会のありようが、語りの中ににじんでいる。
インタビューしたからといって、いきなり社会を語れるわけではありません。それでも、ひとりの人の人生を聞くことが、社会を見る入口にもなり得る。その感覚を岸さんは私にもたらしてくれました。
人生を聞くことの意味を考え直す
これまで、人の経験や人生に関わる仕事をしてきました。
プロフィールをつくること。キャリアを言葉にすること。インタビューをすること。誕生日という節目に人生を聞くこと。どれも、その人が歩いてきた道を聞き、言葉にし、残していく仕事です。
しかし、生活史に触れることで、その意味や捉え方に少し変化が起きてきたように思います。
何か役に立つ言葉を引き出すために聞くのではない。
その人の強みを見つけるために聞くのでもない。
何かを探し出したくて聞くのでもない。
うまく言葉にならないことも含めて、その人の人生を聞かせてもらう。
岸政彦さんを「パラレル活動家」として紹介したいと思ったのは、活動の幅が広いからだけではありません。
研究、教育、小説、Podcast、音楽、SNSでの発信、そして生活史。
いくつもの活動の奥には、光の当たりづらいところへ目を向け、人の話を聞くことから社会や人生を見つめる姿勢があるように感じています。
遠くから追いかけてきた岸さんのプロジェクトに、今回、聞き手として参加します。
まだ入口に立ったばかりですが、私にとってこれは、単なるインタビューの機会ではありません。
人生を聞くことの意味を、もう一度考え直す時間であり、私自身のこれからにもつながっていく時間になるように思うのです。