心身ともに寄り添う障がい者支援事業所をスタートして日本社会を明るく

植田 悠斗

植田 悠斗

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運送業から福祉業界へと転身した株式会社縁の杜(えにしのもり)代表取締役・植田悠斗(うえだ ゆうと)さん。福祉の道を志したきっかけや、新たにオープンする事業所のポイントや、事業を始めたきっかけ・ビジョンを伺いました。

障がいを持つ息子のためになる仕事がしたいと福祉業界への参入を決意

見出し1画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_植田悠斗_福祉業界への参入

大阪市で障がい福祉、介護福祉における訪問ケアの事業所の立ち上げを行っています。2026年6月1日にオープンする予定です。

もともとは18歳から7年間、運送業に携わっていました。軽トラックで荷物を運送するところから後半4年間は大型トレーラーのドライバーを務めていましたね。運送業の仕事は辞めて、2026年1月から施設の設立の手続きや準備を進めたり、他の施設で介護の勉強をさせてもらったりしています。

私は6年前、20歳のときに第一子の男の子を授かりましたが、息子は身体障がいを持って生まれてきたんです。最初は自分の子どもなのにその事実が受け入れられませんでした。私の場合、同級生の中にひとり身体障がいの子どもがいるかどうかで、その障がいを持っている子と特別に仲が良かったわけではないので、なじみがないというかわからないんですよね。息子を通じて当たり前に生活できることがこんなにありがたいんだと気付くことができました。もともと起業願望があったので、ここ数年は福祉事業所の立ち上げについて考えていて、今年に入って仕事を辞めて本格的に動き出したところです。

福祉業界のことがほとんどわからないのに、この業界で起業するのは無謀なことだとわかっています。福祉業界は国や市からの給付で成り立つ事業だということはわかっているのですが、大阪市の場合、3人の事業者がいないと申請が出せなかったり、売上が立っても入金されるのは2カ月後だったりと、何かと厳しいビジネスモデルになっているんですよ。別の事業での売上があって福祉事業に取り組むのであれば問題ないと思うのですが、私の場合は福祉事業だけです。過去に副業で物販をしていたことがあるのですが、そのビジネスを選んだのは、注文が入ってから買い付けて発送するという流れでリスクがほとんどないからでした。でも、それは違うなと感じたんです。やりやすいとかやりにくいではなく、子どものためになる仕事がしたいと思いました。

自分が一番動いて相手に寄り添う障がい者支援事業所に

見出し2画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_植田悠斗_障がい者支援事業

大阪市都島区に事務所を構えていて、大阪市全域で展開していきたいと思っているのですが、特に大阪市北東の地域が利用者の数に対して事業所が少ない状況です。すでに私の事業所で契約見込みの利用者さんもいらっしゃいます。私は自分の息子が福祉業界に入るきっかけだったので、高齢の方をはじめ、18歳以上の障がい者の方、未成年の方も積極的に受け入れようと思っています。私自身が障がいを持つ子どもの父親という立場でもあるので、利用者さんはもちろん、その親御さんの不安を取り除くお手伝いができるのが我々の事業所の強みですね。私自身が有り余るほどの体力を持っているので、誰よりも動いて結果を出していきたいと思います。

チャレンジ精神は旺盛な方だと自覚しています。私が好きな言葉で「自分は自分の言葉である」というものがあります。自分の想いを発していくと結果として現れるという意味です。その言葉を大事にして生きていますね。

福祉業界歴が長くなればなるほど自分の型ができてしまい、自分の型ですべての利用者さんを当てはめてしまうという傾向があると思っています。人それぞれ求めているものは異なるので、私が人と関わる上で大切にしているのは、相手に寄り添って話を聞くことです。

まずは福祉事業で結果を出して、ゆくゆくは日本の若者を元気にしたい

見出し3画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_植田悠斗_日本の若者を元気に

事業をするからにはしっかり稼いで結果を出したいという気持ちが正直なところです。私が10代の頃に起業したいと思っていたのは高級車に乗りたい、良い生活がしたいといった理由でした。今は私利私欲のためというよりは、自分が稼ぐことで周りに可能性を見せることができると思っています。自分が何かを与える側になりたいという思いで動いていることが大きいですね。

今は目下の事業所の運営で結果を出すことが目標で、その先のビジョンはまだぼんやりとしていますね。ただ、子どもたちが担っていくこれからの日本を考えたときに不安になるのが、日本は物質的には豊かな国なのに世界的に見て若者の自殺者が非常に多いことです。物質やインフラといった目に見える物ではなく、心の問題だと思います。昔から日本人が大切にしてきたものを取り戻すような影響を与えられる存在になりたいです。そのためにまずはお金をきちんと稼ぐ必要があると考えています。