勝利より、ありがとう。

20代のすべてを捧げたボクシングを引退後、ストレッチトレーナーに転身し、全国No.1の指名を誇った和嶋俊光(わじま としみつ)さんの連載コラム第4弾です。サボることばかり考えていたアルバイトが、なぜ人生を大きく左右する天職に変わっていったのか。その転機を綴って頂きました。
燃え尽きた僕に、残っていたもの

ボクシングを引退した。
夢を追い続けた20代は終わった。
燃え尽きた。
いや、正確に言えば、燃え尽きた「燃えかす」だけが残っていた。
その燃えかすを、なんとなく始めたストレッチの仕事に注いでいた。
正直、この仕事を一生やるなんて思っていなかった。
でも、気づけば僕の人生を変えていた言葉があった。
「ありがとう。」
それは、いつの間にか僕の人生の原動力になっていた。
誰かを喜ばせることが、僕を変えた

最初は本当に適当なアルバイトだった。
ボクシングが本業。
ストレッチは生活費を稼ぐため。
どうやってサボろうか。
どうやって楽をしようか。
そんなことばかり考えている、クソみたいなアルバイトだった。
でも、少しずつ変わっていった。
お客様に喜んでもらえることが嬉しくなった。
それからだった。
練習が楽しくなった。
勉強が楽しくなった。
営業が終わってからも練習した。
休みの日も技術を磨いた。
どうすればもっと喜んでもらえるのか。
どうすればもっと身体を変えられるのか。
そのことばかり考えていた。
ボクシングと同じだった。
夢中になれるものを見つけると、努力は努力じゃなくなる。
僕は「勝つこと」ではなく、
「ありがとう」を追いかけるようになっていた。
全国1位より、嬉しかったこと

ある日、会社のグループLINEに一本のメッセージが届いた。
「店長!!指名、全国1位ですよ!!」
「……え?」
最初は何かの間違いだと思った。
ランキングは見ていた。
自分が上位にいることも知っていた。
でも、何位なのかなんて気にしたことはなかった。
僕が見ていたのは順位じゃない。
目の前のお客様だった。
もちろん、全国1位になれたことは嬉しかった。
でも、本当に嬉しかったのは順位じゃない。
「人生が変わりました。」
そう言ってくださる方がいた。
涙を流しながら、土下座をして感謝してくださったお客様もいた。
ストレッチで身体を変えたつもりだった。
でも、本当に変わっていたのは、その人の人生だった。
あの時、初めて思った。
「この仕事は、人の身体を変えているんじゃない。
人生に関わる仕事なんだ。」
ボクシングでは勝利を追いかけた。
ストレッチでは「ありがとう」を追いかけた。
そして僕は知った。
順位は誰かが決める。
「ありがとう」は、お客様がくれる。
だから僕は、
順位よりも、「ありがとう」を追いかけ続けた。