大阪・関西万博の舞台裏を語る!来場者の満足度こそイベント運営の秘訣【大阪観光局インタビュー】

ワクセル編集部

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2025年10月13日に大盛況のうちに閉幕した大阪・関西万博。開幕直後にワクセルでもお話を伺った大阪観光局MICE政策統括官兼万博・IR推進統括官の田中 嘉一(たなか よしかず)さんに、万博を終えての感想やこれからの展望についてお話しいただきました。

イベント業界関係者の「憧れ」である万博を終えて

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イベントというのは開催を宣言した時点では、目に見えない商品を売っているような仕事と言えます。「1年後に万博が行われます」と言っても、聞いている側は目の前に商品があるわけではないのでイメージがしづらく、話を聞いても「本当にやるの?」という気持ちになりますよね。しかも当初は、大手メディアを中心に「会場の建設が大幅に遅れている」と喧伝していましたから、より一層不確かな状態でした。

以前のインタビューでもお話しましたが、大型イベントを開催する仕事は「有言実行」が肝です。言ったことを現実にするためにひたすら頑張って、それが少しずつ事実として認知されるという過程を体験できたことは、とても幸せでした。私が前職で23年間取り組んできた一般的な展示会・見本市の会期はせいぜい3、4日くらいですが、万博は6か月間という長期です。しかも一般的な展示会・見本市の会場の敷地面積は大きくても20万平米程度ですが、万博は150万平米という会場で開催される、はるかに大規模なイベントでした。関わる人も多く、今までの自分のキャリアが小さく思えるほどに万博は偉大で、私自身にとっても過去最大のイベントになりました。世界が舞台の万博は、イベント業界の人にとっては野球におけるメジャーリーグのような、いつかはやってみたい憧れの一大事業だというのを実感しましたね。今までの経験とは比べられないほどの遥かに高いスキルを身につけることができ、万博に関われた幸運に心から感謝しています。

最初は万博に対して多くの人がネガティブだったので、そこに与することなく万博の価値を伝えていく必要がありました。自分の言葉でできるだけ多くの人に響くストーリーをいくつも創り上げ、目の前の人をひとりひとり説得して、批判的な状況をオセロゲームのようにひっくり返していく努力をひたすらやってきました。だからこそ、私の話を聞いて万博に興味を守ってくれた人、価値を感じてくれた人、そして「万博行きました、本当に楽しかった!」と報告してくれるなど、実際に行ってみて自分の言葉で感動を語って発信してくれる人が増えていく過程を体験できたことはこの上ない幸せでした。「有言実行」を遂行できた、という大きな自信と満足感に繋がりました。

私が今回の万博にかけていた大きな思いのひとつは、万博を大阪の人が自信を取り戻すきっかけにしたいということでした。大阪オリンピックの誘致失敗や財政の破綻もあったり、大阪発の大企業の多くが本社を東京に移してしまったり、この20年ほどは大阪の人が自信を失ってしまった時代だったと言えます。私はそれが日本全体に悪い影響を与えていると思っていたのです。

もともと大阪は「天下の台所」と呼ばれる商業都市だった歴史があって、様々な人が集まってアイデアが生まれる自由闊達な街でした。多くの革新的な商品やサービスの多くが、大阪から生まれてきました。そのエネルギッシュで元気な大阪が自信を失ってしまったことにより、日本全体の活力も失われてしまったように思います。

そんな折に、ワールドクラスのイベントである万博を成功させ、世界中からのゲストを迎え入れて華やかな6か月を滞りなく終えたことは、大阪の人にとって大きな自信になったのではないでしょうか。大阪というのはグローバル都市、パリなどと肩を並べていける中身があるんだと、胸を張っていただきたいと思います。大阪は元来、明るくてお祭り好きな人が多くて、ユーモアを大事にしている都市です。そういう人たちの元気な姿は日本中、世界中の人々を惹きつける求心力を持っている。これからもずっと多くの人の期待を集め続ける大阪であってほしいと思います。

最終目標は2030年の大阪IR!住みたい街ランキング1位を奪取するために

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万博が終わり、経済効果があったという点を高く評価してくれる方もいれば、終わって一気に客が減ったと嘆く方もいます。どちらも事実かもしれませんが、万博をきっかけに生まれた結果や明らかになった課題をどう評価し、未来の糧にするかというのが大事だと思っています。大阪の街づくりに挑む私たちにとって万博は通過点であり、目下の最終目標は2030年のIR(統合型リゾート)です。ここに向けて我々はコロナ禍の前からロードマップをつくってきて、「アジアNo.1の国際観光文化都市」としての地位確立を目指しています。私は個人的にアジアNo.1ではなく、世界No.1を目指したいと思っておりますが。そうしないと、本気になれませんし、ブレークスルーをもたらすアイデアも生まれてこないからです。

「旅行に行きたい」と思ったときに真っ先に思い浮かぶ街になれるかどうかが重要なので、観光における一つの成功指標として都市の魅力ランキングに注目しています。中でも私が重視しているのは毎年6月あたりに出る英国のエコノミスト社による「住み続けたい街ランキング」です。街の魅力を示すのには様々な観点がありますが、同社のランキングは「住む」という観点を前面に出しているのが、私が着目している理由ですね。というのは、観光をどんなに頑張っても、最終的にそこに住む人がハッピーにならなければ意味がないからです。地元の人が観光客に追いやられて、快適な生活ができないというような事態が起きては本末転倒です。

この「住み続けたい街ランキング」において、大阪は今、世界7位まで上がってきています。これを2030年までに1位にしたいと本気で思っています。この思いをできるだけ多くの人に共有し、一緒に取り組まなければならないと思っています。今回の万博で何を得て、どういう課題があって、世界No.1という大きな目標に向けて何をしていくべきか。多くの人々のアイデアとスキル、アクションをうまく融合させることが重要であり、そのために自分の夢や思いをどんどん発信していく必要があると思っています。

うまくいったこともあればうまくいかなかったことも!二つの大きな不安要素

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万博に向けた活動のうち、一番つらかったのはメディアによるネガティブ報道でしたね。イベントの集客にとって一番大事な「何が見られるのか」の情報が圧倒的に不足し、逆に建設の遅れなどのネガティブ情報の量が勝ってしまっていたから当然です。この状態をポジティブなものに変えていくというのが、壮大なチャレンジでした。私が率いる大阪観光局の万博対策チームも、会期1年半程前から博覧会協会の皆様とタッグを組んで広報活動の反転攻勢に全力を上げてきました。最後は博覧会協会さんがソーシャルメディア(SNS)の全面解禁を決断してくれたことが、最大の成功要因だったと思っています。実際に万博を訪れた圧倒的多数の人が、自分の目で見て「楽しい!」と感じたものを写真や動画に撮って流してくれたので、一部メディアによるネガティブ報道を打ち消すほどの状態となり、全体的に万博を肯定的に捉えるメディア報道へと転換していったことは、大変有難かったですね。

つらかったことの2つ目は、来場者の方々の満足度を保つことでした。私は大規模イベントの専門家なので、来場者数という数字ももちろん大事ですが、本質的には来場してくださった一人一人が満足してくれたのかが大事だと思っています。その点では、成功半分、反省半分という気持ちが正直ありますね。経験的に、来場者が増えると満足度は反比例して下がってしまう傾向があります。実際、来場者数が増えたのは嬉しいですが、はるばる万博まで足を運んだが、一つもパビリオンを見られなかった、チケットを買ったけど万博に入れなかった、という方々が多数いらっしゃいました。改善案を出し、協会にも提言はしたのですが、実現できたこととできなかったことがあります。すべて大成功とはならないのはもちろん承知のことですが、一部の方々には申し訳ない思いをさせてしまったと心苦しく思っています。

その他、万博で不安に思っていたのは交通アクセス、トラブル関係でした。特にメインの動線となる電車が一本しかないので、これが止まればパニックになるというのは明白でした。会場へのアクセスの快適さは大阪観光のイメージとして後に残りますので、我々も特に気を揉んでいました。

会期中は一度だけ、その電車が止まったことにより来場者が会場に留まらざるを得なかったというトラブルがありました。幸い、多くの人々の冷静で自発的な対応により大きな問題は避けることができましたが、迅速な判断、多言語での情報発信の徹底など、大規模イベント運営の難しさを改めて痛感する経験をしました。ただ、強調したいことは、この大きな電車トラブルが万博の会期中6カ月間で、たった一度しか起きなかったことです。これは他でもない、大阪メトロさんによる想像を絶するご尽力あってのこと。2分間隔で電車を走らせるという世界最高水準の緻密な運行スケジュールをやり遂げたことに加え、会場に近い夢洲駅だけでなく、市中のポイントとなる駅構内で、混乱と将棋倒しなどの事故が起きないように、一人一人のスタッフさんが一生懸命頑張ってくださいました。世界に類を見ない、素晴らしい運行・誘導運営だったと思っています。

また、史上初の海に囲まれた万博であり、夢洲は元々風が強い地域でしたので天候も心配でした。一番の不安要素は台風であり、大きな台風が来たら万博を閉鎖する可能性もありましたが、それが一度もなかったのは本当にラッキーでした。閉幕直前にも台風が接近しましたが、逸れてくれましたし。

お客さまの声を取り入れ、イベント中でも常に改善

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思い返せば万博は波乱のスタートでした。初日は雨が激しくなり、皆が一斉に帰ろうとしたためにゲートを出て会場すぐの夢洲駅に辿り着くまでに2時間近く待つことになってしまう事態が起きました。私も雨がザーザーと降る中で、すし詰めで身動きができない状態で待たされてしまいました。当時はまだスタッフの皆さんもオペレーションに慣れていなかったというのもあります。あれは協会の方もトラウマだったと話されています。その時はマスコミがここぞとばかりに報道しましたね。しかしながら初日のうちに、ある意味でいろいろな運営上の課題が明らかになったおかげで、以降はドラスティックに手を打てたという側面があったと私は考えています。

大規模イベントの専門家として、私が今回の博覧会協会さんの会場運営で特に評価している点は、お客さんの声を吸い上げて運営の改善を日々行っていた点です。協会の専門チームの方がSNSやコールセンターのコメントや、アンケートをとって回答を分析するなど、打てるところはこまめに手を打っていました。チケットの購入方法が複雑だという声に応えた「EXPO Quick」と言う簡易的なチケット購入システムも、その結果で生まれたシステムです。イベントが開始した後も、参加者が満足するように常に現在進行形で改善していく、これが大規模イベント運営においてとても大事です。案内表示をわかりやすく改善したり、装飾を変えたり、いろいろこまめに工夫をしている主催者のイベントは成長すると思っています。イベント進行中に問題が起きても改善をしない主催者のイベントは、不満だけが後に残って次の開催は無くなるでしょう。

特に万博は国家イベントで官僚的な運営になりがちなので、一度決めたら変えられないという対応が横行する傾向が強いのですが、協会の専門チームの皆さんは問題改善への意識が高く、嬉しい驚きでした。頻繁に現場に出かけ、行列に並んでる人の声に聞き耳を立て、「日差しが強く火除けが少ないことへの不満が大きい」と分析し、パラソルを補充することにしたりなど、実に細かく対応していました。それでもまだまだ至らないのが万博のような大規模イベントの宿命なのですが、日々改善しようとしていた協会の皆さんの「顧客主義」を感じられたことは、大変頼もしかったです。

新しいイベントの運営手法にチャレンジするのも万博

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提供:2025年日本国際博覧会協会

万博で悔しかった点といえば、海外からの参加者が当初の予想通りに伸びなかった点ですね。個人的に、最大の理由は分かりづらい予約システムだと思っています。並ばない万博というのを標ぼうしていたので、会場入場時間、イベント、パビリオンを予約できるようにしていましたが、万博IDを取得してチケットを購入して紐づけて・・・という手順は日本人にとっても複雑でしたので、増して海外の方には非常に使いづらかったようです。私自身も多くの外国人の対応をしましたが、「デジタル万博なのに利便性が低く、アプリのクオリティも低い」と酷評されてしまいました。予約システムの撤廃も含めて協会の皆様とも協議しましたが、これは途中からの大幅な改善が難しく大変心苦しい思いをしました。

海外の方はチケットだけ購入してそのまま会場に行く、という人も多かったようで、入口で「入場予約をしていないと入れない」と言われて戸惑うわけです。そして入口で入場予約の手続きをして何とか会場内に入って、せっかく日本に来たから日本のパビリオンを見たいとパビリオンに向かう。しかし日本のパビリオンに限って予約しないと見られないところが多い。二重に怒って帰ってしまう、という場面を何度も見ました。「日本人は言葉が分かるから自分で調べて対処できる。これは日本のための万博だ」とクレームを言われたり、旅行レコメンドサイトに「万博には行くな」と書かれているのを見て、非常に悔しく申し訳ない思いをしました。

万博自体が未来のことを展示する企画なので、イベント運営の手法も、参加者の満足向上のために「新しい手法にチャレンジする」という側面もありました。予約システムもその一環で、できる限り待ち時間を減らすために予約システムがいいのではないか、という前提のもと行っていたと思います。振り返ってみると、上手くいったことといかなかったことがあったなと思います。ここは率直に反省しないといけないと思います。

平和の姿を可視化した大屋根リング!未来を担う若者たちに絶大な効果

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一方、予想を遥かに超える効果を出したのが、大屋根リングでした。万博開催前、ネガティブな報道が多数を占める中で、私は「万博は平和の祭典であり、世界が分断を極めている今だからこそ価値がある」と伝えてきました。そこにおいて大屋根リングは象徴的建築であり、リングの上に登って内側を見ると各国の個性的なデザインのパビリオンがひとつにまとまって見える。世界はひとつだと視覚できる空間を作る、そこで平和を実感してもらえるはずだと。そのように伝えてきた私自身が、大屋根リングを目の当たりにして一番感動したかもしれません(笑)。

この大屋根リングを、未来を担う若者が体験できたということは意義が大きかったと思います。一つ一つは違うが世界はひとつである姿を自分の目で見たということは、国際協調や平和というイメージを持ったことに等しい。そのイメージを持った若者が、明るい未来を創り出してくれると期待したいと思います。

実際、このリングが醸し出した絶大な効果だと思いますが、一人一人が仲良くなりやすい空気を醸し出していました。各国の参加者たちは皆フレンドリーで、私も万博を通してたくさん友達ができました。大学生も最初は万博への関心が低いと言われていましたが、実際に来た学生の多くが万博に感動して「絶対に行った方がいい」と広めていってくれて。若い人の反応がとても良かったのは特に嬉しかったですね。

2030年に向け、世界最高水準の国際観光文化都市を目指す!

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万博というのはひとつの通過点、大きな目標を達成するための起爆剤です。大きな目標とは、大阪を世界最高水準の国際観光文化都市にすることです。そのために、大阪の人たちの意識変革に寄与してくれたのがこの万博だと思っています。万博の期間中は、大阪のレストラン、ホテル、交通機関、観光施設など、あらゆる場所において、世界中の人々から様々なニーズが寄せられ、今までのキャパシティを超える対応が発生したと思いますが、各現場で受け入れ対応力が高まったと同時に、もっと成長するための課題も見えました。これらは全て2030年に向けて動いていく大きな財産になったと思います。

若い人にとっても世界に目を向けるきっかけになり、視野を広く持ち世界に関心を持つことで自分の国を客観的に見られるようになった人も多かったのではないでしょうか。特に日本人は自国の評価が低い傾向にあるのですが、万博の開催で世界中の参加者が日本を高く評価することを通して、日本には世界の人々を惹きつけ、世界の発展に貢献できる歴史や文化がたくさんあることを実感できた人も多かったと思います。つまり万博とは、日本の魅力のショーケースであり、日本人にも日本の価値を認知してもらう壮大なインナーブランディングの機会でもあったと思います。美しい自然景観、サステナブルな食文化、義理人情・礼節、他人に対する思いやり、和を尊ぶ傾向など、これらは当たり前のものではなく、我々の先達が作り守り伝承してきた「財産」です。今後も引き続き、世界の発展や平和に貢献できる日本人の精神性や日本の文化を顕在化し発信していきたいと思っています。

最後に、これは私が東京から大阪に来た動機に通じることなのですが、万博を終え、この先を見据えて感じることは、日本国内のエネルギーの偏在性が着実に変化しているということですね。万博は非常にインパクトが大きかったですが、さらに2030年に開業するIRは、日本の重要産業と期待される観光・ホスピタリティ産業を劇的に底上げする可能性と求心力を持っています。このIRをきっかけにさらに西のほうに人が集まり、そうした人々が創り出すエネルギーが西日本に移動する。リニア新幹線ができれば東京周辺に住む必然性も小さくなりますので、東京の画一的価値観だけでなく様々な価値観で日本を元気にできるようになる。私はその中で新しい機軸を大阪から作れるように、2030年に向かって全力を注いでいきたいと思っています。同じ志を持った方はぜひご連絡をいただきたいと思います。一緒に日本を発展させましょう。