特活のスペシャリスト・清水弘美さんが語る「自分の願いを叶えて楽しい学校をつくる特別活動」

清水 弘美

清水 弘美

2022.09.12
アイキャッチ画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_清水弘美さん_生徒

全国学校行事研究会の会長・全国道徳特別活動研究会副会長などを務める清水弘美さん。2015年には、モンゴル・エジプトなど各国の教育者が前任校を視察に訪れ、「特別活動」「日本型教育」のモデル校として新聞各紙で大きく紹介され、話題となりました。今回の第2回コラムでは、楽しい学校を作るために、特別活動がどのように行われているかについてお話しいただきました。

「学校は何をするか全部先生が決めちゃうんだよ、だから・・・。」

3月に幼稚園を卒園して、希望にあふれて小学生になった子が6月に登校渋りになり、幼稚園で泣きながら元担任に話した言葉です。

やりたくないことをやらされる、みんなと同じ時間内にできないとならない、面白いことに気付いて先生に言いに行ったら叱られた、そんなことの連続が彼を学校へ行けなくしてしまったのです。

“プレイフル”な時間にこそ学びがある

見出し1_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_清水弘美さん_勉強お絵描き

幼児教育は楽しいことだらけです。無理に嫌なことをやらされることもありません。自分のペースで夢中になって遊んでいることをいきなりやめさせることがないように、子供の様子を見ながら保育士たちはいろいろな工夫をしています。多少の時間の変更もその他のことを調整して対応しています。

幼児教育には”プレイフル”な時間が溢れているのです。プレイフルな時間とは自分のやりたいことを、自分のペースで夢中になって遊んでいる状態です。その中に山のような学びがあるのです。とはいえ幼稚園にもカリキュラムがあります。

たとえば、母の日や父の日にあわせてプレゼントを作る。七夕に合わせて七夕飾りを作る。夏休みの前の日までには、おみこしを完成してみんなでかつぐ。お祭りごっこをするために、チョコバナナやたこ焼き、お面やヨーヨーを作るなど、きちんと計画されています。

でも、誰もやらされているとは思っていません。自分がやりたくてたまらない活動として子供たちはプレイフルな時間を過ごしています。子供がやりたくてたまらないしかけがあらゆるところに用意され、子供たちは、あたかも自分たちの願いで始まったかのように学びに向かっていきます。

教師都合の「学習」から、子供の願いを叶える「特別活動」へ

見出し2_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_清水弘美さん_子供たち絵

保育士から小学校の教師になった人が「学校の学習には必然性がない」と言っていました。学校では必然性などお構いなしで、教師の都合に合わせて学習をやらされるのです。「学校は何をするか全部先生が決めちゃう・・・」と入学したての子供が感じることとは当然でしょう。そして学校はつまらないところになるのです。

学校教育の中でプレイフルを引き継げる唯一の教育活動が、「特別活動」です。「特別活動」は子供たちが自分たちの願いを叶える時間です。そこに答えはありません。自分たちでやりたいことを皆で話し合って決め、実行することができる楽しい時間です。

多くの学校では知識や技能を教え、思考力・判断力・表現力を身に付けさせ、その結果主体的に学びに向かう力や人間性を育てていこうとしています。

しかし、知識等は道具です。どんなにたくさん道具を持っていても人は動きません。人を動かすのは意欲なのです。ピカピカの道具を持っていることと主体的に行動するようになるということはイコールではありません。

教師が言葉で教えたり、鍛えたりできるのは道具だけです。一歩目を踏み出す原動力になる意欲は、子供自身の心が動かなくてはならないのです。子供自身の願いから全ては始まるのです。

特別活動の仕掛けとは?

見出し3_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_清水弘美さん_子供たち

だから特別活動の学びは「FEEL:感じること」から始めるのです。まず子供自身が「解決したい」「作ってみたい」「やってみたい」「工夫したい」「喜ばせたい」など「~たい」という願いを持たなくては、学びに向かう必然性がないのです。

本来子供は好奇心旺盛ですから、「やってみたい」の塊のはずです。だから、幼児教育では子供たちの関心を引くような環境をつくっていくことで、カリキュラムの達成につなげています。そこには「これからひらがなを勉強します」などという、必然性のない指示から入る活動はありません。子供は大好きなお母さんに気持ちを伝えたい、自分たちの作ったものに名前を書きたいと思った時、字を知りたくなるのです。

そこには「電池を縦につなぐと電流は強くなるか調べよう」などと、いきなり興味の無いことをやらされるような活動はないのです。速く走る車と走らない車がまずそこにあって、遊んでいるうちにどうしたらもっと速く走るようになるか知りたいから、試行錯誤して考える活動が生まれるのです。

「小学校の授業には必然性がないのは仕方がない、教えなくてはならないことが決まっているのだから」と言い訳する教員が、子供の学びに向かう力や人間性を育たないように仕掛けて、意欲がなくなるように環境をつくっていることを自覚しなくてはなりません。

そこで、まず特別活動で、願いを持ち(Feel)、その願いを叶えるためにどうしたらいいかみんなで考え(Imagine)、皆で決めた方法を役割分担しながらやってみて(Do)、自分たちの願いを叶えるために頑張ったお互いを認め合う(Share)という一連の活動「FIDS(フィッズ)」に取り組ませていくのです。

自分の願いが形になっていくことが嬉しくて、楽しい学校になるのです。だからこそ、学校中で「特別活動」に取り組む時間が大切な時間になるのです。ビバ特活!