「芸術で食べていける社会」をつくる挑戦

瀬戸 志保

瀬戸 志保

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株式会社アッサンブラージュ代表取締役の瀬戸さんは、「芸術家を職業に」プロジェクトを立ち上げ、芸術を仕事として生きていける社会のシステム的構築を目指し活動させています。今回は、現在の活動内容や今後の展望についてお話を伺いました。

芸術家が生きていくための二本柱

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「芸術で食べていく」
多くの芸術家が夢見ながらも、その道の厳しさに直面しています。私はその課題に向き合い、2つの活動をしています。1つは株式会社として芸術を経済の中に組み込み、販売やマーケットを通して芸術家が収入を得られる仕組みをつくること。もう1つは一般社団法人・日本女性芸術家協会を立ち上げ、女性芸術家が孤立せず、互いに励まし合える場をつくることです。

美術大学を卒業しても芸術家として独立できる人はごく一握り。大半は教育や副業に携わりながら、自身の制作を細々と続けています。私自身、美大に通い学費や努力の大きさを知っているからこそ、この状況に疑問を抱きました。なぜ膨大な投資をしても、自らの表現で生活できないのか。その背景には「芸術を経済の外側に置いてしまう社会構造」があります。協会は芸術家同士の情報交換やネットワーク支援、また海外文化交流や女性に特化した国際的な団体を通して世界への道をつくる活動をしています。それだけでは「収入」には直結しません。だからこそ株式会社という形で芸術を社会に位置づけ直し、ビジネスを通して「支援」と「経済活動」の両輪を動かすことを目指しています。

社会課題と「心」を見つめ直して見えたアートの本質

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私が芸術の社会的役割を強く意識するようになったきっかけは、2011年の震災です。それまでの私は芸術だけに没頭し、社会問題には関心を持たない生活をしていました。しかし震災を境に、食の安全や環境破壊、教育や医療の歪みといった課題に直面し、芸術以外の世界を意識せざるを得なくなりました。一時は「食」をテーマに活動しましたが、どれほど安全な食を用意しても、人々がそれを選ぶ「心」を持たなければ意味がないと気づきました。そこで辿り着いたのが「心」に直接作用するアートの力です。

アートは人間の感情そのもの。作品を前に「説明できないけど好き」と感じるのは、無意識に触れているからです。アーティストは嘘をつけず、自身の内側から湧き出る感情を形にする存在です。だからこそ、アートは声高に叫ばなくても、静かに深く人の心に届きます。また、アートの価値を一部の権威者だけが決める時代は終わりつつあります。SNSが広がり「推し文化」が浸透した今、アートの評価も大衆に委ねられるべきです。しかし日本人は自己肯定感が低く、自分の「好き」を語れない人が多い。アートの価値判断を大衆に開き、自由に選び取れる社会にすることは、人々の心を強くし、社会全体の自己肯定感を育てることにつながるはずです。

世界に挑む女性芸術家と私の使命

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日本のアート市場は世界全体の中で1%ほどの非常に小さなマーケットです。だからこそ私は、日本女性芸術家協会の活動を海外にも広げています。トルコ・アンタルヤやアンカラでの展覧会では自治体の協力を得て会場や集客のための宣伝を無償提供してもらい、日本の女性芸術家の作品を紹介しました。さらに、世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ (Art Basel in Miami Beach)」では資金面で困難を抱える芸術家をスポンサーとして支援し、世界のコレクターに「日本の女性芸術家」を発信しました。

もちろん困難も多く、英語が不自由で人脈も潤沢ではありません。現地でのトラブルも数え切れませんが、私は「できない理由」ではなく「できる方法」に目を向けます。課題を分解すれば必ず解決策は見つかる。誰もやっていないからこそ、私にしかできないアプローチがある。そう信じて挑戦を続けています。私にとっての成功とは、数年後に「芸術で生活できるようになった」と語る芸術家が一人でも現れること。その積み重ねが社会を変えていくと信じています。「自分だけでなく、より多くの人が幸せであること」――それが私の望みです。芸術を通じて人々が心を取り戻し、自己肯定感を育み、そして生計を立てられる社会。私はその実現を使命として、今日も一歩を踏み出しています。