「忘れていた何かに気づける」小さな映画を届ける配給会社
ベルリン国際映画祭で賞賛を浴びた中国映画『小さき麦の花』。“奇跡”とまで称される作品で、現地では公開して約2ヶ月が経過してから日別興行収入トップとなる異例の大ヒットを記録しました。今回のコラムでは、配給会社であるムヴィオラ代表・武井みゆきさんに、本作品の魅力や配給までの裏話、配給するときのモットーまでたっぷりと伺いました。
『小さき麦の花』の見どころ
2022年に、新型コロナウイルスの影響で前年に続きオンライン参加となったドイツ・ベルリン国際映画祭のマーケットで、初めて『小さき麦の花』を観ました。「主人公のヨウティエとクイインに幸せになって欲しい」と、強く思ったのが率直な感想です。
さらに、貧しい農民のヨウティエと片足が不自由なクイインの2人が小さい農地を大切に耕して、家も自分たちで建てて幸せに暮らしていたのに、政策の都合で、農村を離れて町のマンションに住めだなんてひどいと憤りも感じました。感動だけでなく、中国のように広大な国には、中央に聞こえないような声を持っている人たちがいるということを伝えたいという気持ちが、弊社で配給したいとさらに思わせてくれました。
ベルリン国際映画祭ではものすごく評価が高かったのですが、結果的には無冠です。通常受賞する作品は映画祭の星取りで5点満点中の3.5点くらいの評価を受けていることが多いですが、『小さき麦の花』は4.7点くらいの高評価。それなのに無冠の理由を色々詮索する記事も読みましたが、正確なところはわからないままです。
現代では、何が幸せなのか、愛情とは何なのかが見えなくなってきているような気がします。今の自分の生き方は幸せなのだろうかと悩む人も多いと思います。この映画には、幸せ、愛情という目に見えないものの価値観を表現したシーンが散りばめられています。
ベルリンでの開催なので、参加する記者たちは欧米人が多いと思います。彼らもこの作品を観たときに自分たちが忘れていたものに気づいたかもしれません。フェイクニュースが多い現代に、真実とは何かと映画を通して感じた人もいるのではないでしょうか。
見えにくいことに気づけるのが映画の魅力
中国語タイトルは『隠入塵煙』ですが、日本語のタイトルは『小さき麦の花』とつけています。弊社内に中国語がわかるスタッフがいて、原題の意味を調べてもらいました。英語タイトルの『Return to Dust(=塵に帰る)』は、日本語だと『塵』は無駄に終わってしまうというニュアンスがあり、あきらめの感情が強いと感じたので、あまりしっくり来なかったからです。
中国の方は「ほこりや煙に紛れて隠れ入る」という意味で、タイトルについて監督が話しているインタビューも訳してもらったのですが、中国語タイトルにある“塵”と“煙”は、炊事や清掃など日常生活の塵煙を表していると話していました。
“隠入塵煙”とは、一切の大切な物事は最終的に日常に埋もれて、時間の層の中に隠れてしまう。でも塵煙こそ、生活の香り。“隠”とは見えないことですが、見えないからといって、存在しないわけではない。何気ない毎日の中に大事なものが隠れているという意味でこのタイトルをつけたそうです。
そこで、小さいけれど二人の日常で幸福だった瞬間をタイトルに入れたいと思いました。生活の中で大切だった“麦”は外せないキーワードですね。小さい麦の花は誰にも気づかれないけど、そこで生きています。
配給映画を決める時には、大きな声で発言できる人の映画よりは、みんなが気づきにくい人たちの声を届けたいと思っています。報道などでは大声の方がニュースになりますが、聞こえない声を形にできるのが映画監督だと思います。日頃、忘れてしまいがちなものにスポットライトを当てるから、観ている人が感動したり、気づきがあったりします。そうやって映画を観ると人生が豊かになるはずです。
私が好きな映画監督の言葉に『Bigger than life』という言葉があります。そこには上映されている映像として、「実物大よりも大きく」という意味がありますが、実体験では気づかないことが、映画を観るからこそわかるということでもあります。目には見えない「愛する」という気持ちや「信じる」という気持ちに、監督の視点がプラスされて自分たちだけでは気づけないことに気づけ、より深く大きい理解となって感動につながります。
奇跡と呼ばれる理由
本作は、新進気鋭の若手監督が撮ったアーティスティックな作品ではありません。伝統的な中国映画の要素を持ち合わせていながら、現代的に表現できている点が素晴らしいですよね。奇抜な映画は観る人の幅を狭めてしまいます。奇をてらうことなくどんと構えて、さまざまな人が観やすいというのは評価に値すると思います。
私の持論ですが、音がきちんと撮れているのが“良い映画”だと信じています。音の設計で映画の雰囲気がまったく変わってしまいます。中国映画は「音」が良いんですよ。食事のシーンでお茶碗がカチャカチャと鳴る音、炒める時のシャーッという音が大好きです。
中国では『文芸片(=商業目的ではなく、芸術性の高い映画)』というジャンルの映画は、今週の人気映画TOP10のようなランキングに入ることすらありません。中国での公開当初、本作は文芸片としてはヒットした映画でしたが、爆発的な人気ではありませんでした。ところが公開から約2ヶ月後、TikTokを火付け役に若い世代の間で話題となり、配信が始まっていたのにも関わらず劇場に観客が押し寄せて、文芸片でありながら突如その週の観客動員人数で1位に。それが“奇跡”と言われている所以です。
『小さき麦の花』は、ラブストーリーでもあり、生きることの意味や幸福とは何かを問うものでもあります。人間と大地との関わりや、中国という社会もテーマになっています。観た方の数だけ解釈があるようにさまざまなメッセージが込められていると思います。それが混ざり合い、また新たな捉え方を生んでいることも奇跡なのかもしれませんね。