自分に嘘をつかない生き方が、新しい景色を連れてくる

花輪 光

花輪 光

column_Hanawa Akira

代々続く大工の家系に生まれ、16歳で現場に飛び込んだ花輪 光(はなわ あきら)さん。その後、営業職を経て起業し、害虫駆除ビジネスで年商12億円規模に急成長させるも、クーデターによってすべてを失う挫折を経験しました。しかし、約50名の従業員を守るため再び立ち上がり、幾多の危機を乗り越えて黒字化を達成。波乱万丈な歩みの中で見出した「事業の流儀」や「お金の循環」、そして仲間と共に描く未来への展望についてお話を伺いました。

現場の職人から始まった反骨心と挑戦

見出し1画像嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_花輪 光_反骨心と挑戦

私の原点は、代々続く大工の家系にあります。曽祖父までは宮大工、祖父からは木造大工の一人親方として家業を営んでおり、私自身も中学校を卒業後、16歳から父親のもとで修行を始めました。宮大工の世界は「見て覚えろ」が基本で、マニュアルなど存在しない厳しい職人文化です。

しかし、現場で働き続ける中で、どうしても父親の仕事のあり方に違和感を覚えるようになりました。元請けからの指示に従い、どこか搾取され、こき使われてしまうような構図に強い反発を感じていたのです。「職人として仕事を待つのではなく、自分で直接取ってくればいい」――そう考えた私は、父親と何度も衝突を繰り返しました。喧嘩しては離れ、また戻ってはぶつかる日々が続き、25、26歳のごろ、母が泣きながら「家族が壊れてしまうから解散してくれ」と懇願したことを機に、私は実家の大工を完全に離れる決断を下しました。

職人という職業そのものに執着があったわけではないため、生活のために広告代理店の営業へと転身しました。その後、リフォーム会社の営業も経験し、自分で案件を獲得するスキルを身につけていきました。「普通はこうするべき」という世間のレールに縛られるのが昔から嫌で、転職を繰り返すくらいなら自分で始めた方が早いと考え、地元の職人仲間を集めて最初のリフォーム会社を立ち上げたのです。

急拡大の代償と、クーデターによる転落

リフォーム会社の立ち上げから1年ほど経った頃、かつての上司から「害虫駆除のビジネスがとにかく儲かっている」という話を聞く機会がありました。現場の実情やトップ営業マンの勢いある数字を耳にした瞬間、「自分でやれば倍は売れる」と直感したのです。

Web広告を打ち出してみると、初日からすぐに問い合わせが入りました。ネズミやアライグマの被害に頭を抱えるお客様のもとへ駆けつけ、真摯に駆除の提案をしたところ、高単価な契約にもかかわらず、心から深く感謝されました。これまでのリフォームや広告の営業では味わえなかった、「稼げて、同時に相手から心底喜ばれる」という体験に強い可能性を感じたのです。

すぐに全国展開へと舵を切り、仲間を募って関東、関西、東海、九州へと一気にエリアを拡大させました。事業は急成長を遂げ、初年度で年商6億円、2年目には12億円規模にまで到達しました。

しかし、急激な拡大と多額の資金は、組織の歯車を狂わせていきました。「案件を取ってくるのは自分だから、自分がいないと回るはずがない」と過信していた私は、警戒心もなく周囲に株式を分配してしまっていたのです。加えて、私自身の強引なワンマン気質も災いし、水面下でクーデターが進行していました。気づいたときには議決権を完全に奪われ、会社から追い出される構図が出来上がっていたのです。追い出されるくらいならと、私は2年目の終わりに自ら代表を辞任し、築き上げたすべてを手放すことになりました。

仲間と踏ん張った再生の道、そして黒字化へ

見出し2画像嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_花輪 光_仲間と踏ん張った

手元には何の収入も残りませんでしたが、私を信じてついてきてくれた従業員が約50名いました。彼らとその家族の生活を守るため、ゼロから再び害虫駆除の新会社を立ち上げました。

しかし、現実は甘くありません。立ち上げ当初は毎月数千万円単位の凄まじい赤字が続き、自分の車、時計、株式、暗号資産など、換金できる私財はすべて売り払って支払いに充てました。私財が底をつき、窮地に陥ったタイミングで奇跡的に8,000万円の融資が通ったものの、焦りから投じた資金をさらに失うなど、文字通り踏んだり蹴ったりのどん底を味わいました。

あまりの苦しさに、私自身「いっそのこと会社が潰れてくれないか」と弱気になり、途中で匙を投げかけたこともあります。それでも会社が倒れなかったのは、私以上に現場で必死に踏ん張ってくれた幹部や従業員がいたからです。彼らは私が私財を投げ打つ姿を見て、「社長が出した分を絶対に取り戻す」と前を向いて事業を支え続けてくれました。赤字を埋めるべく泥臭く現場を走り続けた結果、創業7年目の年初、ついに念願の黒字化を達成することができました。

この壮絶な再起の過程で、私の仕事観は大きく変化しました。事業を営む以上、「まず前提として稼ぐこと」は絶対に不可欠です。稼げなければ、お客様への迷惑や提携先への未払い、従業員への給料未払いにつながるからです。しかし、人を貶めたり、私利私欲のために嘘をついたりすることは絶対に許されません。

何より学んだのは、「お金の循環構造」です。利益をストレートに自分のためだけに使うのではなく、社員、社員の家族、そしてお客様へ先に還元していく。遠回りに見えても周囲へと循環させていくことで、結果的により大きな輪となって自分に戻ってくるのだと、肌で実感しています。

「自分に嘘をつかない」新しい景色を全員で見に行く

見出し3画像嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_花輪 光_新しい景色を全員で

現在、私は次の明確な目標として「売上100億円・利益10億円の企業体をつくる」というビジョンを掲げています。

なぜその規模を目指すのか。それは、どん底の時期を共に乗り越え、ついてきてくれた社員やその家族全員に「新しい景色」を見せたいからです。私自身は今、お金や時間に縛られず、自分に嘘をつかずにやりたいことを選択できる生き方ができています。しかし、現在の企業規模では、まだ全社員が同じように自由な選択肢を持つことは難しいのが現実です。

「お金がないから」「時間がないから」と言い訳をして、やりたいことを諦める必要のない状態をつくりたい。行きたい場所に行き、挑戦したいことに挑戦し、自分に嘘をつかずに生きられる環境を全員に手渡したいのです。私自身がかつて見てきた広い世界の選択肢を、今度は支えてくれた仲間たち全員と分かち合うことこそが、経営者としての私の大義です。

これから新たな挑戦や起業を志す若い世代にも、ぜひ心に留めておいてほしいことがあります。それは、「誰かが作った基準ではなく、自分に嘘をつかない選択をする」ということです。

目先の金儲けや他人の都合で作られた情報に惑わされず、「何のためにやるのか」「誰かのため、世の中のためになるのか」という本質的な動機を大切にしてください。挑戦における1回目の失敗は、単なる「初めての経験」に過ぎません。10回挑戦して1回当たれば良いという姿勢で試行錯誤を繰り返していけば、失敗は失敗ではなくなります。

利己的な欲に走らず、周囲のために誠実に進んでいれば、苦しい局面でも必ず誰かが手を差し伸べてくれます。自分に嘘をつかず、正しい方向へ進み続けること。その覚悟さえあれば、どんな困難の先にも、必ず想像を超える新しい景色が広がっているはずです。

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