仕事に悩んでスペイン巡礼へ。100km歩いて気づいた「人生は道のり」

観光・地域づくりの分野で歩んできたともさんが、仕事への情熱を見失ったことを機に挑んだスペイン巡礼の旅。100kmの道のりを歩き続けた先で見つめ直した「働くこと」と「生きること」の輪郭とは。立ち止まり、悩みながら進むすべての人へ贈るコラムです。
「このままでいいのかな」
仕事をしていると、ふとそんなことを考える瞬間がある。
僕の場合、それがだんだん大きくなっていた。
これまで旅行や観光に関わる仕事をしてきて、いろいろな地域を訪れ、人と出会い、新しいことをつくることには大きなやりがいを感じてきた。
ただ、ある部署異動をきっかけに、自分が仕事に対して感じていた情熱がなくなっていた。
そんなとき、以前から興味があったスペインの「カミーノ・デ・サンティアゴ」を歩いてみることにした。
目的地は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ。
今回は、その手前にあるサリアからスタートし、約100kmを5日間かけて歩く。
観光ではない。毎日ひたすら歩く。
そして、その時間の中で、自分自身と向き合ってみようと思った。
いよいよ、100kmの旅が始まる
出発の日。前日からサリアという町に泊まっていた。
朝7時半ごろに宿を出たが、外はまだ夜中のように真っ暗だった。
「本当にこっちで合っているのかな?」
サリアの町を歩きながら、巡礼路を示す黄色い矢印を探す。
ところが、なかなか見つからない。
昨日の夕食帰りに見た矢印を思い出し、とりあえずそこへ向かうことにした。
途中、巡礼者らしきスペイン人女性2人組を見つけ、一緒に歩く。
黄色い矢印を見つけたときは、ちょっとほっとした。
そして、いよいよ出発。
町を抜けると、少しずつ巡礼者が増えていく。
朝もやの中に広がる田舎道。牛や馬がいる。
林の中を歩いたかと思えば、青空の下に広大な景色が広がる。
「ああ、カミーノに来たんだな」
そんな実感が少しずつ湧いてきた。

途中の小さなカフェで紅茶とバナナを食べ、クレデンシャルに最初のスタンプを押す。
こうやって一つずつスタンプが増えていくのも、巡礼の楽しみのひとつだった。

それにしても、スペインは何を食べても美味しい。
疲れた体で食べるピザトーストが、驚くほど美味しい。

「こんなに普通のものがうまいのか」
そんなことを思いながら、また歩く。
初日は足がまだ慣れていない。
プルプルになりながら、なんとかポルトマリンという町へ到着した。

宿泊するのは「アルベルゲ」と呼ばれる巡礼者向けの宿。

80人ほどが同じ部屋で眠ることもあり、普段ならなかなか経験しない環境。
それでも、シャワーを浴び、洗濯をして、食事をして、ベッドに入る。
21時や22時には自然と眠くなる。
シンプルな生活だった。
歩く、食べる、また歩く
2日目になると、少しずつ歩くことにも慣れてきた。
朝はまだ暗い。
歩いているうちに朝日が昇り、冷えていた身体が少しずつ温まっていく。
小高い丘を越えると、目の前に広大な景色が広がった。

歩いて、休憩して、食べて、また歩く。
身体は疲れる。
でも、不思議と嫌な疲れではない。

歩いていると、頭の中が整理されていく
3日目、4日目になると、歩くことそのものにはかなり慣れてきた。
そこで、ある変化に気づいた。
歩いている間、ものすごくいろいろなことを考える。
仕事のこと。
家庭のこと。
人間関係のこと。
これからの人生のこと。
普段なら頭の中をぐるぐる回り続けるようなことを、歩きながら一つずつ考えていく。
そして、不思議と少しずつ整理されていく。
「悩んでいても仕方ないな」
そう思えるようになると、今度は目の前のことに意識が向いてくる。
風が気持ちいい。
足が少し痛い。
次のカフェはどこかな。
今日の夕食は何を食べよう。
そんなふうに、意識が「今」に戻ってくる。
これが、いわゆるマインドフルネスなのかもしれない。
今回のカミーノでは、「歩く瞑想」を一つの目的にしていた。
実際に歩いてみると、ただ歩くだけなのに、頭の中が少しずつ静かになっていく感覚があった。
一人で歩く。でも、一人ではない

カミーノでは基本的に一人で歩いた。
ただ、完全に孤独というわけではない。
道中では、ポーランド人、ベネズエラ人、イタリア人、スペイン人など、さまざまな国の人たちと出会った。
同じ方向に歩いていると、自然と会話が生まれる。
そして、また別の場所で偶然再会する。
「さっき会った人だ」
そんな小さなつながりが、旅をより楽しくしてくれた。
そこで改めて気づいた。
自分は、人と話すことが好きだ。
同じ目標に向かっている人と話すことが好きだ。
当時、仕事では人と話す機会が少なくなっていた。
そのことに少しモヤモヤしていた自分にとって、カミーノでの出会いは、自分が本当に求めているものを教えてくれたように思う。
最後に待っていた「試練」
そして5日目。
いよいよサンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り10km。
ところが、その日の朝は今までとは違った。
まだ真っ暗な中、林の中へ入っていく。
周りには誰もいない。
ライトを点けないと前が見えないほどの暗闇。
「道を間違えたんじゃないか?」と思った。

でも、黄色い矢印はちゃんとある。
ならば進むしかない。
不安を抱えながら、一歩ずつ前へ進んだ。
しばらくすると、空が少しずつ明るくなってきた。
月明かりから朝日へ。
さっきまでの不安が、すっと消えていく。
今思えば、ゴール直前に最後の試練を与えられたようにも感じる。
そして、その先で一人のアメリカ人男性に声をかけられた。
「Where are you from?」
「Japan」
そう答えると、
「え、日本かい?」
まさかの日本語だった。
日本に37年間住んでいたという彼は、とても陽気で、最後の道のりを一緒に歩くことになった。
仕事に悩んでカミーノに来たことを話すと、彼はこんなことを言ってくれた。
「40代はまだ人生のhalf wayだ。これからもっと良くしていけばいい」
最後の最後に、そんな言葉をもらえた。
偶然の出会いだった。
でも、あの場所で、あの時間に歩いていたからこそ生まれた出会いだった。
そして、ゴールへ

町並みが少しずつ変わっていく。
車が増え、建物が増える。
そして、古い町並みの向こうに大聖堂が見えてきた。
坂を下り、短いトンネルを抜ける。
広場に出て、振り返る。
そこには、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂があった。

「ついに着いた」
感動で涙が出そうになった。
達成感。
終わってしまう寂しさ。
大聖堂の壮大さ。
いろいろな感情が一気に押し寄せてきた。
約100km。
5日間。
長かったような、あっという間だったような。
でも、不思議なことに、ゴールした瞬間に「もっと歩きたい」と思った。
そこで初めて気づいた。
目的は、ゴールに着くことだけではなかったのだ。
歩いている時間そのものが、旅だった。

ゴールの先で考えたこと
到着後は巡礼証明書を受け取り、12時のミサにも参加した。
運よく、大きな香炉を振る「ボタフメイロ」の儀式を見ることもできた。

その後は市場を歩き、スペイン料理を食べ、町を散策。
夕方には大聖堂を照らす美しい夕陽を眺めた。
夜には、昼間とはまったく違う静かな大聖堂を見に行った。
広場に座りながら、この旅を振り返った。
今回のカミーノに来た理由の一つは、仕事について悩んでいたからだった。
1年半ほど前の望まない部署異動をきっかけに、自分が仕事に何を求めているのか分からなくなっていた。
でも、5日間歩いてみて、少し答えが見えた。
自分は、ただ穏やかに過ごせればいい人間ではない。
目標に向かって進んでいるときにこそ、生きている実感がある。
新しいことに挑戦する。
知らない場所へ行く。
人と出会う。
経験する。
そして、また次の場所へ向かう。
たぶん、そういう生き方が自分には合っている。
「心を燃やして取り組める仕事がしたい」
カミーノを歩いたからといって、仕事の悩みがすべて解決したわけではない。
人生の答えが見つかったわけでもない。
でも、頭の中にあったモヤモヤは、少し軽くなった。
そして、これからどちらへ進みたいのか、その方向だけは少し見えた気がする。
人生は、どこかにたどり着くことだけが目的ではない。
一歩一歩進みながら、その途中で何を感じ、誰と出会い、何を考えるのか。
その積み重ねこそが、人生なのかもしれない。
約100kmのカミーノを歩き終えた今、そんなことを思っている。
そして、たぶん僕のカミーノは、ここで終わりではない。
また次の道を歩き始めるのだと思う。
