飯髙 裕子
ビューティータッチセラピスト

山梨大学工学部卒業後、子育てを経て仕事を再開し、現在は通信系のバックヤード業務と並行してお菓子作りを行う飯髙裕子(いいだかひろこ)さん。1年半前からは身体と心を調えるグルテンフリーのお菓子ブランド「ROCCO」を展開しています。今回は、常に全力で走り続けてきた、思いがけないトラブルから得た「大切な気づき」について綴って頂きました。

私は、「自分がやらなければ」。
そんな思いで、ずっと生きてきた気がします。
どんな時も全力疾走。
やるなら納得できるまでやりたい。
中途半端な結末は昔から好きではありませんでした。
一度決めたことは最後までやりきる。
それが当たり前だと思っていました。
ROCCOを立ち上げた頃もそうでした。
友達に勧められたことがきっかけとはいえ、お菓子を専門的に学んだわけではない私が、お菓子を販売するなんて本当にできるのだろうか。
そんな不安は、いつも心の片隅にありました。
それでも、お菓子を作ることは好きでした。
「おいしい」と言っていただけることが何よりうれしかった。
だからこそ、
「少しでもおいしいものを。」
「食べた人が満足できるものを。」
そんな思いで試作を繰り返し、イベントに誘っていただいては販売する日々が続きました。
最初の一年半ほどは、定番商品というものもなく、思いつくままにいろいろなお菓子を作っていました。
そんな中で、ぼんやりと分かってきたことがありました。
マルシェでは、ふわふわしたケーキがよく売れること。
知名度も、お店もない私のお菓子を買ってくださるのは、偶然出会ってくださったお客様や、一度食べてくださった方のご紹介ばかりでした。
少しずつイベントで完売することが増え、季節限定の商品を楽しみにしてくださるお客様も現れました。
そんな頃、私はフルタイムで仕事をしながら、お菓子を作る毎日を送っていました。
一方で、長野で一人暮らしをしていた父の様子が、コロナ禍を境に少しずつ変わっていきました。
認知症ではないか。
そんな不安を抱えながらも、奈良から長野は簡単に通える距離ではありません。
父は足も悪くなり、転ぶことが増え、病院で認知症と診断されました。
そこから施設探しや通院が始まり、私は月に一度、奈良から長野へ通う生活になりました。
妹や母は私より近くに住んでいたので、もっと頻繁に父のもとへ通っていました。
私は、「何もできていない」。
そんな思いを、自分でも気づかないうちに抱えていたのです。

そして、父の施設入所が現実になり、翌日長野へ向かう予定だった前日。
会社を退職する半月前の、2025年3月。
通勤途中の駅で私は転倒しました。
気づいたときには肩をひどく骨折し、そのまま救急搬送。
「すぐ手術が必要です。」
そう告げられました。
それでも私が最初に医師へ尋ねた言葉は、
「明日、長野へ行く予定なんですが、無理でしょうか?」
今思えば、肩を骨折した人が最初に聞く言葉ではありません。
でも、その時の私は、
「私が行かなければ。」
その思いしかなかったのです。
手術を受け、一か月固定し、その後一年近くリハビリを続けました。
そんな時、整体のお友達に言われた一言があります。
「肩を骨折する人は、背負いすぎてるんですよ。」
その言葉が胸に刺さりました。
私は、自分でも気づかないうちに、背負える以上のものを抱えていました。
父のこと。
仕事。
お菓子。
全部、自分がやらなければと思っていたのです。
でも、本当に相手を大切にするということは、自分を犠牲にすることではありませんでした。
自分を大切にできなければ、結局は誰かに迷惑をかけることになる。
誰かを助けることもできない。
それを、身をもって学びました。

それから私は少しずつ生き方を変えました。
仕事は、自分の時間が持てる働き方へ。
父のところへ行くのも、無理をせず予定を組むようにしました。
そして、お菓子作りも変わりました。
やみくもに新しいものを作るのではなく、一つの商品とじっくり向き合うようになりました。
ROCCOの定番商品も、その頃から少しずつ形になっていきました。
私が作るお菓子は、小麦粉と白砂糖を使いません。
保存料も使わず、添加物もできるだけ使いたくない。
旬の素材を生かし、作りたてだけでなく、時間が経ってもおいしく食べられることを大切にしています。
でも、一番大切なのは、作る私自身が楽しく作れていることです。
食べ物には好みがあります。
それぞれが好きなものを選び、おいしく食べる自由があります。
だから私は、その自由な時間に、ほんの少し寄り添えるお菓子を作りたい。
ROCCOという名前は、イタリア語で「休息」という意味です。
体だけではなく、心もほっとできる時間。
その時間を届けたいという思いを込めて、この名前を付けました。
以前の私は、「自分がやらなければ」と走り続けていました。
でも今は違います。
まずは自分を大切にすること。
そうして初めて、本当の意味で誰かを大切にできる。
そんなことを、骨折という思いがけない出来事が教えてくれました。
だから今日も私は、ワクワクしながらお菓子を焼いています。
その一つひとつが、誰かの「ほっとする時間」につながることを願って。