多様性教育ファシリテーターとして向き合う「ダイバーシティの現状と課題」
世界にはさまざまな国籍、文化、宗教、性的指向、性別、発達、身体機能、働き方、年齢、価値観を持った方々がいて、誰もが自分らしく生きる社会をつくりたい。そんな思いからBridge Projectを立ち上げた内山唯日さん。ヨーロッパで学んだことをベースに『多様性教育ファシリテーター』として活躍する内山さんに、現在の取り組みを始めたきっかけや、今後の展望について伺いました。
誰もが生きやすい社会をつくりたい
私は、『多様性教育ファシリテーター』として、多様性(=ダイバーシティ)を自分事にする活動を行っています。Bridge Projectを通して多様性を認め、自分らしく幸せに暮らせる社会を実現するために学校や自治体での体験型のワークショップや、企業研修を行っています。
活動を始めたきっかけは、だいぶ前にさかのぼります。私はイタリアと日本のミックスルーツで、イタリアで育ちながら小学校6年生まで日本人学校に通っていました。自分がマイノリティであると強く感じて育ち、マイノリティに関して深く関心がありました。
その後、ローマのラ・サピエンツァ大学で東アジアの言語と文化を専攻し、中国語を学びました。そして、中国に短期留学をした際に、中国社会のマイノリティに関心を持つようになり、中国の大学院で少数民族を研究することにしました。
ただ、ちょうど修士論文を書くタイミングにヨーロッパ全体で難民危機が起き、アフリカやシリアから大量の難民がヨーロッパに訪れました。難民が一番最初に辿り着くのがギリシャ・イタリアで、故郷のローマにも移民や難民の方が大勢来たのです。そのため最終的にはローマに戻り、移民の方をサポートする団体にてフィールドワークを行い、移民の適応過程におけるボランティア団体の役割について卒業論文を書きました。
現場では、主に語学教育や演劇を通して、移民の方向けに居場所づくりのサポートを行いました。しかし、それだけでは私がイメージしていた移民・難民の方も住みやすい社会が実現しません。社会全体に対する啓発活動が必要だと実感しました。
けれども、実際にどこから始めたら良いか分からなかったので、まずはEUの研修を受講。その研修では、先生が何かを教えるのでなく、ファシリテーターが学びあいの場を取りまとめるノンフォーマル教育が使われていました。
そこで、多様性・異文化理解について学び、体験を通して自分の中の思い込みや、行動の癖に気づくことができて衝撃を受けました。研修には何度か参加し、多様性教育の体感型メソッドを得ました。
その後、就職のために日本に移住し、日本語教師などの教育関係の仕事を始めました。そして、外国ルーツの子供に日本語を教えるようになると、周りの受け入れ体制に疑問を持つようになりました。
たとえば「イスラム教の子がヒジャブをまとっていることに対して周りの理解があるか」などを考え始めるうちに、イタリアにいた時と同様に啓発活動の必要性を感じるようになりました。
そこから、ファシリテーターとして研修・公演などができると公言したところ、徐々に依頼が来るようになって、Bridge Projectを立ち上げたというのが経緯になります。また、私自身ミックスルーツで、マイクロアグレッションを受けることも多く、日本で生きづらさを感じていたのも活動を始めたひとつのきっかけです。
加速する日本の多様性
日本社会の「多様性」に今まで気づけなかった人、今でも気づけていない人が多いと、私は感じています。たとえば、植民地主義などの影響で昔から日本に住んでいる韓国・朝鮮・台湾・中国の方は国籍は違えど見た目は大きく変わりません。
そして日本社会で差別・抑圧を受けてきたことが理由で、ほとんどの日本人からは「多様性」として捉えられてこなかったのだと思います。そのような歴史もあり、「日本が同質性の高い国である」という誤った思い込みが生まれてしまったのではないでしょうか。
ただ、「多様性」は国籍や民族だけでなく、性的指向、性別、身体機能、発達特性、価値観、年齢、働き方などの観点からも存在します。そう考えると、日本に住む人は本当に多様です。
「多様性は本当に必要ですか?」「メリットはなんですか?」と聞かれることがよくあります。ただ、多様性が必要か不要かという議論をする以前に、グローバル化や価値観の多様化は止められないプロセスです。インターネットを通して違う価値観に触れる機会は日々増え続けています。
たとえばLGBTQの方が前よりオープンに発言し、権利を得るために活動をするようになってきたり、女性が男性と同等の立場や給料を求めるようになったり、障がいを持った方が簡単な単純労働だけでなく、もう少しやりがいのある仕事がやりたいと思うようになるのは自然現象であり、社会の発展を表しています。
そして、価値観の違いも増えてきています。ジェネレーションギャップや企業内での世代間の衝突なども社会の多様化の表れであり、ダイバーシティ&インクルージョンの観点を取り入れることで軽減できます。
多様化する社会で、自分と異なる考え、価値観、アイデンティティの人を認めない態度を続けるといろいろな問題が生まれてきます。たとえば優秀な人、イノベーションを起こせる人、新しいアイデアを持った人が「自分は認められないな」と思ったら海外に流出する場合もあります。
また、会社での勤務を諦めて起業をしたり、フリーターになる人も増えてくるのではないでしょうか。どちらの場合でも、人手不足に繋がります。これからは対話を通してみんながどういうニーズを抱えていて、どうすればみんなが共生していけるかを考える必要性があるのではないでしょうか。
ダイバーシティ推進の課題と取り組み
現在私は、どうすれば一人ひとりがダイバーシティをより身近に感じられるようになるか 、試行錯誤しながら活動しています。まず、人生のなかで、ダイバーシティについて考える時間がどこかで必要だと思っています。たとえば、みんなが通る場所である会社・学校などで触れる機会をつくることで、よく多くの人にリーチできると思っています。
私は現在、活動を広げることに苦労しています。そもそも日本社会には「多様性って必要?」「インクルージョンって必要?」と思っている人が多いのが現実です。特に決定権を持っている人の中には、差別や抑圧といったマイノリティ体験をしたことがない人が多いのが現状です。そのため、少数派がどのような気持ちで、どういうことに困っているのか想像ができないのです。
最近、テレビや講演会でLGBTQなど、マイノリティの話を聞くことが増えてきました。ただ実際に当事者の方と対話を重ね、自分の立場を見つめ直さない限りは「こういうことなんだろうな」という大雑把なイメージしか持つことができません。そして、「マイノリティを含めた誰もが住みやすい社会をつくるため」「人権のため」と言っても響きません。
そこで私が工夫しているのは、ダイバーシティを促進することで生まれる別の付加価値を同時に伝えていくこと。たとえば、会社だったら「離職率低下」「人材確保」「心理的安全性の向上」、自治体だったら「地域活性化」、学校なら「安心安全な学校環境づくり」「不登校の問題」などの課題とダイバーシティは深く関係しています。
今はひとりで活動をしていて限界を感じるところがあります。だからといって社員を雇ってできるような規模感でもありません。そして、私がヨーロッパで学んでアレンジしたメソッドを体系的にやっているファシリテーターが日本にまだほとんどいないのが現状です。
今後は規模感を広げていくためにも、たとえば養成講座を立ち上げ、学校の先生や企業の人事担当者が使えるワークを教えられる場を提供できれば、どんどん広がっていくのではと考えています。