医療者専用リスキリングスクール『Medi+』が立ち上がるまでの軌跡
薬剤師としてのキャリアを順調にスタートさせた松岡磨衣子(まつおかまいこ)さんは、新卒半年で突然の病気に見舞われ退職を余儀なくされました。それでも、全国を転々とする派遣薬剤師としての経験を生かし、医療ライターに転身。現在では医療者専用リスキリングスクール『Medi+(メディタス)』の運営など3つの事業を手掛けています。どのような経緯をたどって今に至ったのか、その軌跡を伺いました。
新卒から半年で『左顔面神経麻痺』を発症
私は現在、株式会社Meditedの代表取締役を務めています。私が手掛ける事業は、「医療資格は、ずっと味方」というテーマのもと、“医療者が選べる働き方を増やす”ことを目的としています。
学生の頃は起業するつもりは一切なく、一生薬剤師として生きていこうと思っていました。薬剤師を目指したきっかけは、両親の離婚です。女性でも安定して長く働ける職業として選んだのが薬剤師という職業でした。しかし、新卒で入社して半年ほど経った頃、突然『中等度以上 左顔面神経麻痺』という病気を発症しました。
休職を申し出たのですが断られたため、メガネとマスクで顔を隠し、眼帯をしながら1カ月ほど働き続けました。しかし、体の不調は悪化する一方だったので、最終的に自分の健康を守るため退職を決断しました。6年間の大学生活を経てやっと薬剤師になったのに、「こんなことが起こるなんて」と強いショックを受けたのを覚えています。
この出来事が、働き方を見つめ直すきっかけとなりました。現在は、この経験を生かし、医療者が自分の生活やキャリアを豊かにできるようサポートしています。医療資格は、獲得した方にとって“一生の味方”だと思っています。病気や育児などのライフイベントが起こった時に、資格を生かしながらもう一度自分の働き方を柔軟に考え直すことも、これからの時代には必要だ思います。
退職後療養したのち、私は大好きな旅をしながら、全国を転々とする派遣薬剤師として働いていました。そんなある日、SNSで「沖縄での派遣薬剤師の体験談を書ける人を募集」という投稿を目にしました。その時はちょうど沖縄にいたため、その仕事に応募したところ採用されました。これが私の医療ライターとしての最初の仕事です。
その後、徐々に医療ライティングの依頼を受けるようになり、医療ライターとしてのキャリアを本格的に積み重ねることにしました。ライターとして成長するなかで、合宿型のキャリアスクールでライター講師やメンター業務を経験させていただく機会にも恵まれました。
新型コロナウイルスの流行を機にキャリア相談が急増
しかし、時を同じくして新型コロナウイルスが大流行。キャリアに不安を感じた医療者の方々からSNSを通じて「どうすれば松岡さんのように、医療資格を生かしながらどこでも働けるようになれるのか?」という相談が急増しました。「働き方に困っているのは自分だけではない」と痛感しました。
当時の私が提供できるのは、医療ライティングというスキルだったので、これを教えるために、2020年に「医療ライターのはじめかた」講座をスタートしました。これが現在運営しているリスキリングスクールの第一歩です。
このスクールでは、「エビデンスの調べ方」や「薬機法などの法律面において気をつけるべきポイント」や「仕事をどうやって得ていくか」といった、私自身が医療ライターとして活動する中で知りたかったことが盛り込まれています。
医療資格を持つライター向けのニッチな分野ですが、そうした特化した情報を得られる場所がなかったこと、もしあったなら過去の自分も受講したかったという思いもあり、「それなら自分でつくってみよう」と感じてスタートしたことがきっかけでした。その講座が徐々に拡大し、今では法人化に至っています。
現在では、3つの事業を手掛けています。1つ目は、『Medi+(メディタス)』という医療者専用リスキリングスクールの運営です。これは、医療ライターや医療通訳など、医療者たちが幅広いスキルを身につけることができるオンラインスクールです。現在までに約100人の卒業生を輩出しています。
2つ目は、医療資格とWebスキルを併せ持つ人たちが交流できるコミュニティ『MediWebラボ』です。コミュニティメンバーの医療資格は10種類以上あり、医療ライターやデザイン、動画編集などさまざまな働き方を実現した多種多様な経歴を持つメンバーが集まっています。
3つ目は『医療者のための冒険書』をテーマにしたWebメディア『MediJump』の運営です。ここでは副業やフリーランスに挑戦したい医療者向けの記事や、医療者として従事しながら+αのスキルを手に入れたい方へ向けて、さまざまな情報を発信しています。卒業生やコミュニティメンバーのインタビューを通じて、「どうやって新しい働き方を手に入れたのか」などの事例を紹介しています。
『Medi+』が医療者のお守りになるように
今では3つの事業を展開できるまでになりましたが、私1人では絶対に実現できなかったと感じています。反骨精神が強いので、どんな困難でも乗り越えてやるという意志はあるものの、1人でできることには限界があります。
今の事業では、スクールの卒業生も運営に関わってくれていますし、本当に多くの人に支えられながら拡大してきました。振り返ってみると、私がここまで来られたのは、「似たビジョンを持っている方々を探し、一緒にやりませんか?と声をかけることができた」からだと強く感じます。
私は、「こういうことをやってるので一緒にやりませんか?」と、誰に対しても積極的に声をかけるようにしています。SNSやイベントでも、「少しでも興味があればぜひお話ししましょう」と呼びかけ、多くのご縁に恵まれました。こうした人とのつながりを大切にすることが、事業拡大の鍵だと実感しています。
私たちが目指すのは、医療資格を持つ人々が自分のキャリアを自由に選べる時代をつくることです。特にリスキリング(再学習)に重点を置き、医療者向けの新たなスキル習得を支援しています。
私自身の医療ライターやディレクターとしての経験を生かし、医療者向けのスキリングコンテンツを開発してきました。これまでに医療ライターや薬機法、医療通訳など5つの講座をリリースしていますが、今後は医療広告デザイン、オンライン漢方服薬指導に関する講座など、幅広い内容を展開していきます。
私たちの事業は、医療現場から人を減らすことを目的とはしていません。むしろ、医療業界の人手不足や、その他の問題を解決するためのサポートを目指しています。たとえば、現場に復帰したい医療者や、働きやすい職場に転職したい医療者のキャリアを支援することも、私たちの大切な役割のひとつとして構築中となります。
現在は、産休や育休中の医療者が、在宅で働きながら子育てを続けられたらと来てくださることが多いですね。医療者が突然の病気や家族の転勤といった予期せぬ事態に直面しても、「『Medi+』があるから大丈夫」と当たり前に思ってもらえるような、お守りのような存在を目指しています。