
命の声が出会うとき

〜夢の蛇とオペラ「みづち」〜
「え、また私を食べるんですか、蛇さん。」
そんなセリフから始まった前回のコラム。
子どもの頃に、毎晩のように夢に出てきた不思議な蛇。
怖かったけれど、どこか惹かれる存在。
ただ逃げていたあの頃、今思えば──あれは「呼ばれていた」のかもしれない。
あれから長い時間が流れて、2025年。
私は、世界初演となる新作総合芸術オペラ『みづち』の記録映像制作という、大きな仕事に携わっている。
『みづち』は、水を司る精霊であり神。
そしてあの夢の蛇と、どこか重なる存在でもある。
私はこれまで、声を通じて人の奥にある思いを届けてきた。
ボイスレッスンやナレーションを通して、心に火を灯すような表現を模索してきたけれど、
『みづち』は、それだけでは終わらない。
今回は記録映像の制作に加え、PRラジオのMC、チケットサイトのコピー執筆、オペラ制作の広報まで、あらゆる「伝える」に挑戦している。
言葉も映像も音も──命を伝えるために総動員されている感じだ。

写真:「みづち」演出の岩田達宗さん(左)と、稽古場にてFM大津のラジオを収録
命の響きを持つ先輩方とともに
関わる人々もまた、命の響きを持つ存在ばかり。
音楽は、大河ドラマ『西郷どん』などを手がけた作曲家・富貴晴美さん。
演出は、“行列のできる演出家”として知られる岩田達宗さん。
原作・脚本は、平安時代と現代をつなぐ祈りのような物語を紡ぐ、丹治富美子先生。
そして音楽を束ねるのは、NHK交響楽団 正指揮者・下野竜也さん。
世界に誇る表現者たちが、この舞台に命を注いでいる。

写真提供:いのち・ちきゅう・みらいプロジェクト実行委員会
つい先日、オペラ「みづち」の“あらだち”稽古の記録映像を撮影してきた。
演出家がキャストたちの前で、作品の深層にせまる解釈を伝え、キャスト一同がその世界観を体にしみこませていく。それから、歌と振付の稽古へ入っていった。
キャストはさすがトップ歌手…。第一声から私もカメラマンも鳥肌がたって、圧倒された。しかしその後、演出家・指揮者・としてキャスト同士の表現のやり取りを経て、同じ稽古日のうちの、わずか1時間後には、美しさに凄みと深みが一層ました圧倒感がでたのだ。
映像を撮る手も、声を出す喉も、ノートを叩く指先も、
すべてが「命の通路」になっていくような感覚。
そんな現場に、制作の一員として携われている。
ここに至る、偶然とは思えない流れの中で、私は今、与えられた役割を楽しみながら精一杯果たしている。
そしてこのプロジェクトには、芸術家だけでなく、さまざまな人々が関わっている。
国の中枢で未来を考えてきた元官公庁の役人、
地域文化や暮らしを支える事業者や寺社の方々、
ともに今を生きる同年代の仲間たち……
これまで出会ったことのなかった人々との対話が、私の価値観を深く揺さぶっている。

写真:「みづち」演出の岩田達宗さん(右)と、稽古場にてラジオ収録の後に
「表現すること」は、たった一人の「伝えたい」から始まっていい
ひとつ、確信していることがある。
「表現すること」は、たった一人の「伝えたい」から始まっていい、ということ。
最初は、うまく言葉にならない気持ちかもしれない。
でも、自分の感覚を信じて一歩踏み出せば、
その声に耳を傾けてくれる誰かが、きっとどこかにいる。
あの頃、夢の中で蛇から逃げていた私は、
いま、水の精霊・みづちと出会い、命の声を映像に刻んでいる。
これは、心から敬意をもって臨んでいる仕事。
でもそれだけじゃない。夢が、そっと顔を出している気がする。
▼6月28日29日びわ湖ホールで世界初上演
オペラ「みづち」の公演情報はこちら
https://opera-mizuchi.com/
※第一回目のコラムも読んでね
https://waccel.com/column/20250428_/
