エーワールド株式会社代表
大山 峻護 × ワクセル
元総合格闘家としてPRIDEやROAD FCなど国内外のリングで激闘を繰り広げ、初代ROAD FCミドル級王者に輝いた大山峻護(おおやま しゅんご)氏。現役引退後は格闘技メソッドを取り入れた企業研修プログラム「ファイトネス」の開発や、延べ数千人をつなぐ交流会「大山会」の主催、著書の執筆、さらには個展の開催など、多彩なフィールドで精力的に活動を続けています。
今回のトークセッションでは、大山氏の原点である格闘家時代の挑戦、人を惹きつけてやまない「ご縁つなぎ」の哲学、そして難病の経験を経てたどり着いた「今この瞬間を味わう」生き方の真髄に迫りました。
子どもの頃の憧れからリングへ!「描く力」が引き寄せた奇跡の軌跡
住谷:大山さんといえば、PRIDEをはじめ数々のリングで熱い闘いを見せてこられた総合格闘家ですが、もともとは柔道で実業団の全日本チャンピオンに輝くなど、王道の柔道家として歩んでこられましたよね。安定した実業団選手という立場から、なぜプロの総合格闘技という未知の世界へ飛び込まれたのか、その原点と決断の背景を教えていただけますか?
大山:僕の原点は、本当に子どもの頃の「ヒーローになりたい」という純粋な憧れでした。幼稚園の頃から仮面ライダーやウルトラマンに夢中で育って、強くなりたい一心で5歳から柔道を始めたんです。もともとは人見知りで友達も少ないタイプだったので、「ヒーローのように強くなれば、自分の人生も変わるんじゃないか」と信じていました。
そのまま小・中・高・大、そして実業団まで柔道一筋で生きてきたのですが、2000年5月1日、東京ドームで開催されたPRIDEの桜庭和志選手対ホイス・グレイシー選手の伝説の一戦を客席の一番上から観戦したときに、僕の心に衝撃が走りました。桜庭さんが強大な海外の強豪を次々と倒し、勝者として呼ばれた瞬間、ドーム全体が地鳴りのように揺れたんです。その光景に全身が震えるほど感動して、豆粒のように小さく見えるリングを凝視しながら「絶対にあの舞台に立つ!」と胸の奥で強く決めました。
その翌日から、僕の頭の中は自分がPRIDEのリングで戦って活躍する姿でいっぱいになり、ワクワクが止まらなくなってしまったんです。毎朝、江戸川の河川敷を走りながら桜庭さんの入場曲を聴き、自分がリングに立っている景色を鮮明にイメージし続けました。人間って不思議なもので、心が芯からワクワクしていると自然と行動したくなるんですよね。実業団所属だったので本来は勝手な出場はできないのですが、どうしても挑戦したくて小さな総合格闘技大会にこっそりエントリーして優勝してしまいました。
そんな活動を続けていたある日、トレーニングジムで偶然出会った男性に「君、何やってるの?」と声をかけられたんです。思わず「今は柔道をやっていますが、将来はPRIDEのリングに立つのが夢なんです」と素直に語ったら、なんとその方がPRIDEの関係者だったんですよ。後日再会したとき、僕の実績を調べてくださっていて「アメリカの大会に挑戦してみないか」と打診をいただきました。
当時、実業団に残っていれば係長への昇進や将来の生活は手堅く保証されていました。一方でプロ格闘家の世界は保証ゼロの完全なサバイバルです。どちらを選ぶべきか悩んだとき、安定した道を選んで「子どもの頃からウルトラマンになりたかったのに、結局なれなかった自分」を想像したら、目の前が真っ暗になって怖くなったんです。逆に、会社を辞めてアメリカへ行く道は、何の保証もないけれどドキドキとワクワクで胸がいっぱいでした。だから一切の迷いを捨てて会社を退職し、挑戦を選びました。
渡米後のデビュー戦はインディアン保留地で開催された屋外イベントで、足元は雨でツルツルの金網マッチでした。相手は130kgを超える巨漢で、85kgの僕とは圧倒的な体格差がありました。試合開始直後、相打ちになった瞬間に相手の遠心力と滑るマットのおかげで僕の右ストレートに全体重が乗り、わずか17秒でKO勝ちしたんです。当時PRIDEで桜庭選手を破って無敵を誇っていたヴァンダレイ・シウバ選手に挑める日本人として名乗りを上げることになり、観客として見ていたちょうど1年後の2001年5月、僕は本当にPRIDEのリングに立っていました。
多くの大人はロジックや現実的な条件を先に考えてしまい、「自分には無理だ」と諦めてしまいがちです。けれど、子どものように「こうなったら最高だな」と純粋に未来を描く力には、想像以上の爆発力があります。頭で損得を計算するのではなく、胸が震えるようなワクワクに素直に従うこと。それこそが、奇跡を引き寄せる最大の原動力だと今でも確信しています。
痛みを静観し、損得を手放す!「周波数」で惹き合うご縁つなぎの本質
住谷:ロジックではなく胸のワクワクを信じて夢を手繰り寄せる力、本当に圧倒されます。そんな大山さんは格闘技を引退後、数千人を繋ぐ「大山会」を立ち上げ、多くのご縁を結んでこられました。全く異なる業界でさまざまな障害があったかと思うのですが、困難に動じない心の保ち方と、人が自然と集まる「ご縁つなぎ」で大切にされている哲学について教えていただけますか?
大山:困難や逆境に直面したとき、僕が常に心がけているのは「感情に没入して言語化しないこと」と「自分を少し高い視点から静観すること」です。
現役時代に網膜剥離を患ったときも、右目の視界を失いかける恐怖がありました。また、昨年にはアントニオ猪木さんの命を奪った難病である「心アミロイドーシス」と診断され、心臓に異常タンパク質が沈着していると告知されました。通常なら「なぜ自分が」「もう終わりだ」とパニックになり、絶望に沈んでしまう場面だと思います。
ですが、そこで「痛い」「辛い」「苦しい」と頭の中で言葉にしてしまうと、脳がその苦痛の世界に完全に没入してしまうんです。だから僕は、痛烈な出来事が起きたときほど一歩引いて、映画やドラマのスクリーンを見るように「お、主人公の大山峻護に試練が訪れたぞ」「ここからどう展開していくんだろう」と、どこか他人事のように客観視するようにしています。そうやって静観すると、心の中に冷静なスペースが生まれ、人生を自分の手でコントロールしている感覚を失わずに済むんです。
そして、引退後に自然と始まった「ご縁つなぎ」も、まさにこの心のあり方と深く結びついています。そもそも大山会を始めたきっかけは、26歳で網膜剥離の手術を受けて入院していた病室でした。お見舞いに来てくれた僕の友人と、別の友人がたまたま同じ病室で顔を合わせ、僕がベッドの上で動けない間に2人が意気投合して仲良くなっていったんです。その様子を見て、「自分が大好きな人たち同士を同じ空間に集めたら、それだけでみんなが幸せになるんじゃないか」と気づきました。
僕が人を引き合わせるときに大切にしている基準は、たった一つ。「周波数(居心地の良さ)」です。肩書、知名度、会社の規模、資産の多寡などは一切関係ありません。ビジネスの損得勘定や「この人を紹介したら仕事になるかも」という下心が入った瞬間、人との関わりには歪んだフィルターがかかってしまいます。
僕自身、現役時代に勝てば大勢の人が寄ってきて、負ければ潮が引くように人が去っていくというシビアな現実を嫌というほど見てきました。また、引退直後に研修事業を立ち上げた頃、「この経営者と仲良くなれば企業研修を受注できるかもしれない」と下心を持って接してしまい、相手から「大山くんは友達として接しているけれど、実は仕事が欲しいんだね」と見抜かれて深く落ち込んだ経験もあります。相手の立場に立てば、純粋に食事を楽しみたいのに仕事の営業をかけられるほど興ざめなことはありませんよね。
それ以来、僕は損得勘定を完全に手放しました。資産が何百億あろうがオリンピックの金メダリストだろうが、偉ぶったり損得で人を見下すような人とは距離を置きます。逆に、街の飲食店でスタッフの方に敬意を持って接する人や、近所の子どもたちに毎日温かい笑顔で挨拶を届けるおばあちゃんのように、損得を超えて周囲に優しさを配れる人こそが本当に価値のある人だと感じています。
大人になると、打算なしの「本当の友達」を作るのが難しくなると言われますが、僕は60歳になっても70歳になっても、無邪気に笑い合える友達を作りたいんです。上下関係ではなく、誰に対しても徹底的にフラットでいること。そして、相手が落ち込んでいるときに「最近どう?大丈夫?」とほんの一言気にかけてあげられること。お互いに損得のない安心できる周波数を共有しているからこそ、結果としてビジネスや想像を超えた素晴らしいプロジェクトが後から自然と生まれてくるのだと思います。
未来を追う生き方から「今を味わう」生き方へ!日常に豊かさを宿す心の整え方
住谷:常に目標を掲げて未来へ突き進んできた大山さんが、今最も大切にされている「今を味わう」という生き方の境地について、伺えますでしょうか。
大山:実は、これまでの僕の人生は「未来を形にすること」ばかりに執着しすぎていた人生でもありました。子どもの頃から「次はこうなる」「その次はあの舞台に立つ」と常に先の目標ばかりを見つめて生きてきたため、振り返ってみると「今この瞬間」がすっぽりと抜け落ちていたんです。
わかりやすく言えば、大好物のカレーを食べている最中なのに、頭の中では「次は何時にお蕎麦を食べに行こうか」と考えていて、目の前のカレーの味をちっとも味わっていないような状態でした。目標を達成して本が出版されても、「よし、次は5万部、その次は10万部売らなきゃ」と先の数字ばかりを追ってしまい、本を出せた瞬間の純粋な喜びをまったく噛み締めていなかったんです。アスリートとして結果を出す上では有効なマインドだったかもしれませんが、人間として生まれてきた本当の豊かさを置き去りにしていました。
病気やさまざまな挫折を経験し、たくさんの素晴らしい仲間と出会う中で、ようやく「本当に大切なのは、今この瞬間をどれだけ深く味わえるかだ」と気づくことができました。
新しく出版した書籍「ご縁つなぎの法則」のときも、以前のように部数や評価といった先の成果を追うのを一切やめました。「自分の思いが100%詰まった素晴らしい本が完成した。この事実を仲間と一緒に心から喜んで味わおう」と決め、評価を手放してこの瞬間を喜んでいたところ、結果として多くの方に届き、全国で温かいご縁が広がっていきました。昨年末に開催した初めての個展でも、1週間で900人もの方が会場に足を運んでくださいましたが、これも「来てくれた仲間やお客様にどうすれば楽しんでもらえるか」という目の前の場作りに集中した結果でした。
心の中に「足りない、もっと欲しい」という欠乏感があると、どれだけ成功しても欠乏感に満ちた現実が作られてしまいます。逆に、自分の内側を「ありがたいな」「幸せだな」という充足感で満たしていれば、自然とその豊かな周波数に見合った人や仕事が引き寄せられてくるんです。最近の僕のささやかな幸せは、ファミリーレストランのモーニングで、温かい食事を一口一口「本当に美味しいな」とじっくり味わうことです(笑)。日常の些細な瞬間にどれだけ感謝できるかが、人生の質を決めるのだと感じています。
もし今、苦しい状況にあったり、壁にぶつかって先が見えなくなっている方がいらっしゃったら、「無理に一気にポジティブになろう」と焦る必要はありません。ハンドルを急激に逆方向に切ろうとすればスピンしてしまいます。大切なのは、ほんの1ミリだけ視線を上げてみることです。
下を向いてため息をついていたところを、背筋を少し伸ばして空を見上げてみる。目の前の温かいお茶の美味しさをひと口だけしっかり味わってみる。その小さな「1ミリの微差」が、未来につながる世界線の矢印を大きく変えていきます。損得を忘れ、目の前の人を大切にし、今この瞬間を愛おしく味わうこと。その積み重ねの先に、想像もしなかった素晴らしいご縁と豊かな人生が必ず待っています。
■大山 峻護さん
コラボレーターページ
ご縁つなぎの法則
ビジネスエリートがやっているファイトネス
科学的に証明された心が強くなるストレッチ
本記事は、スタンダードCollaboratorの大山さんと住谷さんとの座談会の内容です。 ワクセルCollaboratorの方は、トークセッションの収録から、YouTube動画制作およびトークセッション記事制作が可能です。
ワクセルCollaboratorの詳細は、下記よりご確認ください。
https://waccel.com/collaboratormerit/