パラレル活動家・米本智昭さんが語る!人と向き合うフラットな視点

岡田 慶子

岡田 慶子

2026.05.28
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「パラレル活動家」として多角的な視点を持つ岡田慶子(おかだけいこ)さんの連載コラム第19回です。今回、岡田さんが紹介するのは、大人のための社会塾【熱中小学校】くちくまの校(和歌山県田辺市)で授業をご一緒した、米本智昭(よねもと・ちしょう)さんです。医療、福祉、宗教、芸術、教育、そして学生。まさにパラレルで活動されている米本さんについて語っていただきました。

■人の尊厳に寄り添うパラレル活動家

私、岡田慶子はこれまで「パラレル活動家」というテーマで、さまざまな人を取材し、コラムを書いてきました。
興味関心の幅広さから、異なる分野を横断していく人。
一方で一本の軸を持ち、その思想をさまざまな活動として体現している人もいます。


米本智昭さんは、まさに後者でした。
ホスピスでのケアも、困窮者支援も、お寺での営みも。そして、それらの活動の根底には「人の尊厳に寄り添う」という姿勢がありました。

実は私は先日、在宅医療やホームホスピスに関わる鼎談イベントで司会を担当したばかり。

【特別鼎談】
“ホスピスとは何か”を原点から考える


そこで「最期まで人生のハンドルを離さない」という話題に触れた直後だったこともあり、米本さんの言葉が地続きに感じられ、さらに「人の尊厳」というテーマは「その人がその人のままで人生を歩む」という、私自身がユニキャリアで大切にしてきた感覚とも深く重なっていました。

■「最期を考えるとは今を考えること」

見出し1画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_岡田慶子さん・米本智昭さん

さて、当日の講義は「死」の解説ではなく、むしろ“どう生きるか”を問い直される時間となりました。そして、「私は講義ではなく物語を伝えます」と仰ったように、米本さんは、いくつものエピソードを語ってくださいました。

「人に迷惑をかけたくない。ピンピンコロリで死にたかった」

こう語った高齢女性は、痛み止めを使いながら生きている自分には価値がない、と思い詰めていたそうです。そこへお見舞いに来たお孫さんが言いました。

「もし私がバスの中で突然死んだら、おばあちゃんは“ピンピンコロリでよかったね”って言うの?」

その瞬間、立場が反転しました。

「あなたは一秒でも長く生きなさい」

涙ながらにそう伝える祖母。
“迷惑をかけない死”が理想だと思っていた人が、“生きていてほしい”という願いを通して、
自分自身の存在価値を取り戻していったのです。

人は「誰かの役に立てること」に喜びを持ちます。しかし、目に見える形で何かを“成し遂げること”だけが人の価値ではないのだと改めて感じました。つまり、ただそこにいること自体が、誰かにとっての願いになっていることに気づかされる物語でした。

■その人が信じているものを傷つけることは、その人の尊厳を傷つけること

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次に紹介されたのは、20年間自宅に引きこもっていた男性の物語でした。
彼は突然大声を上げることがあり、母親はその叫び声に怯えていました。近所迷惑にもなる息子の対応に親御さんは東奔西走されたのち、こんなアプローチで解決に至りました。
支援に向かった方は、こう言いました。

「あ、実は僕はね、いろんな人の困りごとを集めてる人間なんです。あなたの困り事がもしあれば、それが他の人の困りごとにも役に立つかもしれない。それを一緒に研究したいんです。」

この言葉を言い終わるぐらいのタイミングで、ガチャッとドアが開いたそうです。

「あなたを治しに来た」「説教しに来た」という上からの立場ではなく、「あなたの困りごとが誰かの役に立つかもしれないから、一緒に研究させてほしい(当事者研究)」と伝えたことが、彼の尊厳を認め、20年閉ざされていたドアを開かせる鍵になったというのです。

判明したのは、「水の音が怖い。悪魔の声に聞こえる」ということ。家の中で突然流れる水流の音が怖くて、思わず叫んでしまっていたというのです。そこで支援者は、「叫ばないようにする方法」ではなく、「叫ぶ前に“これから叫ぶよ”と伝えてみる」という対話を提案しました。

「これから叫ぶよ」「わかったよ」
親子でそのやり取りを繰り返した結果、彼は叫ばなくなり、やがて20年ぶりに外を歩いたそうです。

■「対等」にならなければ「対話」は生まれない 

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私たちはすぐ「正そう」とします。でも米本さんは、「まず理解する」ことを優先します。

講義の中で米本さんは、「ケアする側もまた、不完全で、生老病死を生きる一人だ」という話をされていました。


背景には、米本さんが大切にしている三つの視点がありました。

一つは、“プロフェッショナル”という役割の仮面を被りすぎないこと。

医師、教師、住職、支援者。
そうした肩書きの前に、まず自分自身もまた、揺らぎながら生きる一人の人間であることを忘れないということ。

二つ目は、「対等」でなければ、本当の対話は生まれないということ。

支援する側・される側。
教える側・教えられる側。
上下や立場を意識することなく、フラットな目線で向き合おうとする姿勢です。

そして三つ目は、「同じ嵐の中を生きる仲間」としての感覚

老いることも、病むことも、死を迎えることも、誰か特別な人だけの出来事ではない。
だからこそ、“何かをしてあげる”より前に、まず共に在ること。

医療も、宗教も、福祉も、教育も。

米本さんの活動や言葉には、私自身が大切にしてきた感覚と重なる部分がたくさんありました。
互いの尊厳を大切にしながら生きること。

それは、私の座右の銘である「ともにしあわせになるしあわせ」にも通じる感覚でした。
その後、米本さんからこんなメッセージが届きました。思わずにやけたのは、いつも私が人に投げかける言葉だったから。
「いろんなことを勝手に共有していきますので覚悟してください笑 」

最高!待ってます!!

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