受賞作品は?社会問題の風刺を描くカンヌ国際映画祭2022

戦争色の強かった第75回カンヌ国際映画祭

ワクセル(主催:嶋村吉洋)の映画サイト カンヌ国際映画祭2022 紹介

今年のカンヌ国際映画祭は、2022年5月17日から12日間に渡って開催されました。

 

2020年から続く新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延により、カンヌ映画祭もその開催において多大な影響を受けていました。それでも今回はワクチンの接種証明書や抗原検査などの陰性証明の提示義務が撤廃されて、通常通りの開催だったと言えるでしょう。

一方で、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に反発する形で、ロシアに関連した参加者や作品については厳しい規制が設けられました。そのため、今回の映画祭にて持ち込まれたロシア関連の映画作品は、コンペティション部門で上映されたキリル・セレブレニコフ監督の『チャイコフスキーの妻』のみでした。

セレブレニコフ監督が反プーチン派として国外に亡命していた背景を鑑みると、今回は国際情勢を色濃く反映していたと思います。

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時代背景や政治体制を色濃く反映してきた映画

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古くは『モダン・タイムス』(1936年)から、近代では『フルメタル・ジャケット』(1987年)や『華氏911』(2004年)、『マネー・ショート』(2015年)等まで、時代背景や政治体制が映画に反映または抽象・揶揄されることは珍しいことではありません。

今回のカンヌ映画祭で言えば、4月にウクライナでの撮影中にロシア軍により殺害されたマンタス・クベダラビチュス監督の遺作『Mariupolis 2』や、ウクライナ人監督のセルゲイ・ロズニツァ氏による『THE NATURAL HISTORY OF DESTRUCTION(Natūrali naikinimo istorija)』がスペシャル・スクリーニングで上映されていました。

さらには開会式において、ウクライナのゼレンスキー大統領がオンラインでスピーチを行いました。演説のなかでは映画の『独裁者』(1940年)や『地獄の黙示録』(1979年)を引用するなどしてウクライナ侵攻を非難しており、それに呼応する形で映画祭期間中のレッドカーペットでは抗議デモが行われるなど、まさに「映画を通じて時代が見える」一幕でした。

パルム・ドールは風刺映画『Triangle of Sadness』

映画祭のメインとなるコンペティション部門では21作品が上映されました。

今回、パルム・ドール(最高賞)に輝いたのはスウェーデン人のリューベン・オストルンド監督による『Triangle of Sadness』(2022年)で、オストルンド監督にとっては風刺ドラマ映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(2017年)に続いて2作品連続での受賞となる快挙です。

『Triangle of Sadness』は格差をテーマにしつつ、環境の変化によるヒエラルキーの逆転を描いており、加えて共産主義と資本主義の対立や人種問題、さらには富裕層や階級社会への揶揄も盛り込まれており、現代社会が抱えるあらゆる問題を風刺した仕上がりになっていました。

『ベイビー・ブローカー』『PLAN 75』日本からは2人の監督が受賞

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今回のカンヌでは、もちろん日本作品や日本人監督の活躍もありました。

是枝裕和監督による『ベイビー・ブローカー』(2022年)からは主演のソン・ガンホが男優賞を獲得し、さらに作品に対してもエキュメニカル審査員賞が授与されました。エキュメニカル審査員賞とは、キリスト教関連の国際映画組織に属する6人の審査員によって選ばれる、カンヌ国際映画祭の独立部門の1つです。

『ベイビーブローカー』紹介記事はこちら

「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えられる賞で、赤ちゃんポストをテーマにした映画『ベイビー・ブローカー』に対して、審査委員長が「血のつながりがなくても家族が存在できることをとても親密な方法で示してくれる」と評したように、家族や社会のあり方、日常にある社会問題を扱うことに秀でた是枝監督ならではの受賞だと思います。

また、「ある視点」部門に出品された早川千絵監督の『PLAN 75』(2022年)は、新人賞カメラドールの特別表彰(次点)が授与されました。こちらは現代日本の少子高齢化をテーマとしています。

超高齢化の解決策として、75歳を過ぎた人は自分の意思で安楽死するかどうかを選べる仕組みが導入された社会に生きる老婦人の死生観を描いており、これから日本社会や我々日本人が直面していく社会問題に対して斬新に切り込んでいます。こちらはロッシ・デ・パルマ審査員長に「この時代に必要な映画」と激賞されての受賞でした。

 

風刺的な原点回帰?映画を通じて現代社会の問題を問う

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「時代を映す鏡」として映画を捉えるならば、今回のカンヌ国際映画祭は際立ってその特色が現れていたように思います。

ウクライナ問題が多大な影響を与えていることは間違いないでしょう。しかし、カンヌ映画祭の起源が、1939年に映画人がファシズムやナチズムに反発し、時の政府に利用されず独立心を持って人々のために映画を作ることを目的として始まったということから考えると、今回の祭典は風刺的な原点回帰といえるかもしれません。


前述した『Triangle of Sadness』『ベイビー・ブローカー』『PLAN75』はそれぞれ社会制度への風刺や、現在社会の問題に対して正面から(それぞれの切り口で)意欲的に取り組んでいたと思います。

映画を通じて、社会問題やあり方について考えてみるのも楽しみ方の1つかもしれませんね。

第75回カンヌ国際映画祭 受賞一覧

コンペティション部門

パルム・ドール『Triangle of Sadness』リューベン・オストルンド
グランプリ『Close』ルーカス・ドン
『Stars at Noon』クレール・ドゥニ
監督賞パク・チャヌク『ディシジョン・トゥ・リーブ(英題)』
脚本賞タリク・サレー『ボーイ・フロム・ヘヴン(Walad Min Al Janna)』
審査員賞『EO』イエジー・スコリモフスキ
『帰れない山(THE EIGHT MOUNTAINS)』シャルロッテ・ファンデルメールシュ、フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン
第75回記念賞『トリ・アンド・ロキタ(Tori et Lokita)』ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
女優賞ザーラ・アミール・エブラヒミ『Holy Spider』
男優賞ソン・ガンホ『ベイビー・ブローカー』


短編映画部門

短編パルム・ドール『海边升起一座悬崖 (THE WATER MURMURS) 』チェン:ヂィェンイン
特別賞『LORI (MELANCHOLY OF MY MOTHER’S LULLABIES)』 アビナッシュ・ビクラム・シャハ

ある視点部門

最高賞『The Worst Ones』リズ・アコカ&ロマーヌ・ゲレ
審査員賞『JOYLAND』 サイム・サディック
監督賞アレクサンドル・ベルク『METRONOM』
俳優賞ヴィッキー・クリープス『CORSAGE』
アダム・ベッサ『HARKA』
脚本賞『MEDITERRANEAN FEVER』マハ・ハジ
Coup de cœur賞『RODÉO』ローラ・キヴォロン
カメラ・ドール作品賞『WAR PONY』ライリー・キーオ、ジーナ・ギャメル
カメラ・ドール特別賞早川千絵『PLAN 75』