
演劇に命を捧げたミュージカル俳優が、誰しもが自己表現を可能にする演劇の教育化に挑む

上田亜希子さんは、劇団四季出身で「ライオンキング」ヒロインのナラ役をはじめとしたミュージカル俳優として25年のキャリアを積み、現在は演劇を通した人材育成事業を展開されています。ストイックに演劇と向き合ってきた経験から、さらに未来へ挑戦し続ける上田さんに、演劇にかける想いや今後のビジョンや展望をお伺いしました。
演劇に命を捧げて続けてきた人生

私はこれまでミュージカル俳優として25年間活動し、約30作品、3,000以上の舞台に立ってきました。2年前に起業して、現在は人材育成事業を展開しています。経営者やリーダーのための「存在感トレーニング」「スピーチ・話し方トレーニング」を提供するスクールを運営。また、企業向けに演劇教育(ドラマエデュケーション)を軸とした企業研修や、子供の表現力教育なども行っています。
私はもともと母子家庭で育ち、母が仕事で忙しかったため、5歳までは養護施設で生活していました。血のつながらない子どもたちとの共同生活の中で、自分の希望を伝えても思い通りにならないことが多く、いつの間にか「言いたいことを言う」ことを諦め、自分の気持ちさえ分からなくなっていました。そんな時、友人の勧めで、当時天海祐希さんがトップスターだった宝塚歌劇団の作品を観たんです。「自分を表現することで人を幸せにできる世界がある」と知り、強い感動を覚え、演劇の道を志すことを決めました。
天海祐希さんに近づきたい一心で宝塚音楽学校を受験しましたが叶わず、その後、劇団四季のオーディションに挑戦し合格しました当時の劇団四季は本当に厳しくて、入団してもパフォーマンス不足と判断されるとすぐにクビを切られる世界でした。芸術は「1日練習を怠ると自分がわかり、2日怠ると相手役がわかり、3日怠るとお客さんがわかる」と言われている世界です。私は演劇に命を捧げることを決めていたので、休みという概念がなく毎日稽古や自己研鑽に励んできました。今舞台に立っている俳優たちも皆、「お客様に良いものを届けたい」という強い想いと並々ならぬ努力で舞台に立っていると思います。
まだ見ぬ自分との出会う感動を、すべての人に

私が起業を決意した大きなきっかけの一つは、かつて自己表現ができなかった自分が、役を通じて「自己表現の素晴らしさ」を体験したことです。
たとえば「ライオンキング」で演じたナラという役。彼女は荒れ果てた祖国を救うために立ち上がるメスライオンですが、当時の私自身には「国を救うために行動する勇気や自信」などありませんでした。ところが、役を演じる過程で、セリフや立ち居振る舞いを通じて、普段の自分では気づけなかった強さとつながることができたのです。これまで100以上の役を演じてきましたが、そのどれもが「まだ見ぬ自分」との出会いを与えてくれました。
その経験から、自己表現が苦手で生きづらさを感じている方にも、演劇を通じて内に秘めた強さや優しさ、愛を表現できるようになったらどんなに素敵だろうと思ったんです。そして、この演劇を教育のスタンダードにしていきたいと考えるようになり、独自のメソッドを開発しました。演劇というと「取り繕うもの」「学芸会のように大きな声でセリフを言うもの」と誤解されがちです。しかし私は、演劇とは「自分がありたい姿を実現するための手段」だと捉えています。実際に私の講座を受けてくださった方からは、「新しい自分に出会えた」「想いや感情を伝える喜びを感じた」といった声をいただいています。自己表現の楽しさを知ることで、人は大きく変わるのです。
日本教育に演劇を取り入れる新たなチャレンジ

私の大きなビジョンは、これまでお話してきたように「演劇を日本の教育のスタンダードにすること」です。もちろん数年で実現するのは容易ではありません。だからこそ、まずは自社を「その実現へのきっかけとなる会社」に育てていきたいと考えています。
さらに、俳優のデュアルキャリアを成功させることも私の重要なビジョンの一つです。俳優だけで十分に生活できる人はごくわずかで、多くの俳優はアルバイトや指導者の仕事と両立しています。私は「お金とは、価値あるものに支払われる正当な対価」だと考えています。
魂を込めて人間と向き合う俳優という職業が、その力を教育や研修の場に活かし、しっかりと対価を得られる仕組みをつくりたい。その取り組みを通じて「俳優という職業には高い価値がある」と社会に証明していきたいです。そして最終的には、演劇を通じて、人と人とが心から響き合い、愛と希望に満ちた社会を実現していきたいと願っています。
