料理という一本の軸で、世界の裾野を広げてきた人――料理研究家・山田玲子さん

大人のための社会塾「熱中小学校」の活動を通じて、長くご一緒してきた料理研究家・山田玲子さん。
30年に及ぶ料理家としてのキャリアの歩みは「料理を仕事にしている人」という一言では収まりきりません。
今回、幅広く活動されている玲子さんの活動をご紹介しようと思ったのは、これまでのパラレル活動とは違い、軸が明確に一貫しているスタイルであるという特異性です。
その軸とは言うまでもなく「料理」です。
新しい肩書きを次々に増やすのではなく、料理という一本の軸を手放さずに、関わる世界を確実に広げてきた方なのです。
料理を「教える」「一緒につくる」という姿勢
1995年から自宅サロンで料理教室を主宰されるほか、10数年にわたって地域では親子クッキングや男性向け料理教室を続けています。
玲子さんの料理教室は、技術を一方的に教える場というより、「一緒につくる」ことを大切にする場です。料理は完成した一皿を渡すことではなく、手を動かし、味わい、時間を共有する行為。その考え方は、家庭料理、地域の料理教室、企業や自治体からの依頼など、どの場面でも変わりません。

同じ料理で、違う世界に届く
玲子さんの活動が際立っているのは、料理が届く相手の幅です。
キッズドアでの子ども食堂では、さまざまな環境の子どもたちと向き合い、親子クッキングでは親子の関係を育み、自宅サロンのレッスンでは季節のお料理を提案し、男性料理教室では、これまで包丁を持ってこなかった男性たちに料理の入口をひらいています。
特にこの男性料理教室での取り組みが書籍化された「定年ご飯」というのは素晴らしいです。定年後に困るのは「お金」よりも「食」。そんな視点から、調理ができることを生活の力として伝えているのです。

地域や学校で食の魅力や大切さを伝える授業を行いながら、熱中小学校では地域の食材を使ったメニュー開発なども。一方で、今年の半年間、ピンチヒッターとして保育園での給食担当として早朝から調理に立っていたというから驚きです。
料理は同じでも、相手が違えば役割が変わります。
福祉、教育、家庭、地域。
玲子さんの関わる料理という行為が、社会のさまざまな場所に自然につながっています。

日常に根づく食文化を、言葉と形に
2014年に出版された『おにぎりレシピ101』は、13刷を重ねています。
特別な料理ではない、誰もが知っているおにぎりを、日常に寄り添うかたちで提示した一冊です。
おにぎりは海外でも人気が高く、レシピには英訳が添えられています。
NYや台湾をはじめ、アジア各地で現地語に翻訳されて展開されていることからも、
おにぎりという料理が、国や文化を越えて受け入れられていることが分かります。
「食はいちばん身近な外交」。
玲子さんのこの言葉が形になった一冊だと感じます。

また、集英社のWebマガジン『OurAge』では、
国内外で出合った食材や生産者の思いを、シンプルなレシピとともに約11年間発信されてきました。(2025年末に終了)
さらに、料理家30周年の節目には、『味噌上手』を出版されました。
構想から5年、時間をかけて育ててきたテーマだそうです。日本のスーパーフードである味噌を、「おいしさ」と「元気」の源としてあらためて編み直した一冊です。

続けられる理由は、暮らしと人柄にある
多忙な日々の合間にも、玲子さんは山に登り、茶に親しみ、季節には自宅を開放して人を迎え、好奇心と体調を自分で整えながら、自然体で幅広く活動をされているように思います。
私が個人的に、玲子さんをとても好きだと感じる理由があります。
とても豪快で、気さくなところ。
ぶつくさと、冗談のように面白いボヤキを連発しますが、悪意がないところ。そして実際には必ず手を動かし、問題を解決していく人だというところ。
そして、とにかく話すことが好きで、楽しいことが好きで、人のためになると分かれば、骨身を惜しまず働くところ。
一見、大らかに見えながら、小さなことにもきちんとこだわるところ。
そんなコミュニケーションスタイルには、いつも人への敬意があります。
料理の技術だけでなく、そうした在り方そのものが、玲子さんの仕事を長く支えてきたのだと思います。
私にとっては、料理家としても、人としても、先輩として尊敬している存在の一人です。

水平に広がるパラレルというかたち
パラレルとは、いくつの肩書きを持つかではありません。
一つの軸で、どれだけ多様な世界と関われるかです。
料理という一本の軸で、子どもから家庭へ、家庭から地域へ、そして文化へ。
玲子さんの歩みは、そんなパラレルのかたちを、確かに示しているように思います。