どん底から這いアガり!みんなの運気もアゲるからあげ屋さんに

小畑 幸弘

小畑 幸弘

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大阪市福島区で『運気もアゲる唐揚げ屋 からあげ はま』を経営する小畑幸弘(おばたゆきひろ)さん。紆余曲折を経て現在のお店のオープンに至っています。からあげ屋を始めることになった経緯と小畑さんの生き方そのもの、今後の展望を伺いました。

人とのご縁で数々の飲食店を経てからあげ屋にたどり着く

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最初の飲食店経営は2018年ごろ、大阪・池田市で『低糖質』を売りにしたレストランでした。当時ではまだ珍しいご飯やパンなどの炭水化物を出さずに、お肉を中心としたメニューを提供するお店です。

そのレストランを経営する傍ら、BNIのメンバーとしても活動していました。そのとき、同じBNIのメンバーの方から九州・長崎の『福まん屋』というからあげ屋を大阪でフランチャイズ展開しないかという話をいただきました。おもしろそうだからやってみようと即決。長崎といえばトビウオが有名で、このからあげの特徴はトビウオの出汁であるあご出汁を使っていることです。鶏肉は低糖質・高タンパク質な食材なので、池田市で私が経営していた低糖質レストランでもこの鶏のからあげを販売していました。

その後、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大を機に飲食店は自粛を迫られる事態に。飲食店は開けることができないけれど、弁当販売だったらできるということになり、低糖質からあげの弁当を販売することにしました。当時は市役所や消防署、警察署などに営業をかけていたのですが、みるみるうちに美味しいと評判になり、コロナ明けもからあげ屋として継続することになります。コロナ禍でフランチャイズも撤退していたので、それまで使っていた九州のタレではなく、オリジナルのタレを使ったからあげで営業していました。

しかし、池田市という街はベッドタウンであまり売上が伸びなかったので、2022年11月に閉店。何をやろうかなと考えていた時、共通の知人から、大阪市福島区で親子でしゃぶしゃぶ屋を営んでいる方をご紹介いただきました。息子さんが別の仕事を始めてしまったために誰かにお店任せたいという話でした。私が店を閉店したタイミングだったため声をかけてもらい、現在のお店をオープンすることになったのです。

人生のどん底を経験して「運気もアゲるからあげ屋さん」に

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当店のからあげは5種類の醤油を使った独自のタレに9時間じっくり漬け込んでから揚げるので、冷めても柔らかくて美味しいんです。タルタルソースや油淋鶏のソースもすべて私が手作りしています。市販のソースも試してみたのですが、納得のいくものがなかったので、自分で試行錯誤して作り上げました。

店名の『からあげ はま』という名称ですが、もともとはしゃぶしゃぶ屋さんで『しゃぶしゃぶ はま』という名前でした。『しゃぶしゃぶ はま』はこの福島区の地で20年以上続くお店なので常連さんも多くいらっしゃいます。変にお店の名前を変えるより同じ『はま』で業態を変えた方が、元のお客様も来てくれると前の女将が話していたので、名前をそのまま引き継ぐことにしました。今でもからあげ屋の奥でしゃぶしゃぶを作っており、規模は縮小していますが残っています。実は、亡くなられた旦那さんは吉本新喜劇の有名な芸人である島木譲二さんです。

お店のキャッチコピーに「運気もアゲる」と入っているのは、私が手相鑑定もやっているためです。手相を見させていただいてみなさんの運気を上げながら、からあげも揚げるよということですね(笑)。たまたま知り合った手相の先生に教えてもらったことがきっかけで手相鑑定ができるようになりました。人とのつながりに感謝です。

私自身がなかなか波瀾万丈な人生を送ってきました。パティシエの専門学校を卒業後、ケーキ屋に就職して、その後喫茶店で働いていたのですが、そのお店のお客様に誘われて飲食店の店長に転職。その飲食店は阪神・淡路大震災で無くなってしまい、酒類のディスカウントショップで働くようになりました。しかし、経営状態が良くないということを聞いて別の会社に転職しているので、職業が7〜8個変わっています。離婚は2回しています。

一番辛かったのは自己破産をしたことです。池田市にあった低糖質のレストランの売上が芳しくなかったこととからあげのフランチャイズの撤退時期を間違えたことが原因でした。今だから明るく話せますが、当時は自殺しようとまで考えるほど精神的に追い詰められていました。現在の『からあげ はま』を始める際に、しゃぶしゃぶ屋の女将さんにも自己破産の話をしています。その時の「大丈夫。誰も命までは取らへんから」という女将さんからの一言に救われましたね。税務署だなんだと来るけれど命を取りに来ているわけじゃないから安心して堂々と生きなさいと言われたんですよ。振り返ってみると人が応援してくださったから今があります。人を紹介してもらったり、店に来てくれたりとたくさん助けてもらったので自分ができることでみなさんに貢献できることはなんだろうと考えるようになりました。どん底を経験したからこそ、すべてに感謝することができたし、人生どん底で落ち込んでいるよりも、笑って生きている方が良いだろうと思ったんです。

還暦でおばんざいバーを開くという目標に向かって

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今考えているのは3年後に大阪・梅田の阪急東通商店街や、曽根崎お初天神通り商店街のあたりでおばんざいバーをオープンすることです。3年後に私がちょうど還暦を迎えます。そのお店はみんなが気兼ねなく集まれるお店にしたいんです。皆さんのサードプレイスな場所で、ビジネスや趣味などを通じて「幸せな場所」を作りたいと思っています。TVドラマ「深夜食堂」に出てくるお店は豚汁定食しかメニューがない店なのですが、お客様の食べたいメニューをお聞きして、作れるものは作りますというスタンスの店なんです。私もそのスタイルでやりたいと思っています。

現在、週1回小児がんの病棟へボランティアに行かせていただいています。きっかけは小児がん治療の先生と知り合い、小児がんの現状をお聞きして、私にできることがあればぜひ力になりたいとボランティア活動をすることにしました

小児がんは大人から子どもまでのすべてのがんの症例として非常に少ないのです。治療は保険適用外で、効果のある薬もまだわかっていません。200対200の治験結果を出してから承認されるということがあるそうです。このような現状がまだまだ知られていないので、それを拡げたいという先生の思いに共感しました。

病気になって入院したからこそ体験できることを患者の方にしてあげたいという先生の意向があります。バルーンアートや手品、音楽演奏、ネイル、小物製作などをされている方で、ボランティアに興味がある方と繋がって、病院で定期的にワークショップを開催していけたらと思っています。