どんぐりから15年!京都・京北の原木シイタケ農家が守る、循環型林業ときのこ栽培

京都・京北の里山で原木きのこ栽培を営む「百里衆」代表の宮西真也(みやにし しんや)さん。飲食店やデジタル広告会社など異業種を経て、どんぐりから苗木を育てて森を次世代へ繋ぐ「循環型林業」に挑戦しています。目の前の収穫だけでなく、15年先を見据えて自然と丁寧に向き合う、宮西さんの情熱と里山への想いについてお話を伺いました。
効率ゼロでも続けたい。どんぐりから始まる森の循環

今、私が手のひらに乗せている小さなどんぐりが、きのこを育てる原木になるのは10年から15年も先のことです。「そんなに待つのですか?」と多くの方に驚かれます。私自身、この仕事を始めるまでは、きのこ一つにこれほどの時間がかかるとは想像もしていませんでした。
私は京都市の京北という、森林が約9割を占める里山で、原木きのこの栽培を営んでいます。私たちが大切にしているのは、どんぐりから始まる循環型林業です。循環型林業とは、木を伐って使うだけでなく、どんぐりを拾い、苗木を育て、また植え、長い時間をかけて森そのものを次の世代へ受け渡していく林業のことです。
正直に申し上げると、目の前の収穫だけを考えるなら、これほど非効率な方法はありません。それでも私がこの時間のかかる方法を選んでいる理由について、今日はお伝えできればと思います。
私はもともと、自然の仕事に携わってきたわけではありません。 飲食店や外資系のスーパーマーケット、デジタル広告の制作会社で働いていた時期もありました。転機になったのは、ある森林公園できのこ狩り体験を担当したことです。栽培に興味を持って自分でも手がけてみたものの、周りに教えてくれる人は誰もいませんでした。だからこそ、自然そのものを先生にするしかなかったのです。
どんぐり拾いから始める、日本でただ一つの原木きのこ栽培
私たちが他のきのこ農家さんと大きく違うのは、どんぐり拾いから育苗、植樹までを自分たちの手で実践している点です。私の知る限り、ここまで一貫して取り組んでいる原木シイタケ農家は、日本でも私たちだけだと考えています。
市場に出回るシイタケの多くは、おがくずや米ぬかを固めたブロックで育てる菌床栽培です。短期間で安定して採れるため主流になっていますが、原木で育てたきのことの違いをご存じない方がほとんどなのが、私にはずっと残念でした。スーパーで手に取るシイタケの育ち方まで意識される方は、そう多くはないのだと思います。
原木栽培とは、山から切り出した天然木に菌を打ち込み、菌糸が木の繊維に沿って養分を吸いながら、半年以上かけて育てる伝統的な方法のことです。手間も時間もかかりますが、身が詰まってぷりっとした食感と、肉厚でジューシーな味わいが生まれます。主力の原木シイタケ『京ぽんぽん』は、その代表です。
『京茸(きょうたけ)』というブランドのもとで、私はこの京ぽんぽんを中心に、原木のマイタケやナメコ、レイシ(霊芝)といった品も手がけています。
手塩にかけたきのこは、京都の料理店や関西圏の百貨店、ホテル、星付きのレストランにもお届けしています。自然の中で育てた伝統的なきのこの価値を、一人でも多くの方に味わっていただきたい。その一心です。
一番おいしい原木を育てる、クヌギのどんぐりへのこだわり

私が植樹に使うのは、原木としてもっとも相性が良いと考えているクヌギのどんぐりです。きのこにとって、どの木で育つかは味と質を左右する大切な要素です。だからこそ、入り口であるどんぐり選びから手を抜きたくないのです。
この工程は、マニュアル通りに進むものではありません。一つひとつの作業を丁寧に観察しながら、その年の状態に合わせて臨機応変に対応しています。気温や天候がきのこの生育にどう影響するのかは、栽培を始めた頃、周りに教えてくれる人もいない中で、つぶさに観察し、実践と改善を繰り返して身につけてきました。失敗もたくさんしましたが、その一つひとつが今の自分の判断の土台になっています。
土地の風や湿度、温度を読みながら十分に菌を回していく。この感覚は、何年も森と向き合ってきたからこそ持てるものだと感じています。同じ山でも年によって表情が違い、毎年が一年生のような気持ちになります。だからこそ飽きることがなく、自然と向き合う面白さがここにあるのだと思います。
「伐って、使って、植えて、育てる」里山を未来へつなぐ循環
最近は、クマの出没やシカ、イノシシといった野生動物との共生が、ニュースでもよく取り上げられるようになりました。里山のあり方そのものが問われている時代だと感じています。
私が描いているのは、きのこを軸にした循環型林業を通じて、業界を元気にすることはもちろん、これからの里山のあるべき姿を保ちながら進化させていくことです。そのために実践しているのが、『伐って、使って、植えて、育てる』という流れです。
きのこを育てる原木を伐採し、必要な分だけ使う。一方でどんぐりを拾って苗木を育て、また植える。役目を終えたホダ木さえも、昆虫用の埋め込みマットなどとして余すところなく活用しています。命を最後まで使い切る、これが百里衆としての私のこだわりです。
こうした循環がうまく回らなくなると、山は荒れていきます。高齢化などで廃業される農家さんが増え、放置された原木は朽ち、人が入らなくなった山は手がつけられなくなる。これは京北だけの話ではなく、全国の里山が抱える共通の課題だと、現場に立っていると実感します。
社名の『百里衆』には、里山と共に歩む百姓集団という意味を込めました。美しい里山の景色を後世に守る、そのかけはしでありたいと願っています。
10年後の森を思い描きながら、今日もどんぐりを拾う

どんぐりが原木として使えるようになるまでには、10年から15年。私が今植えている木が役目を果たす頃、私はずいぶん歳を重ねているはずです。それでも、その木でおいしいきのこが育ち、緑あふれる森が次の世代へ受け継がれていく姿を思い描くと、不思議と心が満たされます。
この長い時間軸を一人だけで背負うのは、正直に言えば難しいことです。だからこそ私は、同じ志を持つ仲間とともに里山を守っていける仕組みづくりも考えています。その構想についてはまた別の機会にお話しできればと思いますが、いずれにしても出発点はいつも、足元のどんぐり一粒です。
詳しい商品や日々の取り組みは、京茸のホームページでもご紹介しています。
→ 詳しくはこちらをご覧ください(京のきのこ処 京茸)
自然を相手にする仕事は、思い通りにいかないことばかりです。それでも、長い時間をかけて森を育てる営みには、すぐには手に入らない豊かさがあると、私は思っています。一粒のどんぐりが教えてくれるその豊かさを、これからもきのこという形にして、皆さまの食卓へお届けしていきたいと思います。