岸 直子
オーナー兼デザイナー

2009年オーダーシューズブランドcui cuico(キキコ)をスタートされた岸直子さん。
「可愛くて辛くない靴を作りたい」「履く人にプラスになる靴を作りたい」とお客様の靴づくりと並行して、パンプス専門のオーダー靴工房で木型の知識や、足の知識を身につけながら、自身の理想を体現する靴を作り上げています。今回はこれまでの経緯と今後の展望についてお伺いしました。

cui cuicoを立ち上げたきっかけは、「靴」というアイテムが人にとってとても影響力のあるものだと気づいたことでした。靴は“諸刃の剣”のような存在で、履き方や選び方を間違えると人をダメにしてしまうこともあれば、逆に良くすることもできる。そんな両面性を持ったアイテムなのだと、作り始めてから実感しました。
多くの人が知らないうちに合わない靴で体を痛めている現実と同時に、自分が社会に貢献する意味を考えたとき、「靴を通して人の役に立ちたい」と強く思ったのです。最初は友人や知人といった身近なつながりの中で始めましたが、その原点には大きな志がありました。
元々ものづくりが大好きで、小さい頃から絵を描いたり手芸をしたりしていました。ままごとセットを自分で作ったり、高校時代には本を見ながらカバンを作ったりと、創作は常に生活の一部。受験勉強が嫌になったときは、ものづくりに逃げ込むように夢中になっていました。
社会人になってからは都内のメーカーで働いていましたが、結婚を機に栃木へ移住しました。都心から離れた地方で、しかもファッションという分野で事業を始めるのは決して簡単なことではありません。子育てをしながらも、自分の手で何かを生み出したいという想いが消えることはなく、まずは地元のマルシェに出店したり、ママ友からオーダーをいただいたりと、小さな一歩からスタートしました。地方ではオーダー靴が身近な存在ではありませんでしたが、「なおちゃんがやっているなら」と信頼して注文してくださる方がいて、その信頼の輪が少しずつ広がっていったのです。

cui cuicoの靴づくりには、2つのこだわりがあります。ひとつは「機能性」、もうひとつは「履く人を表現するデザイン性」です。私は最初から、“痛くなくて、かわいい靴”を作りたいと思っていました。どちらか一方ではなく、どちらも満たす靴。履くことで身体に負担をかけず、同時に気持ちも高まる!そんな靴を届けたいという想いです。
実際に履いていただいたお客様からは、「初めての感覚」「背が伸びたみたい」と驚かれることが多いです。cui cuicoの靴は、履くことで体の軸や骨格が整う感覚を得られるのが特徴。お尻がキュッと引き締まるような感覚や、呼吸が深くなるような変化を感じる方もいます。多くの人は「痛くない靴がいい」とマイナスを減らすことを目的にしていますが、cui cuicoでは「履くことでプラスの状態に導く靴」を目指しています。靴の可能性を追求し続けた結果、今の形にたどり着きました。
また、cui cuicoでは既製品から選ぶのではなく、一人ひとりのためにゼロから靴を生み出します。最初はお客様の希望を丁寧に伺っていましたが、途中から「想像を超える一足を届けたい」と考えるようになりました。人が本当に感動するのは、「思った通り」ではなく「想像を超えた瞬間」だからです。靴を通して、自分の理想に近づいたり、なりたい自分を思い出したりする。そんな体験を提供したいと思っています。
デザインを決めるときも、私はお客様の“エネルギー”を感じ取りながら形にしていきます。たとえばリボンひとつを選ぶにも、何千本の中から「この方にはこれだ」と思うものを探し抜きます。デザイン性というよりも、その人自身を表現するための要素なんです。「妥協がない」とよく言われますが、その方の人生を象徴する一足を作れるのなら、どんな手間も惜しいとは思いません。
靴づくりを続ける中で、不思議なご縁に導かれることもありました。あるとき、「エジプトで光の柱を立てる」という不思議なツアーに参加したことがあります。仕事でも遊びでもない“呼ばれた旅”のような感覚でした。そこで出会った方と今では一緒に仕事をする仲間もいます。cui cuicoの活動は、こうした偶然ではない“導き”に支えられているように感じています。靴は、ただのファッションではなく、“魂の縁をつなぐ道具”なのだと思います。

私は「足を大切にすることは、自分を大切にすること」だと感じています。足は身体の土台であり、人生を歩む“原点”です。自分の体を大切にし、自分を丁寧に扱うことで、心が満たされていきます。そうした人が増えれば、社会全体が優しく、穏やかになっていくと思います。大きな平和は、個人や家庭といった小さな幸せの積み重ねからしか生まれないので。誰かのために自分を犠牲にするのではなく、自分自身を尊重することが本当の幸せにつながると信じています。
足を大事にし、自分を表現する。そのために靴はとても強力なアイテムです。cui cuicoの靴を履くことで、自分という存在を思いきり表現してもらいたい。そんな想いで日々靴づくりに向き合っています。
現在、アトリエには200種類以上の革があります。中には希少な革もあり、量産では扱いづらい素材も多いです。でも「効率よりも心が動くものを大切にしたい」という思いから、あえて手間のかかる方法を選んでいます。世界に一足だけの靴を作るということは、その人の人生の物語を一緒にデザインすることだと思っています。
今後は日本だけでなく、海外にも展開していきたいと考えています。世界を巡りながら、人と人をつなぐ「cui cuicoキャラバン」を実現するのが私の夢です。成人の日など、人生の節目に「自分を大切にする靴」として選んでいただけたら、その後の人生がより明るく、スムーズに進むのではないかと思います。若い世代の方々にも、自分の足を大事にすることで、自分らしく生きる力を身につけてほしいです。
靴を通して一人でも多くの方が輝き、自分の人生を自由に歩んでいけるように。これからも“足もとから人生を変える靴づくり”を続けていきたいと思っています。