アイガモと醸す“生きたお酒” 会津の小さな田んぼで始まる、どぶろくとロハスの物語

金本 京平

金本 京平

2025.07.17

「寒さ厳しい冬でも、“生きたお酒”が生まれる場所がある。福島・会津の地で、百羽のアイガモとともに田んぼを駆け回り、どぶろくの可能性を追い求める夫婦がいる。『ロハス』を合言葉に語るのは、自然の営みを大切にする農家、ボンドさんご夫妻だ。」
「どぶろく」というお酒をご存じだろうか?それは、古くから日本各地の農家で親しまれている”にごり酒”の一種。米・水・麹(こうじ)を基本原材料とし、醸造の工程であえて“搾る”という作業を行わないため、白く濁った見た目と、米そのものの甘みを生かした豊かな味わいが特徴だ。かつては農家の自家醸造として盛んに造られ、「収穫後に家族や親戚、地域の人が集まって飲む」そんな風景が日本の農村のいたるところで見られたと言われている。
しかし、現代では、酒税法や醸造に関する法律・設備の問題などが絡み合い、本来の意味での“手づくりどぶろく”を味わえる機会がぐっと少なくなってしまった。一部の地域では「どぶろく特区」という制度が導入され、一定の条件を満たす農家だけが特別にどぶろくを醸造できるようになりつつあるが、それでも全国的にはレアな事例だろう。そんな中、「この特区を活かして地域を盛り上げたい!」と情熱を燃やす夫婦がいる。福島県会津若松市を拠点に、アイガモを放し飼いする“アイガモ農法”で育てた米を使いながら、新しい酒造りに挑戦するのがボンドさん夫妻だ。

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稲作の時期に田んぼでアイガモを放し飼いにしている 

スコットランド出身のリチャードさんとの国際結婚を機にヨーロッパの文化を知り、“持続可能な農業”や“地域に根ざしたワインづくり”のスタイルから着想を得たというボンドさん。どうやってこの寒さの厳しい会津の地に根を張り、ロハスやSDGsといった価値観を取り込みながら未来の“農家像”を描いているのだろうか。

会津若松市といえば、伝統的な会津漆器や鶴ヶ城などで知られる歴史ある地域であり、盆地特有の気候が特徴だ。冬は豪雪に見舞われ、夜間は零下を大きく下回ることも珍しくない。その地でアイガモを駆け回らせ、さらに発酵の奥深い世界に足を踏み入れるというのは並大抵の苦労ではないはず。いったい何が彼らの原動力になっているのか。その答えを探るべく、ボンドさん夫妻へのインタビューを通じて物語を紐解いてみることにしよう。

ヨーロッパから会津へ 夫婦を動かした“運命の帰郷” 

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仲睦まじいお仕事ぶりが印象的なボンドご夫妻

この分野(農業やどぶろく醸造)に興味を持ったきっかけは何ですか? 

「実は私たち夫婦は、もともとヨーロッパで生活していたんです。夫のリチャードはスコットラ ンド出身で、美大で彫刻の先生をしていました。私は大学で日本語の教師をしていて、日本語や、日本の歴史・文化を教えていました。地域のお寿司屋さんから書道のワークショップをお願いされたり、地域交流のイベントをしたり、国際交流の展覧会を催したりと、海外 にいるときはそれが私たちの”日常”でした。 

でも、震災が起きたあと、父の体調がすぐれなくなってしまいました。原発事故の風評被害 で、福島の農家が直面している厳しさは想像以上でした。そこで、私たち夫婦で力になれな いかと思い会津に戻ることを決めました。」と奥様のボンド亜貴さん

ヨーロッパでの経験を“輸入”するような形で農業に携わり始めたボンドさん。しかし帰国し て実家を手伝ううちに、米の収穫量が安定しないことや、売値の変動が激しいこと、農薬や 化学肥料にある程度頼らざるを得ない現実など、いろいろな課題が次々と見えてきたとい う。 

「ヨーロッパで見聞きした“テック×農業”の事例や、“地域のワイン醸造所”みたいな取り組 みがヒントになったんです。たとえば農薬を減らせないか、化学肥料を使わずに循環型の 農業はできないか……。 

そんな中でどぶろく特区の制度を知って、『これだ』とピンときたんですよね。農家が自分た ちの米でお酒を醸造して、自分たちの手で人に届ける。しかも会津には美味しい米と綺麗 な水があるわけですから。こんな魅力的な環境、他にないと思いました。」 

法律上、どぶろくを製造するには特別な免許が必要になる。通常であれば、酒蔵としての 大掛かりな設備と国の許可が不可欠だ。ところが“どぶろく特区”に認定された自治体だと、 小規模な農家でも一定の条件を満たせば醸造免許取得の可能性が生まれる。こうした地 域おこしの仕組みがあることを知り、ボンドさん夫妻は「今こそチャレンジするときだ」と動き 始めたという。 

“生きたお酒”への険しき道——温度管理と法の壁 

これまでの活動で、一番苦労したことは何でしょうか? 

「さらに法律の壁も大変。やっぱりどぶろく特区だからといって『はい、どうぞ』で済むわけで はなく、税務署や自治体に申請しなきゃいけない膨大な書類があるんです。米の品質管理 から安全面の手続きを含めて、一歩ずつ積み上げていくしかありません。でも、“本当に美 味しいどぶろくを届けたい”という思いがあるからこそ、少しずつでも進めています。」 

醸造には化学的・微生物学的な知識も必要だ。温度や衛生環境を誤ると、味や香りが崩 れるだけでなく、品質上の大きな問題にもなりかねない。しかも、ボンドさんがこだわる“アイ ガモ農法”は、農薬の使用を極力抑えることでイネ本来の強さや地域生態系を活かす農法 だ。自然を相手にするからこそ、一定のリスクも伴う。 

「このアイガモ農法も、いざやってみるとカモたちが脱走しちゃうことがあったりして(笑)必 死に探し回って、近所の人に手伝ってもらったりすると、そこから人の繋がりが生まれる。 苦労ではあるけど、同時に面白い側面でもあるんですよね。」

一杯に宿る歓び、仲間と繋がるアイガモ農法 

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数十羽の小柄なアイガモが群れをなしてパタパタと動いている姿は微笑ましい 

これまでの取り組みの中で「やってよかった」と思う瞬間はいつですか? 

「まだ免許申請中なので、本格的に量産できるのはもう少し先になりますが、アイガモ農法 に切り替えてから田んぼの生き物の数が増えているのを実感しています。生き物の多様性 が出てくると、“生きた土”になるというか、土の力が戻ってきた感じがあって。そこから得られるお米は、味わい的にも安心・安全の面でも自信を持てるんですよ。 

カモが雑草を食べてくれて、虫を食べてくれて、人間は補助的な作業をするだけ。 

自然との絶妙な協働とバランスを見るたびに、『ああ、やっぱり農業って面白い』と思いま す。」

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御主人のリチャードさんがアイガモを手に取り田んぼに放とうとしている 

カモの脱走騒ぎを地域の人々が協力してくれたというエピソードは、人と人をつなぐ“きっかけ”をつくる力を垣間見せてくれる。そこに加え、どぶろくへの挑戦が始まったことで、「醸 造」「発酵」「酒造り」といったキーワードにも興味を持つ人が集まり始めた。 

もともとワインやビールの“クラフト文化”に関心がある若者や、SDGsやロハスという視点 で日本各地を巡る人たちが訪れたりもして、地域交流の輪がさらに広がりつつあるという。 

どぶろく体験が生む新ロハス。地域を変える小さな挑戦

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稲作の合間の休憩中に餌を与えると、たくさんのアイガモが寄ってくる

「まずは、会津の米・水・発酵文化を丸ごと味わってもらいたいですね。どぶろくや日本酒を 通じて、“この土地にしか出せない味”を届けたい。実際、ワインの世界だと“テロワール”な んて言葉がありますが、田んぼや水源、気候、そこで働く人の想いまで含めて、味に反映さ れるという考え方です。私たちの農業にもそれが当てはまると感じています。 

そして、いつかワークショップのようなかたちで“どぶろく仕込み体験”ができるプログラム を実現したいんです。出来立てのどぶろくって、ほんの1〜2日しか楽しめない独特の風味 がありますから、現地でしか味わえない特別感があります。そこでみんなが『何これ!』っ て驚いてくれたら、そのまま地域を好きになってもらえるきっかけになるんじゃないかなと思います。 

読者の方にぜひ伝えたいのは、『小さな農家だからこそできる挑戦がある』ということ。都市部のように大資本でバーッと拡大するわけにはいかないかもしれませんが、逆に私たち は目の届く範囲の田んぼや蔵でしっかり向き合うことができる。 

田んぼの状態を把握し、気候や生き物の反応を察しながら細やかに手入れを入れていく。 そういう営みが“ロハス”や“SDGs”の理念に通じていると思うんです。 

ちょっとしたアイデアが、すごく大きなイノベーションに繋がる可能性もある。だから、自分 の身近なところからまずは一歩踏み出してみてほしいなって。小さな行動を積み重ねると、 本当に地域も未来も変わっていくと信じています。」

自然に寄り添う醸造がもたらす奇跡、生きたお酒が繋ぐ絆

 ボンドさんご夫婦がいちばん伝えたいのは、まさにこの一言に集約されている。

 「生きたお酒が人と人、そして自然を繋ぐ。」 

どぶろくは、搾らずに米由来の濁りをあえて残すからこそ、発酵の様子がダイレクトに現れ る。一般的な日本酒のように透明感のある液体とは違い、まるで生き物が息づいているか のようなエネルギッシュな味わいだ。しかも、冬の寒さが発酵をゆっくり進めるため、会津と いう土地ならではの“深いコク”や“やわらかい酸味”が生まれたりする。 

まさに“自然の声を聞く”ことで、米と麹の可能性が最大限に引き出されるのだ。 

そこに加え、アイガモを放つ田んぼそのものが持つ意味も大きい。農薬を減らせば生態 系が豊かになる。土の中の微生物が活性化し、ミミズやカエルなどいろんな生き物が戻っ てくる。結果的に、土がふくよかになり、育つ米にも力が宿る。そうやって育まれた米を麹と 合わせ、酵母の力を借りて醸造すると、“その地域ならではの風土とストーリー”がぎゅっと 詰まったお酒ができあがるのだ。 

たとえ会津が厳しい寒さに包まれても、雪解けの頃には土が呼吸をはじめ、アイガモも活 気づく。そこに携わる農家の工夫や愛情が、どぶろくという“生きたお酒”の形で私たちの手 元に届く。これは考えてみれば、とても尊い循環であり、昔ながらの“日本の農村文化”を現 代に継承していく行為そのものでもある。

田んぼの香りと湯気の温もりを味わいに、足を運ぶことで開く未来 

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たくさんのアイガモが水いっぱい張ったモ田んぼを走り回る様子

「自然が醸し出す味わいを、多くの人に知ってほしい」 

それがボンドさんとリチャードさん夫妻の共通した願いだ。近年はSDGs(持続可能な開発 目標)という言葉やロハス(LOHAS)というライフスタイルが、世間でよく耳にされるように なった。しかし「自分には関係ない」「何をすればいいのかわからない」という声も決して少 なくない。 

ところが、彼らがアイガモ農法で米を育て、どぶろく特区に挑み、徹底した温度管理をしな がら日々発酵の状態を見守る姿は、まさに“持続可能性”の体現とも言えるだろう。一歩踏 み出すヒントは意外にも足元にある。 

田んぼの泥の手触り、カモが走り回る姿、そして仕込みの最中に漂うほのかな米麹の香 り。そういった“自然とのダイレクトな関わり”にこそ、私たちが本来もっている感性を呼び覚 ます力が宿っている。 

もし、この記事を読んで「どぶろくってどんな味なんだろう?」と疑問を抱いたら、ぜひ会津 の町へ足を運んでみてほしい。できたてのどぶろくは賞味期限も短く、わずか1〜2日で味 が劇的に変化してしまう。 

だからこそ、“現地でしか味わえない魅力”が凝縮されており、そこでの出会いがあなたの人生観をちょっとだけ豊かにしてくれるかもしれない。 

そして、会津の冬の蔵で湯気の立ち上る仕込み鍋を眺めながら、どぶろくの香りをゆっく り感じ取るひととき。いつもはコンビニやスーパーで手軽に買えるお酒に慣れている人で も、“生きたお酒”のあたたかみが心と身体をほどいていくのを実感するだろう。発酵の力が つなげてくれる人との縁や地域との絆は、決して小さくないはずだ。 

最終的に、こうした“小さな行動”や“小さな驚き”が積み重なって、もっと大きな社会変化に つながっていく可能性を秘めている。ロハスやSDGsというテーマを偉そうに語るのではな く、まずは自分の暮らしの中に“一杯のどぶろく”を取り入れてみる。そこで得た実感が、自 然の営みに対する畏敬や感謝を育み、誰かと共感を分かち合う輪を広げるきっかけになる かもしれない。 

会津の田んぼでは、今日もアイガモがピヨピヨと走り回り、“生きた土”の息づかいがかす かに聞こえている。ボンドさん夫妻の視線は未来に向けられ、どぶろくづくりの計画書が少 しずつ形を帯びていく。厳しい冬の寒さのなかでも、発酵は止まらない。まるで私たちに「い つか会津へ、そして一緒にロハスを楽しんでみないか」と呼びかけているかのようだ。

追記 

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ワクセル総合プロデューサー住谷とボンドご夫妻の写真 工房の前にて 

この度、Bondご夫妻の農場にワクセル株式会社のメンバーが訪れ、取材をさせていただ きました。ご協力いただきました御関係者の方に感謝申し上げます。

インタビューを受けてくださった方 

ボンド亜貴 

福島県会津若松市に生まれ、福島大学大学院修了後、ポーランドで12年間、日本語教師 やアートイベントに携わる。2014年、東日本大震災を機に帰国し、翌年スコットランド出身 のリチャードさんと結婚、夫婦で会津に定住。実家の無農薬農業を守るため、アイガモ農法で育てた米を活かした「ロハ酒」などの加工品を制作、今年は「どぶろく」に挑戦。さらに 夫婦でBond&Co.を起ち上げ、ロハスやSDGsを意識した日本酒を販売し、地域の自然と 文化を尊重しつつ、持続可能な未来を目指す。