師匠との出会い

池本 誠知

池本 誠知

2022.09.23
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14歳の時にプロレスの試合を観て「俺のやりたいことはこれだ!」とひらめき、以来自己流でプロレスラーを目指し、23歳の時にアマチュア大会で全国制覇した池本誠知さん。その後も第3代DEEPウエルター級チャンピオンを獲得し、現在も現役格闘家として活躍しています。今回のコラムでは、森会長との出会いから、現役格闘家としてこだわっていることなどを語っていただきます。

師匠は自分の可能性を見出してくれた

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全日本プロレス入門を目指していた池本少年は、高校卒業式の日に、学生服を着たまま、目をキラキラ輝かせて河内天美駅前にあるライルーツコナンに入会しました。念願の格闘技ジム入会の日です。

そのライルーツコナンで、格闘技の師匠、森会長と出会いました。森会長は、旧UWFで活躍されていた選手です。この会長との出会いで、プロレスの道から総合格闘技の道へ行きたいと夢を方向転換したのです。

会長とスパーリングした時に、僕に対して「センスあるから格闘技でプロを目指せへんか?」と言ってくれました。「お前ならいける」そう言われて、正直嬉しかったです。周りからは、「ガリガリやから」とかで、みんなに夢を反対されていた自分にとって、会長の言葉は勇気や希望を与えてくれました。自分の将来の可能性を見出してくれたのです。

会長からは、たくさんのことを学びましたし、当時は、道場破りみたいな人もたまに来たので、会長が制裁するところも見ました。今では、考えられないことがたくさんありました。毎日練習で顔を合わせ、一緒に試合や遠征にも行ったし、合宿、飲みにも行きました。練習は、半端なく厳しかったです。いつも竹刀を持ってましたね(笑)

でも、会長の追い込み練習をやると、「こんなにきつい練習してるやつはいない」と思えて、自分に自信が持てました。

言い訳ではなく状況をプラスに考える

見出し2画像_嶋村吉洋社長が主催するワクセルのコラム_池本さん_少年時代上半身裸ガッツポーズ

ある日、足を痛めて今日は練習できないと僕が言うと…

「足が折れていても、寝技ならできる」
「片腕が折れたら、反対側の動く方を鍛える」

と、無茶に思うかもしれないけど、怪我を言い訳にせずプラスに考える、できることをするという考えは、今も人生に役立っています。

当時、周りの同級生やジムの仲間は、大学などに進学すると金曜日や土曜日の週末は、コンパや飲み会へ行ってました。自分は、格闘技でプロを目指すからには、週6日練習して当たり前と考えてました。

休むことは、まずありえなかったし、休むと普通の選手で終わっちゃうと思っていました。周りが遊びに行っても、成功したら、いくらでも遊んだらいいと自分に言い聞かせて、練習に明け暮れましたね。

ジムの練習で意識していたのは、レッスンなどで会長に技を習ったら、その動きを誰よりも早くできるようにするということです。自分には、パワーが無いと分かっていたから、スピード、スタミナ、気持ちを強化しないと、トッププロには通用しないと感じてました。

常に人に観られている意識を持つ

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常にこだわっていたことは、練習中でも、人に観られる意識を持つことです。その意識で練習していると、お客さんがいても緊張したりあがったりしません。むしろ人に見られたら燃えると、普段以上の力が出ることも…

戦いに関しては、「冷静かつ残虐、獰猛に戦え」と、会長から言われていました。すぐにカッとなって自分を乱すのではなく、冷静に相手の弱いところを躊躇なく攻めていく。これは、戦いにおいて非常に大事なことです。

また、おとなになってから、「プロを目指すのを諦めたことは⁉️」という質問を良く受けます。

諦めたことは、もちろんありません。なれなかったらこっちにいこうという選択肢は無かったし、とにかく格闘技が好きで、他に格闘技より魅力的なものはありませんでした。

ライルーツコナンは、師匠との出会いもありましたが、仲間との出会いもあり青春の場でもありました。その内容は、YouTubeで一度酒を飲みながら撮影しましたが、放送できない内容になりました(笑)

次回は、その辺りの話せる範囲。
一応、校長の立場なので…

書いてみようかな⁉️と、思います。
でもやめておきます(笑)

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