男装くん
Tiktoker
イベント企画
シンガーソングライター
育児系エンターテイメントパフォーマー

SNS総フォロワー数が約60万人のコスプレイヤー『男装くん』。インフルエンサーの傍らイベント運営支援システムの開発やSNS運用代行なども行い、精力的に活動を続けていますが、実は余命1カ月と宣告されたことからTikTokでの発信を始めています。今回、闘病生活の体験について綴って頂きました。
4歳の娘と生後10か月の息子を育てる中、突然告げられた「余命1か月」という宣告。診断名は急性骨髄性白血病。発見が遅れ、明日生きている保証もないと言われました。その日から始まった即日入院と抗がん剤治療。母として、そして一人の人間として向き合った“生と死の境界線”を綴ります。

当時、私は4歳の娘と、生後10か月の息子を育てていました。
2人育児に追われる日々の中で、体の異変は静かに始まっていました。
ある日突然足や腕、体のあちこちに紫斑が現れ、週に一度は高熱で寝込む日々が何か月か続きました。
当時生まれたばかりの息子と赤ちゃん返りが激しくなった娘の育児に加え、義実家でお世話になっていたこともあり、「育児疲れだろう」と思い、市販薬でやり過ごしていました。
しかし、1か月に2度生理が来て、異常な出血が起きたとき、さすがに恐怖を覚えました。
トイレは血で真っ赤に染まり、手足にあった紫斑は全身に広がっていたのです。
それでも育児や忙しさを理由に、自分自身の受診を先延ばしにしていました。
ある時、息子が熱を出したので病院のついでにと軽い気持ちで私も血液検査を受けることになりました。
その結果が、私の人生を一変させました。

最初の病院では正常な白血球がほとんどないという異常値が出ました。
しかし医師は「機械の故障かもしれない」と半ば冗談のように言いました。「にわかには信じられない数値が出ている」と。
そのあと、その医師に言われ念のため紹介された大学病院で再検査を受けました。検査の後、病室に戻るとなぜか家族全員が集められていました。
医師は私の手を握り、静かに告げました。
「白血病です。」
頭が真っ白になりました。…白血病、、昔何かのドラマで見たことがあったような
「私が…?」
まさかそこまで深刻な状態だったとは。
「…余命はありますか?」
「1か月…ないかもしれません。明日かもしれない。」
死よりも先に浮かんだのは、子どもたちの顔でした。ママがいないと泣く娘。まだ言葉も話せない息子。
この子たちを残していくのかもしれないという恐怖が、胸を締めつけました。

「今からすぐに入院します。」
その言葉で、日常は断ち切られました。家に帰る時間もなく、
癌治療を主に専門で扱っている九州がんセンターという病院に行くよう促されました。
子どもたちはまだよく状況を呑み込めていない様子で
いつも通りママが家に帰ってくるものだと思っていました。
ところが、その事実を知った瞬間娘は火がついたように泣き出しました。
「ママが?今から?ママ死んじゃうの!?」
「嫌だ!!ママ!!ママーーーーーー!」
泣き叫ぶ娘を抱きしめながら、私は
「絶対に死なない!絶対に生きてまた会えるよ!!」
と涙を堪え、どうにか娘を落ち着かせようと努めました。
子どもたちの成長を見たい。
もう一度、抱きしめたい。
あの日から、私の闘いが始まりました。
(次回:子どもと離れた最初の夜、そして抗がん剤副作用との本格的な闘いへ)