足りないものは、自らつくる――人生の研鑽から生まれた「世和寺」の挑戦

天満山不動尊 世和寺の住職であり、真言密教の阿闍梨として後進を育てる玉置真妙(たまき しんみょう/本名・玉置真澄)さん。
実業家としての歩みや、さまざまな人生経験、哲学との出会い、そして出家を経て、祈りと学びの場である「世和寺」を開山しました。
多様な経験と修行を通して深めてきた人生哲学と、その先に生まれた世和寺。そして、寺院の活動を通じて人から人へとつないでいきたい「幸せの循環」についてお話を伺いました。
人生の転機で深めた智慧と、もう一度歩き出す力

子どもの頃から、祖父母や両親の影響もあって、「人の役に立つこと」「喜んでもらうこと」が当たり前の環境で育ちました。自分が空腹であっても「どうぞ」と譲ってしまうような気質は、幼い頃から今に至るまで、私の根底にあります。
18歳から経験したバックパッカーの旅では、物質的には決して恵まれているとは言えない環境でも、子どもたちがよく笑い、助け合いながら暮らしている姿を目の当たりにしました。
そこで感じたのは、物質的な豊かさと「幸せ」は、必ずしも比例するものではないということです。
人は、比較やさまざまな情報に触れることで、「自分には何かが足りない」と感じ、すでにそこにある幸せを見失ってしまうことがある。「人にとって、本当の幸せとは何なのだろう」この問いは、その後の私の人生にもずっと流れ続けています。
20代からは大阪・北新地で独立し、飲食店やサロン、日本舞踊のお稽古場など、さまざまな事業に携わってきました。
時には人からの裏切りや大きな金銭的トラブル、詐欺被害にまで遭いました。それでも、失ったものや離れていった人に執着するより、「ないなら、また自分で生み出せばいい」と考え、前へ進んできました。
ひとつの大きな転機となったのは40歳の頃です。
水商売を引退する節目で結婚し、家庭に入りました。しかし、言動や服装まで細かく制限されるような生活の中で、少しずつ自分らしさを見失っていきます。さらに実母との死別や子宮全摘出の大病が重なり、心身ともに限界を迎え、重度のうつ病を経験しました。
命とは何なのか。なぜ人は苦しむのか。そして、どうすればもう一度生きていけるのか。そんなことを模索する中で出会ったのが、アーユルヴェーダやインド占星術、そしてヴェーダ哲学でした。
外とのつながりが少なくなり、身動きの取りづらい生活だったからこそ、手元にある哲学や医学の学びに没頭しました。知ること、学ぶことそのものが、少しずつ生きる力に変わっていったのです。
そして、インド哲学や占星術を学ぶ中で、物事を「良い・悪い」だけで判断するのではなく、その人の性質や背景まで含めて理解しようとする視点を持てるようになりました。
夫婦関係についても同じです。相手が変わることを望み続けるのではなく、「なぜ、この人はこう考えるのだろう」「私は、この人とどう関わるのだろう」と、自分自身の捉え方や関わり方を見つめ直すようになっていきました。その結果、憎しみを残して別れるのではなく、お互いに感謝を伝え、それぞれの人生へ進むことができたのです。
状況そのものをすぐに変えられないことはあるでしょう。それでも、学ぶことで見える景色が変わり、自分の選択や関わり方が変わることはある。少なくとも私は、そうやってもう一度、自分の人生を歩き始めることができました。
足りないものは、自らつくる――祈りと研鑽の場「世和寺」の開山

その後、単身インドへ渡り、本格的にインド占星術とアーユルヴェーダを学びました。
帰国後はサロンやバーを開業し、再び仕事を始めます。
けれども、探究を深めれば深めるほど、心のどこかに「まだ何かが足りない」という感覚が残っていました。
ヴェーダの世界には、星や自然、身体や心を学び、人々に智慧を伝え、祈りを捧げながら生きる「リシ(聖者)」と呼ばれる存在がある。その姿を知ったとき、それまで別々に学んできたものが、私の中で一本につながり始めました。
身体を見ること。心を見ること。星を読むこと。学びを伝えること。そして、祈ること。「私は、これを全部できる人になりたい」次第に、「祈りを担う者として生きる」という道が、自分の中ではっきりしていきました。
そうした探究の中で、密教文化が今も色濃く息づくチベットを訪れ、祈りや修行が日常の中にある世界にも触れました。
また、南インドに伝わるアガスティアの葉のリーディングを通して、自らの過去世や人生について語られたことも、自分の歩む道を改めて見つめるひとつのきっかけとなりました。そうしたさまざまな探究が、やがて日本の仏教、そして真言密教へとつながっていきます。
出家し、修行と傳法灌頂(でんぽうかんじょう)を経て、真言密教の法を受け継ぐ阿闍梨となりました。
しかし、阿闍梨として人々のために祈りたいと思っても、当時の私にはその拠点となる護摩を焚ける場所がない。そこで、「護摩を焚く場所がないなら、作ればいい。足りないものは、自らの手でつくるんだ」
そうして開山したのが、「世和寺」なのです。
寺院の名には、サンスクリット語で「奉仕・貢献」を意味する「SEVA(セヴァー)」の精神と、「世を和する」という祈りを込めました。護摩祈祷や供養はもちろん、人生相談、インド占星術、アーユルヴェーダの智慧、瞑想や音を使った取り組みなど、世和寺への入り口はさまざまです。
私が大切にしているのは、誰もが日常の延長で仏教や祈りに触れられること。
世和寺は、祈る場所であると同時に、誰もが羽を休め、自分自身と向き合い、優しい生き方を育んでいくための道場でもあるのです。
心に余白を生む「音」と、持続可能な寺院運営
世和寺の活動の中で大切にしているアプローチのひとつが、シンギングボウルなどの音や振動を用いた瞑想やヒーリングです。
現代は、スマートフォンやパソコンを開けば絶えず新しい情報が入り、仕事でも生活でも、私たちは一日の中で何度も判断や選択をしています。家に帰ってからも考え事が続き、「頭を休ませる時間がない」と感じている人も少なくありません。だからこそ、音や振動に意識も身体も預け、考えることから一度離れてみる。
「音」は、心に静かな余白をつくってくれます。
私はよく、「何もしない時間は、現代人の脳にとって最高のご馳走」だとお伝えします。
「何かを学ぶことも、頑張ることも大切。でも、それと同じくらい、何もしないこと、考えないこと、自分を休ませることも必要なんじゃないのかなと思うんです」
また、寺院を運営していく上では、実業家として培ってきた経営の視点も大切にしています。
世和寺には、将来を担う若い弟子たちも所属しています。祈りや学び、人を支える活動を持続可能な形で続けていくためには、寺の経営そのものが健全であることが必要です。寺を守り、人を育て、活動を続け、次の世代へつないでいくためにも、このバランスを大切にしています。
いただくべき対価はきちんといただき、奉仕できるところには惜しみなく力を注ぐ。蓄えるべきものは守り、必要なところにはきちんと使う。経済もまた幸せの循環なのです。
「自愛・気愛・生き甲斐」が織りなす幸せの循環

私が活動の根底で大切にしているのが、「自愛・気愛・生き甲斐」という3つの言葉です。
すべての始まりは「自愛」です。まず、自分自身を知り、自分を愛で満たすこと。自分の中が枯渇したままでは、誰かのために愛を渡し続けることは難しくなります。だから、まず自分を満たす。
そして、自分の中に満ちた愛を、自分だけのものにして終わらせない。人のために勇気を出したり、行動したり、誰かに手を差し伸べたりする力へ変えていく。それを私は、「気愛」と呼んでいます。
そして、自分の命や、自分の中にある愛という力を、「何のために使って生きていくのか」その答えが、その人自身の「生き甲斐」になっていきます。
大きなことを成し遂げなければならないわけではありません。
家族のためにご飯を作ることも、目の前の仕事を丁寧にすることも、困っている誰かに声をかけることも、その人なりの生き甲斐になり得ます。外の基準や他者との比較だけで自分の幸せを測るのではなく、まず自分の中にすでにある幸福に気づく。
自分を満たし、そこから溢れたものを誰かへ渡していく。その循環が少しずつ広がっていけば、人と人との関わり方も、社会の空気も、きっと少しずつ優しくなっていくと思っています。
「心に仏を、社会に阿闍梨を。」
私が今目指しているのは、一人ひとりの心に仏心を育むこと。そして、仏教の智慧と祈りを持ちながら、現代社会の中で人に寄り添える阿闍梨を育てることです。
一人の心から始まった優しさや智慧が、家族へ、地域へ、そして次の誰かへと手渡されていく。その「幸せの循環」を、一人から一人へ、少しずつ広げていくこと。
それが、世和寺から広げたい「世界平和」のカタチです。