拳に誓う

プロボクサーとして過酷なリングに立ち続ける、そんな自身の原点と覚悟を綴る和嶋俊光(わじま としみつ)さんの連載コラム第2弾です。かつて家族の窮地に何もできなかった無力さを抱え、強さを求めた先にあったものとは?困難に直面したとき、逃げるか、それとも理想を選び取るか。人生の舵を握りしめたいと願うすべての人に贈る、再起と挑戦の記録です。
過去の無力さを超えるために

ボクシングを始めた理由は、シンプルだった。 勇気が欲しかった。
好きなことで金を稼ぎたかった。
強くなりたかった。
でも本当に欲しかったのは、もっとシンプルだ。 自分の選びたい理想を、選べる人間になること。
あの夜、家族が壊れていくのを
ただ見ていることしかできなかった。
何もできなかった自分。
震えて、立ち尽くしていた自分。
あの時、もし勇気があったら。
そう思い続けてきた。
だから強くなりたかった。
誰かに勝つためじゃない。
過去の自分だ。
そして、救えなかった家族を救える自分になるためだった。
逆境こそが「前に進んでいる証」

ボクシングは、想像していたものとは違った。 綺麗な世界じゃない。
殴られる。
痛い。
苦しい。
でも、楽しかった。
強くなっていく実感があった。
あざだらけの腕。
折れたアバラ。
固くなっていく拳。
それは全部、自分が前に進んでいる証だった。 痛みは後退じゃない。
前進だった。
自分のことを、誰よりも信じてくれている人がいた。
「お前は絶対に大丈夫」
「すごくプロ向きだよ」
そう言ってくれた先輩がいた。
でも、その人は自ら命を絶った。
理由はわからない。
ただ一つだけ思った。
このまま終わったら、顔向けできない。
プロボクサーになると決めて、田舎を飛び出した。
最初に入ったジムでは、
半年以上通っても名前すら覚えてもらえなかった。
次に移ったジムでは、
露骨に煙たがられた。
居場所なんてなかった。
それでも、やるしかなかった。
地元の先生のコネで、
ようやく別のジムに入る。
ここでダメなら終わり。
そう思っていた。
「やるか、やるか」の連続が人生を創る


プロテスト。
田舎を飛び出した覚悟も、
応援してくれた人の言葉も、
全部ここに乗せた。
だから思っていた。
「このテストに落ちたら、自分には何も残らない」
でも、現実は甘くなかった。
相手は格上。
倒しきれない。
終わった瞬間、思った。
「ああ、引き分けぐらいか……」
つまり、不合格だと思った。
あの先輩の言葉が浮かんだ。
「お前は絶対に大丈夫」
その言葉を思い出して、
逆に苦しくなった。
全然大丈夫じゃねえじゃん。 そう思った。
だから、終わりだと思った。
結果を聞いた時の感情は、
嬉しさじゃない。
ただの安堵だった。
「……生きててもいいのか」
それだけだった。
デビュー戦。
ここで初めて“死”を感じた。
試合中、頭がぶつかる。
目の上が裂けた。
骨が見えているのがわかる。 さらに、眼窩底骨折。
右目の視界が歪む。
それでも試合は続く。
終わったあと、崩れた。
呼吸ができない。
血反吐を吐く。
何度も吐く。
それでも楽にならない。
「あ、これ死ぬかもな」
本気でそう思った。
でも、その中で思っていたのは怖いじゃない。
悔しい、だった。
ボクシングは、ただの競技じゃない。 逃げるか、立つか。
やるか、やるか。
その連続だった。
もしボクシングに出会っていなかったら。
たぶん自分は、
“自分の人生を選ぶ”という感覚を、
知らないまま生きていたと思う。
向上心も、
今ほど持てなかったと思う。
でも、拳を握ったことで変わった。
怖くても、
自分の選びたい人生に向かっていいんだと知った。
拳を握ったことで、
人生を選びにいけるようになった。
ボクシングは、強くなるためのものじゃない。
あの時、何もできなかった自分に対して それでも前に出る人間になれた 。
そう言えるためのものだった。
