男装くん
Tiktoker
イベント企画
シンガーソングライター
育児系エンターテイメントパフォーマー

SNS総フォロワー60万人のコスプレイヤー『男装くん』。インフルエンサーの傍らイベント運営支援システムの開発やSNS運用代行なども行い、精力的に活動を続けていますが、実は余命1カ月と宣告されたことからTikTokでの発信を始めています。コラム連載第3回目も、闘病生活の実体験について綴って頂きました。
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本格的な治療が始まりました。
まずは体内の詳しい検査から。
腕から心臓近くまで管を通す処置を受けました。これは、これから毎日何度も行われる採血のためのものです。
その回数は、1日に十数回。
さらに、骨髄注射。
腰のあたりに、鉛筆ほどの太さの針を刺し、骨髄から血液を採取します。
「こんな治療がこれから続くのか」
そう思うだけで、体がこわばりました。
白血病の治療は、まず体内にいる芽球――つまりがん細胞を無くすことから始まります。
そのために行われるのが、抗がん剤によって体内の白血球をすべて死滅させる治療でした。
白血球がいなくなるということは、免疫がゼロになるということ。
つまり、普通の人なら何ともない菌でも、命に関わる感染症になる可能性があるのです。
そのため私は、無菌病棟の個室へ隔離されました。
外の空気との接触も禁止。
人との接触も禁止。
一日中点滴が繋がれ、寝返りを打つことも、自分一人で着替えることも困難でした。
さらに食事、トイレ、入浴、行動、すべてが管理される生活が始まりました。
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抗がん剤は一度では終わりません。
がん細胞が生き残っている可能性があるため、何度も強力な薬が体に注入されます。
最初は、少し車酔いのような気持ち悪さでした。
「これくらいなら耐えられるかもしれない」
そう思っていました。
しかし数日経つと、状況は変わりました。
立つこともできない。
トイレに一人で行くこともできない。
シャワーを浴びることもできない。
体が、自分のものではないようでした。
一日に飲む薬は、多い日で10種類以上。
抗がん剤の影響で、口の中の皮膚はただれ、全身の皮膚もビリビリと剥け落ちていきました。
コップ一杯の水を飲むのに、30分以上かかることもありました。
ある日、くしゃみをしただけで鼻の粘膜に傷がつきました。
血小板がほとんどない状態だったため、大量の鼻血が6時間止まりませんでした。
自分の体が、少しずつ壊れていく感覚。
それを、ただベッドの上で受け止めるしかありませんでした。
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実は私は、20代前後の頃にアイドル活動をしていました。
役者やテレビCM、ドラマ、モデルなど、メディア関係の仕事もしていたことがありました。
だからこそ、容姿にはほんの少しだけ自信がありました。
でも――
治療が始まって2週間ほど経ったある朝。
目を覚ますと、枕にびっしりと髪の毛がついていました。
「まさか…」
そう思いながらシャワーを浴びると、
髪の毛はボロボロと抜け落ちていきました。
指で触れるたび、束になって落ちていく。
排水溝には、信じられない量の髪の毛が溜まっていました。
鏡を見たとき、私は言葉を失いました。
自慢だった肌は黒くくすみ、
目の周りは深く落ち窪み、
体はやせ細り、
髪はまだらに抜け落ちていました。
そこに映っていたのは、私が知っている自分ではありませんでした。
まるで映画『ロード・オブ・ザ・リング』に出てくる
ゴラムのような姿でした。
「これが、私…?」
普通なら泣く場面だと思います。
でも――
なぜか私は、
笑っていました。
あまりにもゴラムみが強かったので
「これ、面白いw」
「人間って、こんな感じになるんや!!」
そしてその時、
ふと思いました。
「これ…ネタになるな。写真撮っておかないと」
普通の人からしたら、
とんでもない発想かもしれません。
でも私は昔から、
どんな出来事も少し俯瞰というか楽観というか、何かに活かせないか?として見る癖がありました。
辛いことでも、
「これ面白くできないかな?」
と考えてしまう。
それは、後になって気づくのですが
この地獄の闘病生活を乗り越える
一つの武器になっていきました。
どんな姿でもいい。
髪がなくても
顔が変わっても
昔の自分に戻れなくても
それが武器になるならそれでいい。
あの子たちの「ママ」に
もう一度なれるなら。
私はそのためなら
どんな姿になってもいい。
そう思えた瞬間でした。
(次回「無菌病棟で心が折れた日」)