農業にお金が落ちる仕組みをつくる!農業の未来をつなぐ挑戦とは
種苗メーカーでの現場経験を経て、現在は独立し野菜の小売業を営む伊藤浩平(いとうこうへい)さん。日本の農業が抱える「生産者にお金が残らない」という構造的課題に直面したとき、選んだのは自らが売り場に立ち、価値を伝える道でした。効率や数字だけでは測れない「農産物の物語」を届けることは、私たちの食卓と未来をどう変えていくのでしょうか。
農業に憧れて入った業界で見えた現実

私はこれまで約5年間、個人事業主として営業代行の仕事をしてきましたが、今年から新たに「野菜の小売業」を始めました。その背景には、大学時代に農学部で学び、前職で種苗会社に勤めていた経験があります。勤めていたのはカネコ種苗という種のメーカーで、学生時代に学んでいたこともあり、「農業の現場で働きたい」という思いから選んだ会社でした。正直に言えば、当時の知識は生半可なものだったと思います。ただ、日本の食料自給率が約37%であることや、農業人口の減少といった課題を知る中で、「農業に関わる仕事がしたい」という気持ちは本物でした。
入社して3年ほど、生産者の方々のもとを回る日々が続きました。中でも強く印象に残っているのが、入社した年に起きた台風21号です。愛知から関西にかけて大きな被害が出て、ビニールハウスが壊れ、資材が大量に必要になりました。会社としては売上が伸びましたが、その裏で、畑仕事を続けられなくなり、農業を離れていく方々の姿も目にしました。また、岐阜県海津市という大きな産地で「今年は新規就農者がゼロだよ」と聞いたとき、胸の奥が重くなりました。農業を良くしたいと思って入った業界で働きながらも、「自分の仕事は本当に業界を良くしているのだろうか」と考えるようになったのです。
生産者さんの声を聞く中で、行き着いた答えはとてもシンプルでした。やはり一番厳しいのは「お金が生産者に残らない」こと。だから後継者も生まれない。だったら、自分が野菜を売って、少しでも生産者にお金を届ける側に回ろう。そう考えるようになり、野菜の小売業を始める決意をしました。
“誰が作ったか”を伝える売り場づくり

ただ、いざ始めようとすると、何から手を付ければいいのか分かりませんでした。実店舗を構える資金もなく、在庫を大量に抱える余裕もありません。そこで会社を辞め、まずは一人で食べていける状態を作ってから、本当にやりたかったことに挑戦しようと決めました。周囲からは「お金にならなくてもいいから、まずマルシェに出てみたら」と背中を押してもらい、出店からスタートすることにしました。
最初は愛媛の知り合いをきっかけに生産者さんを紹介していただき、直接挨拶に行くところから始まりました。初めてのマルシェでは、持っていく量も価格設定も分からず、不良在庫をたくさん抱えてしまいました。それでも挑戦したのが、勝どきで開催されている「太陽のマルシェ」です。運良く審査に通り、約半年間、月1回出店させていただきました。
実際に立ってみると、本当に楽しかったです。試食を出しながら、「誰が作っているのか」「どういう思いで育てているのか」「何が違うのか」を直接伝える。種苗会社時代に現場を見てきたからこそ語れる話があり、それを面白がって聞いてくださる方がいました。翌月に「前回おいしかったから」と再び来てくださったお客さまがいたときは、胸が熱くなりました。野菜を通じて、人と人がつながる感覚を初めて実感した瞬間でした。
農業の価値を現場から売り場へ伝える

農産物は、極端に言えば食べなくても生きていけるかもしれません。でも野菜は、味だけでなく記憶に残る存在だと思っています。地元・静岡で苦手だったセロリを、大人になって東京で食べて「意外とおいしい」と感じたときのように、野菜は人生の中に風景として残ります。また、同じ品種でも作る人が違えば味が違う。これは種苗会社時代、同じミニトマトを複数の農家さんに作ってもらう中で何度も実感しました。土づくり、育て方、向き合い方。その違いが、確実に味に表れるのです。
現在は、愛媛の柑橘を中心に、紅まどんな、甘平、せとか、完熟金柑などを扱っています。糖度20度を超える金柑や、無農薬・無肥料で作られた「ヒノヒカリ」のお米など、本当に個性豊かな農産物ばかりです。「五臓六腑に染みる味」という感想を聞くこともあり、私自身もその表現に頷いています。今後は、もっと取り扱う生産者を増やし、より多くのお金が農業に落ちる仕組みを作っていきたいと考えています。最近では、柑橘農家さんが始めたジビエ加工・ペットフードの販売支援にも関わり始めました。駆除され、土に埋められてきた命を商品として循環させたいという思いに共感したからです。作ることに必死で、販売まで手が回らない生産者さんの力になれる存在でありたい。野菜も、ジビエも、そこにあるのは“命の物語”です。その価値を伝え、つなぐ役割を、私はこれからも続けていきます。