
「自殺を減らすためにウェルビーイングを」心身を健康に導くマインドフルネスの伝道師

心身の健康のためにマインドフルネスを伝え続ける、株式会社マインドフルネス代表取締役・関根朝之(せきねともゆき)さん。大学生からキックボクシングを始め、学生キックボクシング選手権大会にて2階級制覇。2019年度にはプロとして日本ランキング2位を獲得しています。そんな関根さんにキックボクシングを始めたきっかけや、マインドフルネスとの出会い、今後の展望を伺いました。
キックボクシングのチャンピオンへと導いたマインドフルネス

私はアマチュアキックボクシングで2階級の日本チャンピオンとなり、プロとしても日本ランキング2位になった経験があります。キックボクサーとして実績を出せた背景には、マインドフルネスの実践が大きく関わっています。
私の経歴を簡単にお話ししますと、小学生の頃はクラスでいじめを受け、学級会で取り上げられるほど深刻な状況でした。中学時代は睡眠障害に悩まされ、夜中に悪夢で目が覚めることが多く、日中も激しい頭痛に苦しみました。大変な思いをしながらも、何とか中学を卒業して高校に進学できました。
高校時代、柔道の谷亮子選手が世界柔道に向けて1日2,000回の腕立て伏せをしているという新聞記事を読み、強くなりたいという一心で柔道部に入部しました。毎朝6時に学校に行き、畳の上で2,000回の腕立て伏せを続けました。
しかし、そのトレーニングを13日間連続で行った結果、腕が伸ばせなくなるほどの怪我を負ってしまいました。この経験から、筋トレには適切な休養と十分な睡眠が不可欠であることを学んだのです。
柔道では結果が出ませんでしたが、大学からキックボクシングを始めました。大学3年生で全日本学生キックボクシング大会のチャンピオンとなり、4年生の時には2階級制覇を達成。私に素質があったのではなく、メンタル管理を徹底した結果です。スポーツにおいて「心・技・体」と言われるように、メンタルは非常に重要な要素です。
キックボクシングジムの後輩にも、練習では圧倒的に強いのに、本番になると勝てない選手がいました。試合の際に「心」の状態が変わり、「技」や「体」をうまく活かせなくなってしまうのです。私は「心」の重要性を強く感じ、メンタルトレーニングを学び始めました。そして最終的に行き着いたのが、マインドフルネスです。
経営者の話題になり、マインドフルネスの会社を設立

マインドフルネスとは「自分と向き合い、今の自分を知る」ことを意味します。”今”に集中するために、瞑想や深い呼吸、ストレッチなどを取り入れています。何かに没頭している時、脳の前頭前野が活性化します。前頭前野は、理性や判断力を司る脳の中心部で、IQやEQのような知能指数にも関連します。
前頭前野が活性化すると、適切な判断ができるだけでなく、幸福感をもたらすセロトニンが分泌されます。また、不安や恐れ、ストレスを感じた際に働く扁桃体の活動も抑制されます。
現代社会ではストレスが多く、マルチタスクや情報過多により意識が分散しがちです。同時に多くのことを考えると、前頭前野は萎縮してしまいます。逆に、集中して自分と向き合うことで、幸福感が得られるのです。これがマインドフルネスの基本的な考え方です。
1979年に『マインドフルネスストレス低減法』が精神療法として確立されました。マインドフルネスは、現在ではスタンフォード大学での授業や、アメリカの公立幼稚園、小・中学校での毎日の実践が義務化されるほど普及しています。
マインドフルネスを実践することで、パフォーマンスの向上や睡眠の質の改善が期待できます。ストレス対処のための最も効果的な技術のひとつが、マインドフルネスなのです。
現在、私はマインドフルネスのメソッドを活用したパーソナルジムを運営しています。脳波を測定しながらマインドフルネスを実践し、自律神経のバランスや睡眠の質、ストレスレベルなどのデータも収集しています。
私のジムでは、うつ病や睡眠障害に悩んでいた方々が、抗うつ剤や睡眠導入剤が必要なくなるまでに回復した事例もあります。こういった症状が起きるのは、脳の筋肉が怪我しているようなものです。
マインドフルネスによって利用者の心身の健康がどんどん向上し、口コミで噂が広がって、上場企業の経営者がたくさん集まるようになりました。この反響を受け、2022年に『株式会社マインドフルネス』を設立。私が代表取締役を務め、NewsPicks社の元代表取締役である坂本大典(さかもとだいすけ)さんが社内取締役として参画しています。
マインドフルネスを通じて自殺者を減らしたい

実は私はキックボクシングの試合中に重傷を負い、死の危機に瀕した経験があります。試合前にマインドフルネスを使って呼吸をコントロールし、アドレナリンやドーパミンを分泌させて、肋骨にヒビが入った状態にもかかわらず試合に臨みました。
ところが、相手選手の膝蹴りでヒビが入った肋骨が折れ、内臓に刺さって呼吸困難に陥りました。さらに、試合中に顔面を5箇所骨折しましたが、「絶対に勝つ」という強い意志で戦い続け、結果は引き分けでした。しかし、試合後に大量の吐血をし、救急車で運ばれる事態に。意識を取り戻した時には集中治療室にいて、体内に鉄板が挿入される手術を受け、死の淵を彷徨いました。
この経験を通じて、私は「死」について深く考えるようになりました。人は思った以上に簡単に死ぬのかもしれない、死は突然やってくる、と実感しました。そして、自分が本当にしたいことは何なのかを問い直しました。
過去を振り返ると、小・中学生の頃は生きるのが辛く、人生を楽しむことができませんでした。そんな私を救ってくれたのが沼田さんという方です。彼のおかげで学校に通えるようになり、格闘技との出会いがあり、今の私がいます。私は沼田さんのように、人を励ませる存在になりたいと強く思うようになりました。
私の活動の根底には、「自殺者を減らしたい」という強い思いがあります。かつて私自身も自殺願望を抱えていた時期がありましたが、今は「生きていて良かった」と感じています。
しかし現実には、2022年に小・中・高校生の自殺者数は過去最悪の514人に達しました。子どもたちを教える教職員のうち、精神疾患に苦しむ人は6,500人以上と、これも過去最悪の状況です。
自殺者を減らすために、私は『Well-being(ウェルビーイング)』の研究を続けています。ウェルビーイングとは、肉体的健康、精神的健康、社会的健康(人間関係や経済状態の良好さ)の3つの健康が重要であるとする概念です。自殺に至る方々は、特に精神的健康に問題を抱えていることが多いのです。
現在の日本には、自殺までには至らなくても、多くの人が精神的な問題を抱えています。私は、精神的健康を改善するために最も効果的な手法として、マインドフルネスに行き着きました。実際に、ITの最先端企業が集まるシリコンバレーやニューヨークの学校では、どこでもマインドフルネスが取り入れられています。
私の目標は、自殺者や精神疾患を抱える人々を減らし、すべての人がウェルビーイングな状態で生活できる社会を実現することです。人生において避けられないのが「学校」と「仕事」というステージです。ニューヨークのように、学校で毎日マインドフルネスを教える環境を整え、企業では社員が心身ともに健康で生き生きと働ける職場をつくりたいと考えています。
東京大学の研究によると、幸福度の高い子どもたちに共通する要素は、「親が幸せそうであるかどうか」です。多くの親は仕事をしているため、企業内で心身の健康を支えるメソッドを導入することが重要です。弊社のストレッチや呼吸法を企業に提供し、社員の心身の健康をサポートすることで、結果的にその家庭やプライベートも充実していくと確信しています。
