
子どもがわくわくするような大人をつくりたい。勤続25年の有名タレントの専属スタイリストが語る仕事の魅力
森永ゆか(もりなが ゆか)さんは、タレント小堺一機さんの専属スタイリストを25年間勤めています。2022年からは経営者を対象にパーソナルスタイリングを提供している森永さんですが、最初はスタイリストになりたいわけではなかったとのこと。スタイリストの道に進んだ経緯や仕事にかける思い、行動力の源泉について話を伺いました。
漠然と歩み始めたスタイリストの道。「辞めるのは簡単」母の言葉を励みに
スタイリストを目指し始めたのは中学校の2年生か3年生の頃だったと思います。スタイリストという仕事を知って面白そうだと思ったのが、ちょうどその頃ですね。
当時アーティストの『BUCK-TICK』が好きで、その写真集にスタイリストのエッセイが載っていたのです。そのエッセイでは、「自分は表に出ないけれど、自分のつくった衣装をアーティストがステージで着て、スポットライトに当たり黄色い歓声を浴びる瞬間が一番の喜び」というような内容が書かれていました。そういう喜びがあるからやめられない、と書いてあったのです。ちょうど私自身も洋服に興味を持った時期だったので、そのエッセイがスタイリストという仕事を漠然と面白そうだと思ったきっかけですね。
ただ、スタイリストの学校は面白くなくて、すごくスタイリストになりたいわけでもなかったのです。就職するときは、一応スタイリスト科を卒業するからにはアシスタントになろうか、という気持ちでアシスタントを募集しているところを探しました。一人暮らしするには「せめて10万円はないと」と給料のところだけ見て、「12万円、ここだ!」と株式会社古舘プロジェクトに入ったという感じです。
スタイリストになりたいと思うわけでもなくアシスタントを続けていて、一人娘ということもあって群馬の実家にいる親には「早く東京から帰ってこい」と日々言われていました。特別やりたいわけでもないし友達はもっと良い給料のところにいるし、嫌になってしまって「実家に帰ろうかな」と母に連絡しました。
てっきり「帰っておいで」と言ってもらえるのかと思ったのですが、母には「辞めるのは簡単だから、これが限界、本当無理と思うまで頑張ってみたら?」と言われて、もう少し頑張ってみようと思って今に至ります。
背中を押されて独立し有名タレントの専属スタイリストに。「ありがとう」「素敵だね」の言葉が欲しくて
アシスタント時の師匠は夕方3.4時くらいから動きだして夜の9時まで仕事するような方だったんですが、私は会社員だったのでとにかく定時の7時に帰りたかったのです。それで「明日は何をやれば良いですか」とどんどん聞いていったら、代わりに仕事を任されるようになりました。
当時から師匠はタレントの小堺一機さんのスタイリストをしていました。途中から師匠の代わりに私が衣装を選んでいることを知って、マネージャーさんが会社を辞めて独立するように勧めてくれたのです。
最初は師匠に言えなくて、結局ずるずる一年くらい続けたのですが、そのうちマネージャーさんに背中を押されて、そこからスタイリストとして頑張ろうと思いました。独立するぞ、と思ったわけではなく、「いい加減にしなさい!」「わかりました!」という感じです(笑)。
独立してからは眠れない日々でした。25歳で独立して、最初はNHKの番組の衣装の仕事だけで、テレビ番組の『ごきげんよう』の衣装の仕事は他の方が担当していました。『ごきげんよう』の仕事をもらえたのは28歳くらいのときでした。小堺さんに可愛がってもらって少しずつお仕事が増えて、20代30代は楽しくやりがいのある日々でした。
この仕事はアシスタントのときからだと30年、小堺さんを担当して24、25年くらい経ちますね。向こうがどう思っているかはわからないですが、「ありがとうね」「かっこ良い」「素敵だね」といった言葉をもらいたいために頑張っているという感じです。衣装として持っていった服を「これ欲しい」と言われるのが喜びです。
スタイリストは、お仕事をいただいたら、まずどんな衣装が良いかをマネージャーやタレントさんに聞きます。それから普段お世話になっているメーカーやブランドさんに貸してもらえるようアポイントをとって、そこで集まらなければまた借りて、いくつかコーディネートを組んで現場に持って行きます。そこで共演者やセットとの兼ね合いをみて提案します。撮影、収録が終わったら貸りた状態、綺麗に戻しメーカー、ブランドに返却するといった流れです。
個として輝ける時代に、その人らしい輝きのきっかけづくりをしたい。子どもがわくわくするような大人をつくる
スタイリストの仕事の面白さは、きっかけとなったスタイリストのエッセイと同じです。舞台だとカーテンコールで幕が上がって、スポットライトが当たってどよめきが起きたとき、そこには衣装も少なからず影響しています。黄色い歓声を浴びるのが喜びということが、自分が中学のとき「へえ、そうなんだ」と思っていたこととまさに今重なっている、という感じです。「衣装良かったって言われたよ」と、違うところで評価されたと聞いたときも、喜びになりますね。
個として輝ける時代なので、内面の思いを洋服というツールを通じて、在り方や世界観で表現したいという経営者さんのサポートをしたいと思っています。また子どもが大人になるのがわくわくするような、大人になりたいと思えるような、そういう大人をつくる。そういう大人の姿を子どもたちに触れさせる、コミュニティのような何かができたら良いなと思っています。
人が持っている個性というものをその人らしい輝きで輝かせる、そのきっかけづくりに関われたら幸せだなと思います。
