ダンスアーティスト/ケント・モリ
DragonArtist/國分夢志
DragonArtist/國分夢志
(写真左から、住谷、國分夢志さん、ケント・モリさん)
ソーシャルビジネスコミュニティ『ワクセル』(主催:嶋村吉洋)が定期的に開催しているトークセッション。
龍を描くことで世界をつなぐDragonArtistを志し、今までに世界中の著名人を含む約30,000人に詩・画を書き下ろし、さまざまなメディアに出演している國分夢志さん。マイケルジャクソンやマドンナが認めた世界的ダンスアーティストのケント・モリさんとタッグを組み、『33メートル一筆龍ライブアート』を行いました。ファシリテーターはワクセル総合プロデューサーの住谷が務めました。今回は、そのトークセッションの模様をお届けします。
『1万人の夢手形龍プロジェクト』スタートの日
ファシリテーター:33メートルの龍を描くということで、実際にやってみて何を感じましたか?
國分:今回初めてダンサーの方とコラボして龍を描いたのですが、リハーサルの段階で「夢志さんは絵を描くことに集中してくれればいい、場の空気は僕が作っていくから」と、ケントさんに声をかけていただききました。
だから絵を描いているときは集中というかほぼ無心状態で、とにかく目の前のことに集中しようと進めていきました。
ケント:今回のこのパフォーマンスをした、2022年8月8日は一生忘れられないものになりました。本当の意味で、“画竜点睛”とはこのことかと。龍がただ目の前で奉納されるというだけでなく、自分のなかで「生きた・宿った」という、言葉では言い表せない実感がありました。
2009年4月15日にマイケル・ジャクソンに会って握手した瞬間と、2013年8月1日と2016年8月1日に伊勢神宮で奉納した瞬間。それらと同じくらいこの2022年8月8日は、僕の人生でもう二度とないくらい、龍が解き放たれたかのような瞬間でした。
プロジェクトのきっかけと裏話
ファシリテーター:今回のプロジェクトをやろうと思ったきっかけや、お二人がコラボレートするに至った経緯を教えてください。
國分:最初のきっかけは、僕ではなかったんです。ゴールデンウィークに、100メートルのギャラリーが浅草にあるという話を聞き、オーガナイズしてくれている花子さんから「30メートルの絵を描いてみよう!」という話になりました。本番の4日前くらいにいきなり話がきて、不安はありましたが、とりあえず面白そうだからやってみようと思いました。
実際にやってみてグダグダになってしまったんですが、それがきっかけで「33メートルの絵を描いて縦に掛けて全体を見てみたい」という話になりました。その絵を東京タワーに掛けられないかという話になったときに、東京タワー関連でケント・モリさんとつながりました。
ケント:そうなんです。東京タワーに『RED° TOKYO TOWER』という新しい施設ができて、その施設のスタジオで僕がイベントをやっていたところから、夢志さんとつながりました。
けれど夢志さんと関わったのは、そのときが初めてではなかったんです。7年前、僕がダンサーとして活動していたときに、通訳のイリちゃん経由で夢志さんから似顔絵をいただきました。
当時は、その似顔絵を描いてくれたのが夢志さんとは知らなかったのですが、東京タワーでつながったときに、描いてくれたのが夢志さんだと知りました。この瞬間も僕にとって、忘れられない瞬間です。
ちなみにこれは初めて話すことですが、その似顔絵をもらったのは、僕が初めて作詞作曲をしたオリジナル曲を披露したイベントの日でした。曲のタイトルが「1and1」すなわち「1対1で世界を変える」という意味で、これは宇宙のすべてを語ったような曲なんです。
そんな曲を初披露した日にもらったのが、その似顔絵だったんですよ。本当に全部宇宙がつながっていて、正に龍と一緒で、本当につながりまくっているんですよ。だから僕にとって夢志さんは、この宇宙が運命として出会うべくして出会わせた人だったんだと瞬間的にわかったんです。
しかも今日披露した2曲「ガンタッチ」と「ドラゴンフライ」は、実は2曲とも夢志さんに出会う前に作った曲なんですよ。あらかじめ案件があって作った曲じゃないんです。もう宇宙がシンクロして、起こるべくして起こっているんですよ。宇宙や星の創成と一緒です。
國分:ちょうどケントさんが「ガンタッチ」という龍に関わる曲を作ってるときに出会った偶然ということで、それが本当に運命だなって話です。
ケント:ちなみにプロデューサーのショーンが音楽を始めたきっかけは、マイケル・ジャクソンだったんです。すべてつながっているんですよ。
また僕はオンラインサロンを運営して今年で4年目なんですけど、オンラインサロンの名前が『Dream Salon』といいます。ここでは僕も含めて夢を志す人たちと週1回共有しているんですが、そんなときに目の前に“夢志”さんが現れたんです。冗談かと思いましたよ。
ファシリテーター:このプロジェクトは、時間もかなりタイトななかスピーディーに作り上げていったと思います。その際、できるかどうか不安はなかったですか?
國分:今回のイベントをやろうと話が挙がったのが約2か月前だったのですが、お互い8月8日にやるのがいいというのが頭に浮かんでいました。僕は8月8日を龍の日だと認定していたので、ケントさんに伝えたら、「僕は88に縁が多いから、8月8日がいいと思っていた」とケントさんもおっしゃって、もうこの日にやるしかないということになりました。
ですが、33メートルの絵を描けるようなイベントができる会場がなかなか見つかりません。ようやく今日の会場が見つかったのがイベント開催の2週間前だったんです。
ケント:僕にイベントの詳細がきたのが、数日前でした。だから最初は、「僕はパフォーマンスはできない、出演するだけであればできるけど」と伝えてあったんです。
けれど、このイベントは絶対に神回になるということはわかっていました。そこからのパフォーマンスの準備はギリギリの放物線のようで、龍ってこんな感じで地上に浮上していくんだと思いましたよ。
國分:直前までタイムテーブルが変わったりもしていたので、このイベントの流れそのものが龍だと思って、なんか途中から笑えてきました。
ケント:夢志さんが今こうして笑っていますが、僕だけは知っているんです。夢志さんは言われたくないかもしれないですが、僕の独断で言っちゃいますね。2日前の夜に夢志さん、一瞬会話の中で涙ぐんでいました。
夢志さん・僕・花子さんの3人で喋ってるときに、凄まじい想いをいろいろとあらためて感じたんだと思うんです。僕としては、このイベントは神楽であり奉納であり、龍をどう踊るかではなく、龍そのものになってしまうことだと思いました。
楽しいだけじゃなく、ものすごい気合いとプレッシャーと責任を感じているなかで今回のイベントを実現したことは、「本当にありがとうございます」と言いたいです。もう言葉じゃ足りないくらいです。
國分:2週間なんで、当然バタバタなわけですよ。積み上げていかなくちゃいけない階段がめちゃくちゃあるなかで、人員も全然足りてないという状況。それでも必ずやるんだっていう想いはあったから、その中でウルっとしたのはありましたね。
これからの夢について
ファシリテーター:今回のプロジェクトは、まさに『夢』がテーマであると思いますが、お二人の今後の展望や夢をお伺いできますか?
國分:僕の展望は、このプロジェクトを1年間一生懸命やっていくことですね。内容を詳しくお話しすると、1年間で1万人の『決意の手形』を集めます。その手形を持ってエベレストを登り、頂上で絵を描くという夢を叶える、というところまでビジョンとして描いています。
エベレストの頂上で絵を描きたいという夢は昔からあったのですが、どこか物足りないと感じていました。せっかくなら多くの人を巻き込んで登ることができたなら、もっとやる気が出ると思ったんです。33メートルの龍の絵に手形を押してもらうというアイディアが頭に浮かんだときに、これはエベレストまでつながると思いました。
ケント:夢志さんのお話を聞いて本当に凄いと思いました。エベレストって地球上で一番高い山ですよ。しかも手形の目標数は、1,000人ではなく1万人を選んでいるじゃないですか。この「1」という単位を持ってきているところも、僕は夢があることだと思う。正に夢を志している方だなって思います。
僕は少し抽象的な表現になってしまうのですが、「どこまでいっても自分は夢を見てみたい」と言うのが夢なんです。僕は2022年2月22日から、自分の職業を「むしょく」だと名乗りました。みんなちょっと笑っちゃうんですけど、「むしょく」の「む」は「夢」と書きます。英語で言うと「ドリーマー」であり、これが本当に僕の職業だと思って口に出しました。
生きている間は、夢を見ていたいというのが僕の本当の夢であり、同時に最終的には世界平和を思います。人類みな兄弟です。僕は、「心が生き生きする、光がある状態であってほしい」と願って、自分の息子に「ライブ」と名付けました。
その彼が僕を見たとき、生きていることを感じるような、そして夢を僕が見てるからこそ、彼も当たり前に夢を見られるようになってほしいです。身近な単位で夢を見られるようになれば、それはイコール、僕は世界で同じように実現できると思います。
本当に1人でも多くの人と一緒に夢を見て、みんなが踊りや音楽、またはこういう絵を通して、何か頭の片隅でうんぬん考えていたことが全部ちっぽけになります。
心と心でつながって、本当の意味での感動があって、この地球において33メートルの一筆龍が、龍のようにうねってひとつの単位になるというのが、僕の夢です。
夢を叶えるためのメッセージ
ファシリテーター:本当に壮大な夢だと思います。今日この会場には子どもたちなどいろんな人がいらっしゃいます。その方々に対して、夢を叶えていく・実現させていくために何を大切にしていくべきか、お二人からメッセージをいただきたいです。
國分:まず第一歩として、この龍の絵に手形を押していただけたらと思います。まずは行動に移すこと。その行動から得られる興奮や小さな成功体験を重ねていくことで、夢につながっていくのだと思います。
ケント:僕が大切にしてる言葉のひとつに、「ワンステップ、ワンライフ」という言葉があります。これは僕がダンスの世界に入ったときに「ワンステップ、ワンソール」という言葉を聞いて、その先に自分が見出した言葉なんです。ワンステップにひとりの人生が乗った瞬間に命を宿して、不可能が可能になるような大きなエネルギーが起きます。
これを象徴的にやったと思う人が、マイケル・ジャクソン。ひとりの人間が世界を変えられるという証明を僕は見てしまいました。そんな彼に影響されて、それこそ龍のしっぽの先から歩み続けて、2009年4月15日に彼本人に出会い握手をしました。その瞬間に僕は、「夢を見ていいんだ、そして叶うんだ」とマイケル・ジャクソンに言ってもらったんです。
どんな人でも関係なく心が躍って、自分が思うそのワンステップにひとつの人生を乗せると何だって起きうると僕は思います。そのときに生かすのか、殺すのか。僕は相手を殺すのではなく生かしたいです。
この八百万(やおよろず)の世界で、龍のように、みんながつながったらいいなと思っています。みんなが必要だという意味で、光に向かってそのワンステップに何か人生を乗せてもらえたら、それはいかなる理由でも本当に現実になると信じています。
最後に、僕からひとつお願いがあります。これからの夢志さんにとって、必要なものがこの手形です。このワンステップ、これから皆さんが押す手形に、自分の人生や夢に対する想いを乗せてほしいと思います。夢志さんが描いてくれたこの夢のプラットフォームに、しっかりスピリットを乗せてもらいたいと思うんです。
そしてもうひとつだけ、夢志さんと約束したいことがあります。僕と夢志さん、同級生で37歳なんですよ。
これは僕の提案ですが、37年後の74歳、2059年8月8日にまた一緒に龍を描きましょう。お互いそれまで必ず生きて、74歳のときに僕は夢志さんが描く龍が見たいし、それまで僕はこの龍を大切にして生きるので。
この37年間で培った龍を僕は目と心に焼き付けたので、あと37年間生きた先の74歳、37年後の8月8日に、僕たちが何を表現して何を言うのか。これをやらないと、僕の人生のドットが打てないです。面白いと思うので、37年後の8月8日にぜひやりましょう。
ファシリテーター:ありがとうございます。続きは37年後にさせていただきますので、ぜひ最後に皆さんの想いをすべて手形に乗せて帰りましょう。
●登壇者情報
國分夢志
24歳の時に8,000円を握りしめ「ただ一点、全力で目の前の人の幸せを願う」というコンセプトのもと、『あなたの眼を見てインスピレーションで詩を贈ります』というパフォーマンスをしながら日本を一周。その後世界へ。 ハワイの秘境での自給自足生活やインディアンとの共同生活、メキシコ横断4,000kmヒッチハイクなど自分の限界に挑戦をしながらアーティストとしての感性と技術を磨く。 2014年、アートで人と世界を繋ぐ方法論を模索する中で、夢に現れた金色の龍にインスピレーションを受け、龍を描くことで世界を繋ぐDragonArtistを志す。作品製作時は祈りによる精神統一によって集中力を高め、『これが人生で最後だ』という覚悟のもとに命を乗せた作品を作り続けている。 2018年にはパレスチナに赴き、分断されていることの厳しさを体験。難民キャンプでの生活やライブペイントによる地元の人との交流によりアートの力を確信し、日本人として初めて分離壁に壁画を残す。今までに世界中で著名人を含む約30,000人に詩・画を書き下ろし、様々なメディアに出演。他アーティストとのコラボレーションや講演活動にも精力的に取り組んでいる。
リンク:ワクセルコラボレーターページ
ケント・モリ
マイケル・ジャクソン、マドンナと世界が認めたダンスアーティスト。
21歳で単身渡米し、翌年プロとしてエージェント契約を果たし、本格的にダンスアーティストとして活動を始める。これまでにマドンナ、クリス・ブラウン、アッシャー、ニーヨ、シアラ、チャカ・カーンなど、世界のトップアーティストの専属ダンサーを務め、世界最高峰の舞台で活躍。グラミー賞をはじめとする数々のアワードショーへの出演も果たし、これまで全世界 5 大大陸 50 カ国 200 以上の主要都市においてパフォーマンスを行う。世界のトップアーティストが最も必要とするダンスアーティストとして活躍。